スイス連邦計量・認定局(METAS)が制定する認定制度「マスター クロノメーター」。2015年に、オメガが時計業界で初めてこの認定を取得したモデルを発表し、21年にはチューダーがオメガ以外で初めて認定を取得し話題を呼んだ。
マスター クロノメーターとは、一体どのような制度なのだろうか?
その詳細とマスター クロノメーター認定モデルについて紹介する。
スイス連邦計量・認定局(METAS)が制定する精度認定制度「マスター クロノメーター」
2015年、オメガは時計業界のパイオニアとしての足跡を再び時計史に残した。スイス連邦計量・認定局(METAS)のテストを通過した、世界初の「マスター クロノメーター」認定モデルを発表したのである。オメガは現在、23年以降に発売されるすべての時計がこの認証を取得していく方針であると公言している。
METASのテストは他の時計メーカーにも門戸を開き、新たな品質基準として認知された。21年には、チューダーが初のマスター クロノメーター認定モデル「ブラックベイ セラミック」を発表し、オメガに続いている。
マスター クロノメーターは、日常生活で着用されることを想定して時計の性能を計測するだけでなく、1万5000ガウスの磁場に晒された場合でも時計とムーブメントの機能が正常に動作することを保証するものだ。
耐磁性能を強化した腕時計を発表したのは、オメガの単なる気まぐれではなく、20年近く一貫して追求してきたブランド戦略なのである。きっかけは1999年、オメガがスイスレバー脱進機に代わるコーアクシャル脱進機を発表した時にさかのぼる。とはいえ、2007年にキャリバー8500と8501で初めてのコーアクシャル脱進機を搭載した際は、特に高耐磁性能は有していなかった。
耐磁性ムーブメント開発の本格的な第一歩は、その1年後に発表されたシリコン製ヒゲゼンマイ「Si14」からだ。シリコンは耐磁性であるため、磁気を帯びたものに接触してもヒゲゼンマイの性能に影響を与えない。
そして、13年にオメガは「シーマスター アクアテラ 15,000ガウス」を発表した。1万5000ガウスの磁場に耐える耐磁性能を備えたコーアクシャル キャリバー8505の革新的技術は、オメガとETA、ASULAB、ニヴァロックス・ファーとの共同開発で生み出されたものだ。そこから1年でオメガは量産化に成功し、14年にはサイズやデザインの異なるモデルへ導入したのである。
マスター クロノメーターのテスト環境を自社で構築
2015年の初めてのマスター クロノメーター認定取得から、オメガは一層これに強化している。テストする個体は無作為に抽出するわけでなく、ひとつずつすべてが基準を満たしているかを検査しているのだ。
そのため、オメガは17年に新設した工房に専用のエリアを設け、テスト工程の環境づくりに投資している。最終段階では、数千本の時計を同時にテストし、認証することが可能だ。つまり、オメガはテストを自社内で行っているのだ。METASは最高責任者として同じ建物に常駐し、機器の設置、認証、工程の管理、抜き打ち検査を行い、すべてのデータにアクセスすることができる。
チューダーもオメガに続き、METASの監視の下、マスター クロノメーターのテスト工程を自社内で行っている。
認定取得のためのテスト工程
マスター クロノメーター認証のためにMETASは8つの基準を設けており、10日間にわたって検査を行う。しかしこの検査を受けるためには、ムーブメントがC.O.S.C.のテストに合格し、クロノメーター認証を受けていなければならない。METASの認証は、このクロノメーター検査の上を行くのである。
ムーブメントが完全に巻き上げられた後、最初の耐磁テストが始まる。平らな状態と水平な状態の2回、1万5000ガウスの高磁場環境に30秒間さらす。このテスト中にムーブメントが止まってはいけない。高磁場環境においても、ムーブメントが正常に機能しているかチェックされる。
文字盤と針、ケースを組み立てた状態でも同じテストが行われる。また完全巻き上げ時、24時間後、異なる温度での着用テストを行い、時計は何度も高磁場環境にさらされる。それらのテストの結果、平均日差+5~7秒、姿勢差+12~16秒を超えないことが条件だ。時計の状態はカメラで記録され、検査基準には原子時計が用いられる。さらにパワーリザーブ検査や、ケースのデザインに応じた水中での圧力テストも行われる。
マスター クロノメーターの8つの基準
METASでは、マスター クロノメーター認定取得の条件として、次の8つの基準を掲げている。
- 1万5000ガウスの磁場におけるムーブメントの機能
- 1万5000ガウスの磁場におけるケーシング後の機能
- 1万5000ガウスの磁場における日差
- 1万5000ガウスの磁場におけるふたつの異なる温度下での4日間の精度誤差
- 6姿勢における精度誤差
- パワーリザーブの長さ
- 6姿勢におけるパワーリザーブ残量100%と33%における精度誤差
- 防水性能
オメガがマスター クロノメーター認定を取得できた背景
マスター クロノメーター認定の取得により、オメガは時計とムーブメントの品質を引き上げただけでなく、ブランドの歴史の新しい章を開いた。その背景にはコーアクシャル脱進機の発展が大きいが、この機構の開発や技術についてはあまり知られていない。
現在のオメガの機械式時計には、ほぼすべてにコーアクシャル脱進機が搭載されている。すべての部品はスウォッチ グループ内からの供給で、グループのノウハウと相乗効果なしには短期間での実現は難しかっただろう。現在、オメガのムーブメントはチップ制御の機械で精密に組み上げられ、注油やネジ留めは完全自動化されている。脱進機の一部は、防塵室で人の手により組み上げられている。
またシリコン製ヒゲゼンマイやニヴァガウス製歯車など、新素材も採用されている。マスター クロノメーターの精度実現には、このような恵まれた製造環境があるのだ。