カルティエは“ファッションウォッチメーカー”という話を聞いた。とんでもない誤解である。今のカルティエは、生半な時計メーカー以上に「マニュファクチュール」なのだ。その自信の表れか、2022年の秋、カルティエは世界中のジャーナリストに新しい工房を公開した。同メゾンが「ファーストクラス マニュファクチュール」と豪語するのも納得だ。その時計づくりの秘訣に迫る。
2022年12月3日掲載記事
目指すは「ファーストクラス マニュファクチュール」
カルティエが少量の受注生産ではなく時計製造の量産化に乗り出したのは、1973年のこと。当初は外注だったが、後にグループ内で時計の組み立てを行うようになり、続いてムーブメントの内製化に取り組んだ。指揮を取ったのは、クロード・ヴィユメ。トヨタ式の「カイゼン」に心酔する彼は、2001年に完成したラ・ショー・ド・フォンのカルティエの新しい工場を、理想的なマニュファクチュールにしようと考えた。単に内製化するのではなく、生産性に優れ、そして拡張性の高い工場を目指したのだ。
カルティエのラ・ショー・ド・フォンの工場は、後にリシュモン グループ各社が模範とするような設備と体制を備えていた。ちなみに、カルティエに優れた生産体制をもたらしたクロード・ヴィユメは、後にロジェ・デュブイでも辣腕を振るうことになる。
現在、カルティエは、スイスの3つの州に5つの工場を構えている。中心となるのは言うまでもなく、ラ・ショー・ド・フォンのファクトリーだ。しかし、近年はヌーシャテル州のクヴェにも実験的な工房を設けた。「イノベーションラボ」と名付けられたこの工房は、カルティエだけでなく、リシュモン グループ全体の実験工房としての役割を果たすものだ。
クヴェの工場はノウハウだらけのため、写真撮影は不可。もっとも、カルティエが言う「サヴォアフェール=アルチザンと工業の高度な融合」であることは間違いない。「両立は難しいが、それらを改善するためにクヴェの工場はある」とカルティエCEOのシリル・ヴィニュロン氏は語る。いわく「カルティエは“ファーストクラス マニュファクチュール”を目指す」とのこと。言葉だけだと抽象的だが、生産体制に柔軟性を持たせ、そして外部のサプライヤー(カルティエは“パートナー”と呼んでいる)と共有する。
その鍵を握るのがデジタルだ。カルティエは設計データをパートナーと共有し、パートナーが直接修正できる体制を整えつつある。現在、こういった関係にあるのは十数社に限られるが、今後はさらに増やすという。設計時間を大幅に短縮できるのはもちろん、そのデータをマーケティングチームとシェアすれば、ホログラムで精密な3Dデータを制作できる。
「以前はひとつの時計を作るのに5万のデータが必要だった。今は50万。今後は150万に増えるだろう。そこでまったく新しい管理システムが必要になった」とクヴェの責任者は語る。また、クヴェの工場では新しい切削のプロセスが実験中だった。使用する油は93%減、消費電力も5分の1に低減と聞くと夢のようだが、カルティエは本気で製造プロセスも見直そうとしている。「マッハ4.0」というプロジェクト名が示す通り、スピード化と柔軟性を持たせるための改革が、クヴェでは行われているのだ。
レストアが支えるマニュファクチュールの実力
ラ・ショー・ド・フォンの工場は、時計を一通り製作できるノウハウを持っている。まず見せてくれたのはレストレーション部門だ。ここでは昔の「タンク」から、なんと「ミステリー クロック」まで修復できる。残念ながら写真撮影はできなかったが、デザインと設計、そして製造までを担える工場なればこそ、だろう。
カルティエの時計作りに対する真摯さは、ツールの製作部門を見れば分かる。現在20名のスタッフが、カルティエの工場で使う工具を製造している。特別な刃物も含まれるというから、スイスでも屈指の体制であることは間違いない。プロトタイプ部門にも、15名の職人が属している。彼らが何でも作れる、と言い切れる理由は、カルティエが社内に時計学校を持っているためだ。
スケッチを基に設計データが起こされ、3Dプリンターでまずモックアップが製作され、それが問題なければ、次に15~20個のプロトタイプが製作される。完成したプロトタイプは、耐衝撃テスト、耐磁テスト、耐酸性テスト、疲労検査、そして巻き上げ効率のチェックなどを受ける。リュウズを回すテストは、4万3800回、つまり10年分をテストするという。