オーデマ ピゲ 止まらない躍進「ロイヤル オーク×アイコニックデザイン」

2022.12.02

1972年に発表された「ロイヤル オーク」は、そのアイコニックなデザインと先進的なコンセプトで、ラグジュアリーウォッチとスポーツウォッチの垣根さえ取り払った、時計史に残るマスターピースだ。しかし特徴的なケースデザインは製造工程の複雑化を招き、それは誕生から半世紀を経た現在も変わらない。ロイヤル オークは誕生の瞬間から、外装のコンプリケーションであり続けることを運命づけられていたのだ。

ロイヤル オーク “ジャンボ” エクストラ シン

ロイヤル オーク “ジャンボ” エクストラ シン
初代ロイヤル オークを源流とする“ジャンボ”の第3世代モデル。2022年に発表されたばかりの最新鋭機で、新規設計された新型のエクストラ シン ムーブメントを搭載する。自動巻き(Cal.7121)。33石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約55時間。SS(直径39mm、厚さ8.1mm)。5気圧防水。418万円(税込み)。
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星武志:写真 Photographs by Takeshi Hoshi (estrellas)
鈴木裕之:文 Text by Hiroyuki Suzuki
[クロノス日本版 2023年1月号掲載記事]


50周年を超えて外装のコンプリケーションへ

 2022年に、誕生から50周年を迎えた「ロイヤル オーク」。その開発にまつわるエピソードは枚挙に遑がないが、最も有名なのは「たったひと晩で描き上げられた」という故ジェラルド・ジェンタのファーストドローイングだろう。これはジェンタの奇才ぶりを示す好例として引用されることが多いが、実はそれほど悠長な話ではなかったらしい。

ロイヤル オーク クロノグラフ

 ロイヤル オークのプロジェクトがスタートしたのは1970年4月、計画を主導したのは、当時のグローバルCEOであったジョルジュ・ゴレイである。ロイヤル オークの開発前夜、ゴレイは現スウォッチグループの前身のひとつであるSSIHの広範な販路(当時160社の販売代理店と、1万5000店舗の小売店を擁していた)を利用することを画策し、提携の条件としてイタリア市場で流行の兆しを見せ始めていたスティールブレスレットウォッチの開発を受諾した。ゴレイはその会談を終えるとすぐさま、69年にデザイン事務所を起ち上げたばかりのジェンタにコンタクトをとった。

 ジェンタが生前に語ったところに拠れば、その日付は70年4月10日の午後4時。翌日にはバーゼル・フェアが開幕するというタイミングだった。ジェンタは是が非でも「翌朝までにデザインを仕上げなければならない状況」に追い込まれたというわけだ。提案されたロイヤル オークのドローイングにも盛り込まれていた「防水性」は、単にジェンタの聞き間違いだったという話もある。しかし、まったく余裕のないスケジュールと世紀の聞き間違いが、スポーツウォッチの歴史を変えた傑作に結実したのである。アイコニックなデザインが生まれる瞬間というのは、得てしてそんなものだ。

ロイヤル オーク クロノグラフ

ロイヤル オーク クロノグラフ
自社製の一体型クロノグラフを搭載する41mmケース。写真のダイアルカラーは、初代ロイヤル オークから受け継がれる「ナイトブルー クラウド50」(当時の名称はナイトブルー1+N50)。自動巻き(Cal.4401)。40石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約70時間。18KPG(直径41mm、厚さ12.4mm)。5気圧防水。902万円(税込み)。
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 その翌日、オーデマ ピゲのブースで行われたSSIH首脳陣との会見で、ジェンタのドローイングには正式なゴーサインが出された。ジェンタはプロトタイプの製作にも携わり、ゴレイがケースサプライヤーとして選んだファーブル・ペレ社にも足を運んでいるが、実際の開発は困難を極めたという。最初のロイヤル オークは、ベゼル側からムーブメントを脱着するモノブロックケース(=2ピースケース)として完成するのだが、防水性の確保と、何より複雑な造形を硬いスティール素材で実現させることが難しかったのだ。またテーパードシェイプのブレスレットはゲイ・フレール社が担当したが、154パーツからなる製品版を完全に仕上げるのは困難で、オーデマ ピゲの時計師が、ケーシングの際に手作業での修正を加えることになった。

 独特なタペストリーパターンを持つダイアルの製造は、ジュネーブのスターン・フレール社が受け持った。同社のデザインディレクターだったローラン・ティーユは、ジェンタと共に13種類のテンプレートを選び出し、その中から「T21」が実際に採用された。古いギヨシェ旋盤のテンプレートのひとつであった「T21」が、現在の「プチ タペストリー」の原型となった。

ロイヤル オーク オートマティック

ロイヤル オーク オートマティック
Cal.4401と基本設計を共有する3針ムーブメントを搭載する41mmケース。写真の50周年モデルでは、専用デザインのローターを備える他、セコンドマーカーが直接ダイアル上にプリントされている。自動巻き(Cal.4302)。32石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約70時間。SS(直径41mm、厚さ10.5mm)。5気圧防水。319万円(税込み)。
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 また独特な発色の青色は「ナイトブルー1+N50」と呼ばれ、ブルーガルバニックの上から、少量の黒を混ぜて濁らせた透明なザポナージュ(ラッカーコーティング)が施されていた。 初代ロイヤル オークにまつわる開発と製造の困難さは、70年代当時の工作技術そのものと、それに携わったケースサプライヤーがスティール素材の取り扱いに不慣れだったという点にも関係するのだが、その根本的な難しさは現在も変わっていない。

 今でこそスティール製のラグジュアリーウォッチは珍しくなくなったが、ロイヤル オークの製造に関しては、まだまだ多くの部分を手作業に依存しているのだ。

初代ロイヤル オークから変わらず、手彫りのギヨシェ旋盤で施されるタペストリー模様。もともとはスターン・フレール社が所有していた古いギヨシェ旋盤用のテンプレート「T21」を用いたパターンで、現在は台形パターンを刻んだ10倍スケールのサンプルから、パンタグラフを介して複写するように彫り込んでゆく。

 現在のロイヤル オークはすべて3ピースケースを採用しているが、複雑な面構成はほとんど変わっていない。例えばベゼルの製造工程を追ってみると、ブランク材の丸棒を旋盤に噛ませて裏側から彫り始め、次にカムの外周を削るような要領で8角形のプロポーションを削り出し、さらに斜めのファセットを彫り進んで、最後にベゼルトップとなる面で切り落とす。次にフライスで6角形のネジ穴を開けた後、機械仕上げ(下地磨き)に入るのだが、ここで登場するのがザラツ研磨機だ。

 最終的にベゼルトップに施されるヘアラインは定盤とラッピングフィルムを用いた手仕上げ。ファセットの最終的な鏡面仕上げも同じく手作業だ。ブレスレットの製造工程では、リンクの断面形状をひと駒ずつ整えてからピンを打ってレーザー溶接。テーパーの形状に合わせたベルトサンダーを用いて、側面に繊細なサテン目を入れてゆく。

50周年となった2022年にリニューアルを受けたニューケースから、ラグのプロファイルが先細りの台形シェイプに変更された。

 現代のオーデマ ピゲでは、ケース、ブレスレット、ダイアルといった主要な外装パーツを自製しているが、最終的な仕上げに至るまでの手間は、70年代当時とまったく変わらない。むしろ時代の要請と言うべきか、質感に対する要求基準はより厳格になっている。誕生から50周年を経て、今なおロイヤル オークが外装のコンプリケーションであり続ける理由。それはアイコニックなデザインと表裏一体なのである。

同じく50周年となった2022年にリニューアルされたニューブレスレット。ラグから数えて4コマ目までの間で、リンクの厚みが少しずつ絞られてゆくのが分かる。

1970年代の製造初期には、ブレスレット単体で完全に仕上げることが難しく、ケーシングの際に時計師が微調整と再仕上げを加えていた。現行モデルではさすがに再仕上げの必要はないが、構造的な複雑さは初代ロイヤル オークと何ら変わらない。


【オーデマ ピゲ 日本特別コンテンツ】
https://borninlebrassus.audemarspiguet.com/

Contact info: オーデマ ピゲ ジャパン TEL.03-6830-0000


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