2022年11月3日に開幕して以来、話題を集めている、京都・下鴨神社を舞台にヴァン クリーフ&アーペルが仕掛けるエキシビション「LIGHT OF FLOWERS 花と光」。「移ろいゆく季節の中の花」をテーマに、華道家・片桐功敦(かたぎり あつのぶ)氏がヴァン クリーフ&アーペルのジュエリーに着想を得た詩的世界と、メゾンが生み出してきた多様な花々のジュエリーを同時に楽しめる趣向になっている。
実は、ヴァン クリーフ&アーペルと片桐氏とのコラボレーションは3度目のこと。
最初のきっかけは、心斎橋店オープンの際に大阪を拠点に活動する片桐氏が生け花のインスタレーションを担当したこと。その素晴らしさに感銘を受けた、ヴァン クリーフ&アーペル プレジデント兼CEO であるニコラ・ボス氏が、また一緒に仕事がしたいと切望し、2021年春に東京・代官山での「LIGHT OF FLOWERS ハナの光」開催に至ったそうだ。実際に足を運び、華やかで、色鮮やかなその展示を覚えている方も多いのではないだろうか。
今回は、打って変わって、彩りも落ち着いたアースカラーが多く、秋の変わりゆく時間の経過を体感する、さらに詩情あふれる展示が印象的。ふと疲れた時に出掛けてみれば、植物の営みに心癒され、貴重なジュエリーの花々にパワーをもらえるはず。紅葉も美しい京都へ、ぜひ出掛けてみてはいかがだろうか。
2022年12月1日掲載記事
“諸行無常”と“永遠”、相反するテーマが共存
時計愛好家なら、2022年の「ウォッチズ&ワンダーズ ジュネーブ」でヴァン クリーフ&アーペルが発表したポエティック コンプリケーションの新作「レディ アーペル ユール フローラル ウォッチ」の衝撃は記憶に新しいだろう。時刻を知らせるのは、針ではなく、文字盤に咲く12輪の花々。毎正時のたびにアワー(時)の数だけ花が咲いて時刻を知らせるという仕組みで、1時間経つごとに一度すべての花が閉じてから時刻に合った数だけ再度、花が開くのだ。午前と午後、翌日の午前で開く花が毎回異なり、もはや本物の樹木のような動きで目を楽しませてくれる。まさに、散る花という“儚さ”に、永遠の命を吹き込む名手は、ヴァン クリーフ&アーペルをおいて他にないと言っても過言ではないように思う。
このエキシビションは、そのメゾンのエスプリを時計から、京都・下鴨神社へとスケールを変えたもののように思う。会場は全部で3カ所。実際に体験できることをご紹介しよう。
まずは、糺(ただす)の森にあるエキシビションから訪れることをおすすめする。神社に向かって少し歩いて行くと右手に、「落ち葉の社」と呼ばれる、上の写真にある縄文遺跡のような建造物が見えてくる。ひっそりとしているので、通り過ぎないようにご注意を。このトンネルを通る瞬間から、花と光に耽溺する旅がスタートする。通る時には、ガラス張りになった天井に目をやってほしい。そばにある紅葉の色づきや幹の様子、落ち葉が降り積もる様子が目にできるようになっているのだ。晩秋には散る落ち葉を目にする機会は多いが、改めてフレーミングされるとショートムービーを眺めているような気分になって新鮮。
しばし、そこで足を止めたら、その先へ。ほどなくして、小さな小川が流れているところに出る。そこでは、ぜひ腰をかがめて、手水舎で清める気分で小川に手を浸してみてほしい。そうすると、立ったままではわかりにくいのだが、小川の中に片桐氏の手による秋の野の花のあしらいが存在感を持って目の前に広がる思いがけないおもてなしに、心が躍る。ゆっくり過ごせば、光や風によって表情豊かに変わる植物の姿に魅了されるはずだ。
片桐氏は、ヴァン クリーフ&アーペルの魅力をこう説明する。「繊細で野の花のようにひっそりと咲いているのに、見つけてしまったらもう目が離せないような力を持っています」。小川の中にも、そんな花々があるので、時間をかけて見つけてみるのも悪くない。
小川の余韻に浸りながら、次は神社境内にある特設会場へ。本殿の東側に、このエキシビションのために特別に建てられた会場がそれだ。漆黒の建物を一歩入ると、別世界が待っている。奥の壁一面に虫食いの跡が残る落ち葉を撮影した映像がタペストリーのように配され、その手前の水の上に秋の植物たちがなんとも心地よさそうに生けられている。時折、天井から水が落ちる仕掛けになっており、落ちた水が植物の周囲に波紋を広げる様子がなんとも幻想的である。
映像のタペストリーや落ち葉の天井から漏れる光も、刻々と変わりゆく時間を美しく照らす。紅葉に染まる秋を“錦繍”と表現するが、この空間で過ごすと、自然が織り成す彩りの奥深さに、実は秋は色にあふれた豊かな季節であることがよくわかる。さらに、日にちや時間帯を変えて訪れれば、異なる色彩の美しさが楽しめる。今、目の前にある自然の姿は一期一会。だからこそ、多くの人が、その儚い美しさを記憶に留めておくために、この場では言葉もなくしてただ静かに自然の流れに身を任せることになる。なかなかこの空間から出るのは難しいほどに、魅入られてしまうのだ。
落ち葉の社の小川から続く、特設会場の水と光の庭。水に決して妥協することなく、今回は下鴨神社が選ばれた。「主会場のすぐ横にとうとうと水が湧き出る社があり、その水源から湧き出た水が小川になって森の中を流れて、鴨川に注がれています。人工的に造った空間の中の水ではなく、会場そのものの下に脈々と流れる水脈があり、それが大きな川へ流れ込んでいるという、会場自体を包む大きな水の循環がすでにあるのが下鴨神社です」と片桐氏。生命の源と言える水が結ぶストーリーは、最後の細殿で完結する。
特設会場を出て、すぐ目の前に流れるみたらし池を渡った先に細殿がある。ふたつのショーケースに並ぶ、72点の作品はミュージアムピースと呼ばれる貴重なアーカイブ作品とコンテンポラリーコレクションによる動植物のジュエリーだ。膝丈ほどの高さにあえて低く作られたケースは、水面を覗き込むようにするため。左官職人が、水が動くような造形を土で作った上に、年代や技法に関係なく作品が並べられている。美術館のように一点一点ディスクリプションがないのも特徴だ。特設会場にある自然の花々に説明がないように、純粋にその造形の美しさを鑑賞してほしいという意図が生きている。
片桐氏は、この展示をこう評する。「ジュエリーが一輪一輪の花というよりも、展示全体の水の流れの中で意志を持ち、まるで動き出しそうな軽やかさを持っています。宝飾品や身に着けるものというルールを飛び越えて、土を造形して表現した水の流れの背景の中で、生き生きと一点一点の花が見えてくる展示になりました」。
儚さや、時の移ろいを体感しながら、その姿に永遠の命を授けた芸術でしめくくるエキシビション。出掛けるたびに、感じ方が異なるのもまた魅力。ぜひ、この展示をきっかけに、この秋は京都へ足繁く通ってみたい。