外装の内製化が導くハイクォリティ
ブレスレット製造
ブレスレットの製造工程は圧巻だ。Bumotec製の切削機械が9台あり、それが24時間、7日間フル稼働している。もっとも、内製化した理由は、効率を上げるためだけではない。自社でブレスレットを作れるようになった結果、カルティエは簡単にブレスレットを外せる「クイックスイッチ」システムや、コマを容易に取り外して長さを変えられる「スマートリンク」システムを採用できるようになったのである。その加工精度の高さは、内製化の恩恵を受けたものだ。
もっとも、ラ・ショー・ド・フォンの工場は、ただモダンなだけではない。工場の一角では、6名の職人が昔ながらの手法で、ミネラルガラス製の風防を製造している。ガラスを480℃から600℃に熱して、職人がひとつひとつ手作業で加工していく。ここで製作された風防は、レストアに用いられるだけでなく、「クラッシュ」のような、ユニークなモデルにも採用される。「元もとスイスにはガラスを製造する文化があったのです。私たちはそれを継承しています。ガラスの製造技術はカルティエのスクールで伝えていますよ」。
針の研磨・青焼き針
針の製造も圧巻だ。現在、カルティエが使う針は約900種類。その多くを社内で製造している。しかも、カルティエの特徴とも言えるブルーの針は、なんと塗装したものでも、真鍮にPVDコーティングを施したものでもなく、本物の青焼き針だ。320℃の温度(パンを焼く温度とカルティエは説明する)で、鋼を熱し、青色を施していく。「昔は年に2回、針をまとめて購入していました。しかし青焼きの針は、冬に納品されるとすぐ錆びるのです。そういう理由もあって、内製するようになりました」。
あえて意地の悪い質問をした。
「青焼きの針はコストもかかるし、磁気にも弱い。なぜカルティエは青焼き針を採用するのですか? 真鍮にPVDのほうが普通の時計には向いているでしょう」。
担当者の回答が振るっている。
「確かに真鍮にPVDコーティングはいいでしょう。でもそれを採用したら、カルティエではないでしょう」。ちなみに近年のカルティエは、磁気帯びしにくい針を使うのではなく、ムーブメントそのものの耐磁性能を上げるようになった。これはひとつの見識だろう。
ケース研磨
続いて見せてもらったのは、ケースの製造工程だ。グローブリエの工場で抜かれたケースは、ラ・ショー・ド・フォンで切削される。そして職人がひとつひとつ仕上げを施していく。もっとも、カルティエは、ケースの磨きをある程度自動化する試みを続けている。「省力化ではなく、職人の負担を減らすためです。磨きの作業はペインフルですから、そこを変えたいのです」とのこと。2年前に始まった試みだが、今後はさらに広がるだろう。
複雑なデザインを持つ「バロン ブルー ドゥ カルティエ」は、最もケースが磨きにくいモデルのひとつ、とのこと。しかし、加工精度と職人の技術向上により、鏡面の仕上げは年々良くなっている。同じモデルであっても、確実に質が良くなっているのが、今のカルティエだ。自動巻き(Cal.1847 MC)。23石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約40時間。SS(直径40mm、厚さ12.4mm)。日常生活防水。ステンレススティール製インターチェンジャブル ブレスレット。93万5000円(税込み)。
組み立て&ストレージ
現在、カルティエのムーブメントは、ラ・ショー・ド・フォンではなく、関連会社のヴァルフルリエで製造されている。完成したムーブメントは、ラ・ショー・ド・フォンで作られたケースやブレスレットと合わせられる。この工程自体はどこも同じだが、カルティエはその際のデータを細かく収集している。
例えば、針の取り付け。取り付ける時間から、そのトルクまでを測定することで、製品のばらつきを抑えるようになった。「情報の収集と分析は4年前から始めました。重要なのはトレーサビリティなのです。信頼性が上がり、不良率はさらに下がりました」。
かつてのカルティエでは、ひとつの時計を作るための動線が約170km(!)もあったという。しかし、7つの機能をラ・ショー・ド・フォンに集約することで、わずか300mに縮小された。カルティエはさらに「カイゼン」を続けている。工場内で目を引くのが、部品を保管するストレージ(倉庫)だ。現在、多くのメーカーは、工場内に巨大なストレージを設け、最新のロボットで瞬時に部品をピックアップするようになった。ロレックス然り、オメガ然り。とりわけ後者は、ストレージを囲むようにすべての部門が配置されている。
対してカルティエのラ・ショー・ド・フォン工場のストレージは、生産規模と、そのバリエーションを考えれば驚くほど小さい。「他にもストレージはあるのでしょう」と尋ねたところ、答えは「No」。「パートナーはジャスト・イン・システムで部品を納入してくれます。そのため巨大なストレージは必要ないのです」とのことだった。カルティエの時計作りに対する姿勢を最も象徴するのは、実はこの小さな「倉庫」かもしれない。
カルティエとしてのコンプリケーションとは?
工場を一通り見学した後、外に出た。2分ほど歩くと、古い農家がある。ここがカルティエの複雑時計やメティエダールを担う「メゾン デ メティエダール」だ。かつては工場の1階に「エスパス メティエダール」という名前で存在していたが、拡張して移ってきたとのこと。コンプリケーションの製造だけでなく、エナメルやジュエリーセッティングも行うメゾン デ メティエダールは、最も職人的な部門、と言えるだろう。
3階にはこぢんまりとしたスペースがあり、そこでVIPやリテーラー向けの説明会を行うこともある。今回はなんと拡大模型を使って「マス ミステリユーズ」の説明をしてくれた。もちろんこの時計も、メゾン デ メティエダール製だ。ローターがムーブメントを兼ねるこのモデルは、針が浮いて見えるミステリユーズの最高傑作だろう。
メカニズムは『クロノス日本版』でも再三取り上げた通りだ。ムーブメントと一体化されたローターが回るにもかかわらずきちんと運針するのは、遊星歯車で回転と逆方向の動きを与えるため。驚かされたのは自動巻き機構とサファイアクリスタル製ディスクの固定方法だ。採用する自動巻き機構は、歯車の噛み合わせで巻き上げるリバーサー式。しかし、セラミックス製のボールベアリングを内蔵したMPS製を採用しているという。リシャール・ミルやオーデマ ピゲも採用する同社のリバーサーを、まさかカルティエが採用するとは思ってもみなかった。
ちなみに、セラミックス製のベアリングを用いた自動巻き機構には、ノイズが大きいというデメリットがある。そこでMPSは、樹脂製のインサートを噛ませて、音を吸収するという新しい自動巻き機構を発表した。今回もそれを採用したのかと思いきや、違うとのこと。「マス ミステリユーズ」を開発する際、MPSはまだ音を軽減する新しい自動巻き機構を開発していなかった。そこで私たちは、独自のシステムで音を軽減した」と言う。
写真が示す通り、針などを固定した透明なサファイアクリスタル製のディスクを支える筒は、ゴム製(おそらくニトリルゴム製)のOリングで支えられている。道理で、「マス ミステリユーズ」が静かなはずだ。またこの仕組みは、ショックアブソーバーの役目も果たしている。
針が浮いて見える、というアイデアを実現するため、「マス ミステリユーズ」は6枚のサファイアクリスタル製ディスクを内蔵する。あえてコーティングを施していないのは、青みがかった色を嫌ったため。そして、サファイアクリスタル製ディスクに付着したホコリを取るのに、1枚1時間を要するという。カルティエが「数は作れない」と語ったのは当然だろう。
メティエダール
説明を受けた後、メティエダールの部門に案内された。ここでは、ミニアチュールペイントやダイヤモンドセッティングはもちろん、クロワゾネ、グリザイユといったエナメル仕上げも行われている。壁に掛けられているのは、エナメルの色を見るためのサンプル。このサンプルで、実際の色を確認するのだという。もともとカルティエはこういった作業を外注していたが、今や完全に自社で行うようになったのである。
「ファーストクラス マニュファクチュール」を謳い、職人技と工業を両立させようとするカルティエ。デジタルデータをパートナーであるサプライヤーやマーケティングチームなどと共有する仕組みや、製造データを管理するシステムはもちろん素晴らしい。カルティエの時計の信頼性が、大きく上がったのも納得だ。しかし、より感銘を受けたのは、従業員に対する優しい心配りだった。
(左)ロンド ルイ カルティエ エクラ ドゥ パンテール 手巻き(Cal.430 MC)。18石。2万1600振動/時。パワーリザーブ約38時間。18KWG(直径42mm、厚さ8.03mm)。参考価格1108万8000円(税込み)。
(右)ロンド ルイ カルティエ フラグマンタシオン ドール 手巻き(Cal.430 MC)。18石。2万1600振動/時。パワーリザーブ約38時間。18KYG(直径42mm、厚さ8.53mm)。世界限定30本。参考価格1452万円(税込み)。
組み立て部門の壁にはデジタルサイネージがかかっている。予定された製造個数と、実際の製造個数に並んで、スマイルマークがある。理由を尋ねたところ、「スタッフの機嫌が良いか悪いかを集約して表示するようにしている」とのことだった。筆者はさまざまな工場を回ったが、こんなアイデアを盛り込んだ会社は、カルティエ以外に見たことがない。「カイゼンとは、アルチザンにプライドを持たせること」。かつてクロード・ヴィユメが掲げた理想は、今なおカルティエに息づいているのだ。
Chronos × HODINKEE 編集長スペシャル対談
小誌編集長・広田雅将と、時計メディアであるホディンキー・ジャパンの編集長・関口優氏が、カルティエのウォッチメイキングの神髄について語り合った。カルティエの時計製造に対する本気度を、自身のカルティエ体験をベースに対談。2022年9月にスイスで開催されたプレスツアーに日本から唯一参加した広田が見聞きしたカルティエ工場の最新情報の一部を動画でも解説している。
【カルティエ 公式サイト】
https://www.cartier.jp/
Contact info: カルティエ カスタマー サービスセンター Tel.0120-301-757
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