時計専業メーカーを超えるカルティエ 本気の時計づくりの秘訣

FEATUREその他
2022.12.03

外装の内製化が導くハイクォリティ

Photograph by Masayuki Hirota
ブレスレットの製作工程。かつてはグローブリエにあったが、現在はラ・ショー・ド・フォンの工場に移管された。ブレスレットの内製化により、今やほとんどのモデルが、インターチェンジャブル式のストラップとブレスレットを持つようになった。

ブレスレット製造

 ブレスレットの製造工程は圧巻だ。Bumotec製の切削機械が9台あり、それが24時間、7日間フル稼働している。もっとも、内製化した理由は、効率を上げるためだけではない。自社でブレスレットを作れるようになった結果、カルティエは簡単にブレスレットを外せる「クイックスイッチ」システムや、コマを容易に取り外して長さを変えられる「スマートリンク」システムを採用できるようになったのである。その加工精度の高さは、内製化の恩恵を受けたものだ。

Photograph by Eiichi Okuyama
内製化の帰結は、新しい「サントス ドゥ カルティエ」に明らかだ。左は簡単にブレスレットを交換できる「クイックスイッチ」システム。操作は簡単だが、ガタはまったくない。右はコマに内蔵されたボタンを押してピンを引き出すことでコマを取り外し、ブレスレットの長さを調整する「スマートリンク」システム。写真ではあえてボタンを強調しているが、ボタンはコマに内蔵されており、注意深く見ないと分からないほどだ。加工精度の高さを示すポイントである。

 もっとも、ラ・ショー・ド・フォンの工場は、ただモダンなだけではない。工場の一角では、6名の職人が昔ながらの手法で、ミネラルガラス製の風防を製造している。ガラスを480℃から600℃に熱して、職人がひとつひとつ手作業で加工していく。ここで製作された風防は、レストアに用いられるだけでなく、「クラッシュ」のような、ユニークなモデルにも採用される。「元もとスイスにはガラスを製造する文化があったのです。私たちはそれを継承しています。ガラスの製造技術はカルティエのスクールで伝えていますよ」。

Photograph by Masayuki Hirota
針の製造部門。金型の製作、切削、研磨、焼き入れといったほとんどすべての工程を行っている。「青焼きの針は、すべて色をチェックします。もし色がダメならはじきますね」。

針の研磨・青焼き針

 針の製造も圧巻だ。現在、カルティエが使う針は約900種類。その多くを社内で製造している。しかも、カルティエの特徴とも言えるブルーの針は、なんと塗装したものでも、真鍮にPVDコーティングを施したものでもなく、本物の青焼き針だ。320℃の温度(パンを焼く温度とカルティエは説明する)で、鋼を熱し、青色を施していく。「昔は年に2回、針をまとめて購入していました。しかし青焼きの針は、冬に納品されるとすぐ錆びるのです。そういう理由もあって、内製するようになりました」。

Photograph by Masayuki Hirota
左から、使用中の針のキット、針のブランクを打ち抜く金型、そして研磨のために固定するジグ。カルティエの強みは、工具を製造する職人を多く擁していることだ。それがマニュファクチュールに柔軟性をもたらしている。

あえて意地の悪い質問をした。
「青焼きの針はコストもかかるし、磁気にも弱い。なぜカルティエは青焼き針を採用するのですか? 真鍮にPVDのほうが普通の時計には向いているでしょう」。

担当者の回答が振るっている。
「確かに真鍮にPVDコーティングはいいでしょう。でもそれを採用したら、カルティエではないでしょう」。ちなみに近年のカルティエは、磁気帯びしにくい針を使うのではなく、ムーブメントそのものの耐磁性能を上げるようになった。これはひとつの見識だろう。

サントス ドゥ カルティエ

Photograph by Eiichi Okuyama
青い針がシグネチャーのカルティエ。最新版の「サントス ドゥ カルティエ」も例外ではない。耐磁性を考えると真鍮にPVDコーティングが望ましいが、対してカルティエは、ムーブメントの耐磁性を高めることで対応した。自動巻き(Cal.1847 MC)。23石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約40時間。SS×18KYG(縦47.5×横39.8mm、厚さ9.38mm)。10気圧防水。交換可能なカーフスキンストラップ付属。157万800円(税込み)。

Photograph by Masayuki Hirota
ケース研磨の工程。プレスされ、切削されたケースを鏡面に仕上げていく。「透明性」を掲げるカルティエでは、一部を除いて、撮影も自由であった。普通のメーカーは研磨工程を見せたがらないが、工程を見せるのは自信の表れか。

ケース研磨

 続いて見せてもらったのは、ケースの製造工程だ。グローブリエの工場で抜かれたケースは、ラ・ショー・ド・フォンで切削される。そして職人がひとつひとつ仕上げを施していく。もっとも、カルティエは、ケースの磨きをある程度自動化する試みを続けている。「省力化ではなく、職人の負担を減らすためです。磨きの作業はペインフルですから、そこを変えたいのです」とのこと。2年前に始まった試みだが、今後はさらに広がるだろう。

バロン ブルー ドゥ カルティエ

© Cartier
バロン ブルー ドゥ カルティエ
複雑なデザインを持つ「バロン ブルー ドゥ カルティエ」は、最もケースが磨きにくいモデルのひとつ、とのこと。しかし、加工精度と職人の技術向上により、鏡面の仕上げは年々良くなっている。同じモデルであっても、確実に質が良くなっているのが、今のカルティエだ。自動巻き(Cal.1847 MC)。23石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約40時間。SS(直径40mm、厚さ12.4mm)。日常生活防水。ステンレススティール製インターチェンジャブル ブレスレット。93万5000円(税込み)。

Photograph by Masayuki Hirota
針の取り付け工程。現在、ラ・ショー・ド・フォンの工場では、ケーシングと歩度調整、防水検査などを行っている。針の取り付けトルクや取り付け時間はデータ化され、品質の向上に役立てられる。なお「カルティエではもはやETAのムーブメントは使っていない。在庫がなくなったらおしまい」とのこと。

組み立て&ストレージ

 現在、カルティエのムーブメントは、ラ・ショー・ド・フォンではなく、関連会社のヴァルフルリエで製造されている。完成したムーブメントは、ラ・ショー・ド・フォンで作られたケースやブレスレットと合わせられる。この工程自体はどこも同じだが、カルティエはその際のデータを細かく収集している。

 例えば、針の取り付け。取り付ける時間から、そのトルクまでを測定することで、製品のばらつきを抑えるようになった。「情報の収集と分析は4年前から始めました。重要なのはトレーサビリティなのです。信頼性が上がり、不良率はさらに下がりました」。

Photograph by Masayuki Hirota
カルティエの底力を感じさせるのが、極端に小さなストレージだ。「ジャスト・イン・タイム」システムを徹底することで、多くの在庫を持たずに済むようになっている。パートナーズであるサプライヤーに設計データを提供し、その修正まで任せるという関係性が、成功の秘訣だろう。

 かつてのカルティエでは、ひとつの時計を作るための動線が約170km(!)もあったという。しかし、7つの機能をラ・ショー・ド・フォンに集約することで、わずか300mに縮小された。カルティエはさらに「カイゼン」を続けている。工場内で目を引くのが、部品を保管するストレージ(倉庫)だ。現在、多くのメーカーは、工場内に巨大なストレージを設け、最新のロボットで瞬時に部品をピックアップするようになった。ロレックス然り、オメガ然り。とりわけ後者は、ストレージを囲むようにすべての部門が配置されている。

 対してカルティエのラ・ショー・ド・フォン工場のストレージは、生産規模と、そのバリエーションを考えれば驚くほど小さい。「他にもストレージはあるのでしょう」と尋ねたところ、答えは「No」。「パートナーはジャスト・イン・システムで部品を納入してくれます。そのため巨大なストレージは必要ないのです」とのことだった。カルティエの時計作りに対する姿勢を最も象徴するのは、実はこの小さな「倉庫」かもしれない。

Photograph by Masayuki Hirota
メゾン デ メティエダールで開催された「マス ミステリユーズ」のワークショップ。写真に見える参加者は、レボリューションの創設者であるウェイ・コーや、FHH(高級時計財団)の顧問を務めるカーソン・チャンである。

カルティエとしてのコンプリケーションとは?

Photograph by Masayuki Hirota
メゾン デ メティエダールの外観。昔の農家をリノベートして、新しい工場によみがえらせた。なお、カルティエがイタリアに設けたジュエリー工房も、同様に昔の工場を修復したものとのこと。「修復の方がコストはかかるが、環境負荷は小さい」とカルティエは説明する。

 工場を一通り見学した後、外に出た。2分ほど歩くと、古い農家がある。ここがカルティエの複雑時計やメティエダールを担う「メゾン デ メティエダール」だ。かつては工場の1階に「エスパス メティエダール」という名前で存在していたが、拡張して移ってきたとのこと。コンプリケーションの製造だけでなく、エナメルやジュエリーセッティングも行うメゾン デ メティエダールは、最も職人的な部門、と言えるだろう。

マス ミステリユーズ

Olivier Arnaud © Cartier
ムーブメント自体が回転することで、ローターの役目を果たす「マス ミステリユーズ」。自動巻き(Cal.9801 MC)。43石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約42時間。Pt(直径43.5mm、厚さ12.64mm)。世界限定30本。参考商品4250万4000円(税込み)。

 3階にはこぢんまりとしたスペースがあり、そこでVIPやリテーラー向けの説明会を行うこともある。今回はなんと拡大模型を使って「マス ミステリユーズ」の説明をしてくれた。もちろんこの時計も、メゾン デ メティエダール製だ。ローターがムーブメントを兼ねるこのモデルは、針が浮いて見えるミステリユーズの最高傑作だろう。

 メカニズムは『クロノス日本版』でも再三取り上げた通りだ。ムーブメントと一体化されたローターが回るにもかかわらずきちんと運針するのは、遊星歯車で回転と逆方向の動きを与えるため。驚かされたのは自動巻き機構とサファイアクリスタル製ディスクの固定方法だ。採用する自動巻き機構は、歯車の噛み合わせで巻き上げるリバーサー式。しかし、セラミックス製のボールベアリングを内蔵したMPS製を採用しているという。リシャール・ミルやオーデマ ピゲも採用する同社のリバーサーを、まさかカルティエが採用するとは思ってもみなかった。

© Cartier
かつてない機構を実現したのは、ムーブメントに内蔵された遊星歯車である。なお、針が浮いて見えるようにするため、6枚のサファイアクリスタル製ディスクが用いられている。

 ちなみに、セラミックス製のベアリングを用いた自動巻き機構には、ノイズが大きいというデメリットがある。そこでMPSは、樹脂製のインサートを噛ませて、音を吸収するという新しい自動巻き機構を発表した。今回もそれを採用したのかと思いきや、違うとのこと。「マス ミステリユーズ」を開発する際、MPSはまだ音を軽減する新しい自動巻き機構を開発していなかった。そこで私たちは、独自のシステムで音を軽減した」と言う。

© Cartier
「マス ミステリユーズ」の秘密は、ディスクを支える外周部にある。4枚のOリングで支えることで、余計なノイズを軽減するだけでなく、耐衝撃性も高めている。

 写真が示す通り、針などを固定した透明なサファイアクリスタル製のディスクを支える筒は、ゴム製(おそらくニトリルゴム製)のOリングで支えられている。道理で、「マス ミステリユーズ」が静かなはずだ。またこの仕組みは、ショックアブソーバーの役目も果たしている。

© Cartier
ローターを兼ねたムーブメントの図。「MPSのリバーサーを採用したのは、省スペースだったから」。リバーサーが非常に小さいため、自動巻き機構は見えない。

 針が浮いて見える、というアイデアを実現するため、「マス ミステリユーズ」は6枚のサファイアクリスタル製ディスクを内蔵する。あえてコーティングを施していないのは、青みがかった色を嫌ったため。そして、サファイアクリスタル製ディスクに付着したホコリを取るのに、1枚1時間を要するという。カルティエが「数は作れない」と語ったのは当然だろう。

© Cartier
ムーブメントの全体図。6枚のサファイアクリスタル製ディスクを重ねて、なお針が浮いて見えるのは、丁寧に汚れやゴミを取っているため。カルティエが言う「職人技と工業の融合」を体現したモデルである。

メティエダール

 説明を受けた後、メティエダールの部門に案内された。ここでは、ミニアチュールペイントやダイヤモンドセッティングはもちろん、クロワゾネ、グリザイユといったエナメル仕上げも行われている。壁に掛けられているのは、エナメルの色を見るためのサンプル。このサンプルで、実際の色を確認するのだという。もともとカルティエはこういった作業を外注していたが、今や完全に自社で行うようになったのである。

Photograph by Masayuki Hirota
(左)ずらっと並べられたエナメルのサンプル。この色に従って、職人たちは色を調合していく。(右)制作中の文字盤。エナメル、彫金、ジュエリーセッティングなど、カルティエのあらゆる技法が盛り込まれている。

「ファーストクラス マニュファクチュール」を謳い、職人技と工業を両立させようとするカルティエ。デジタルデータをパートナーであるサプライヤーやマーケティングチームなどと共有する仕組みや、製造データを管理するシステムはもちろん素晴らしい。カルティエの時計の信頼性が、大きく上がったのも納得だ。しかし、より感銘を受けたのは、従業員に対する優しい心配りだった。

© Cartier
カルティエの誇るメティエダールを盛り込んだ2022年発表の2モデル。
(左)ロンド ルイ カルティエ エクラ ドゥ パンテール 手巻き(Cal.430 MC)。18石。2万1600振動/時。パワーリザーブ約38時間。18KWG(直径42mm、厚さ8.03mm)。参考価格1108万8000円(税込み)。
(右)ロンド ルイ カルティエ フラグマンタシオン ドール 手巻き(Cal.430 MC)。18石。2万1600振動/時。パワーリザーブ約38時間。18KYG(直径42mm、厚さ8.53mm)。世界限定30本。参考価格1452万円(税込み)。

 組み立て部門の壁にはデジタルサイネージがかかっている。予定された製造個数と、実際の製造個数に並んで、スマイルマークがある。理由を尋ねたところ、「スタッフの機嫌が良いか悪いかを集約して表示するようにしている」とのことだった。筆者はさまざまな工場を回ったが、こんなアイデアを盛り込んだ会社は、カルティエ以外に見たことがない。「カイゼンとは、アルチザンにプライドを持たせること」。かつてクロード・ヴィユメが掲げた理想は、今なおカルティエに息づいているのだ。


Chronos × HODINKEE 編集長スペシャル対談

 小誌編集長・広田雅将と、時計メディアであるホディンキー・ジャパンの編集長・関口優氏が、カルティエのウォッチメイキングの神髄について語り合った。カルティエの時計製造に対する本気度を、自身のカルティエ体験をベースに対談。2022年9月にスイスで開催されたプレスツアーに日本から唯一参加した広田が見聞きしたカルティエ工場の最新情報の一部を動画でも解説している。


【カルティエ 公式サイト】
https://www.cartier.jp/

Contact info: カルティエ カスタマー サービスセンター Tel.0120-301-757


1世紀を経てなお進化を続ける時計業界のアイコン、カルティエ「サントス ドゥ カルティエ」

https://www.webchronos.net/features/82835/
カルティエの時計の種類を知ろう。主力3シリーズと人気モデル紹介

https://www.webchronos.net/features/43885/
カルティエ「タンク」にまつわる名前の由来をひもとく

https://www.webchronos.net/features/57221/