ヴァシュロン・コンスタンタンの最高峰に位置する「レ・キャビノティエ」。その専門工房から生み出されるのは、非公開も多く含む、多様なユニークピースだ。そうした中からセレスティアルウォッチに焦点を絞り、現代的な高級時計製造の真髄に迫る。
2021年製造の永久カレンダートゥールビヨン。ドーム状のディスクを巧みに用い、擬似的な天体儀を表現する。手巻き(Cal.1991)。94石。1万8000振動/時。パワーリザーブ約60時間。18KPG(直径46mm、厚さ20.2mm)。
[クロノス日本版 2023年1月号掲載記事]
球体が指し示す永久の暦
2021年初出。2019年に発表された、アーミラリ・トゥールビヨン(=2軸の立体トゥールビヨン)搭載のCal.1990をベースに、永久カレンダーを追加。時分表示がオフセットされた他、24時間表示ディスクをふたつ、誤差が122年に1日となる高精度ムーンフェイズを追加。総パーツ数は745点。
1775年に創業したヴァシュロン・コンスタンタンが、初めてパーペチュアルカレンダーを手掛けたのは1884年とされている。ジュネーブでの高級時計製造が頂点に達しようとしていた爛熟の時代を経て、20世紀の始まりを告げた1900年に同社は、複雑時計の組み立てに特化した専門工房を設立した。当時の王侯貴族や超富裕層の希望をそのまま具現化したビスポーク工房。その精神を現代に受け継ぐのが、2006年に復活を遂げたユニークピース専門のコレクション「レ・キャビノティエ」だ。その最高峰は、創業260周年を記念して製作されたグランドコンプリケーション懐中時計「Ref. 57260」だろう。
2021年に発表された「レ・キャビノティエ・アーミラリ・トゥールビヨン・パーペチュアルカレンダー プラネタリア」は、Ref.57260から主要な機能を受け継ぎつつ、新たなパーペチュアルカレンダーの可能性を指し示したセレスティアルウォッチ(天文時計)の亜種。この時計のダイアルに示されるのは、レトログラード式の日付表示、時分針と同軸に配置された高精度ダブルムーンフェイズ、北半球/南半球の双方に対応するワールドタイムと昼夜表示、その外周部に備えられたデイマンス(曜日と月)表示だ。時分表示の下側に小さく閏年の表示窓が備えられており、機能的には2100年まで調整不要の永久カレンダーがプログラムされている。
モデル名の一部となっている「アーミラリ」は、本来的な意味である「回転式の天球儀」ではなく、Ref.57260譲りの立体キャリッジに由来するが、腕時計に搭載するにあたって、3軸から2軸への設計変更が施されている。このためダイアル正面からテンワに正対することはなく、9時位置側面に設けられた小窓から、テンワの動きを眺められるような仕掛けが追加されている。もっとも、天真と90度に交わるアウターキャリッジが1分間で1周するため、秒表示としての機能はしっかりと残されている。
ワールドタイムと高精度ムーンフェイズに、永久カレンダーを組み合わせたこの時計が、セレスティアルウォッチの眷属として位置付けられている理由は、巧みなビジュアライズによるところが大きいだろう。3時位置のムーンディスクと、12時/6時に位置する地球儀を模したワールドタイムディスクは半球状に成形されたチタン製で、月面と大陸のディテールは精緻なエングレービングで表現されている。表面を覆うドーム状のサファイアクリスタルには薄い影が施されているが、デイ&ナイト機能を司る12時/6時の24時間表示を傾けて配置しているのは、9時位置にあるアーミラリ・トゥールビヨンのキャリッジを太陽に見立てているためだ。
なお、このわずか0.35ミリの厚さしか持たないドーム型サファイアは、外周部分のデイトマンス表示はもとより、レトログラードの日付表示部分まで一体で作られているとのことで、製造は極めて難しいだろう。しかし、アーミラリ・トゥールビヨンのキャリッジ上に巨大なドームを設けたサファイアクリスタル風防と、ダイアル内の空間に設けられた3つのサファイアクリスタルドームが織りなすコントラストは非常に明快で、これだけで天体が持つ神秘的な美しさまで連想させてくれるのだ。
巧みな構成とデザインの力だけで〝天文時計〞を表現してみせた本作。これもユニークピースの在り方のひとつだろう。
広田ハカセの「ココがスゴイ!」
1974年、大阪府生まれ。2ちゃんねるのコテハンとして活躍した後、脱サラして時計ジャーナリストに転身。いつの間にやら業界ご意見番に。多くの時計専門誌に寄稿する傍ら、『クロノス日本版』では創刊2号から主筆を務める。2016年より編集長に就任。
ヴァシュロン・コンスタンタンの強みは、機構とデザインの高度な融合にある。もちろん他社にも見られるが、潤沢なリソースを惜しげもなくユニークピースに投じ、しかも全く破綻を見せないところに、同社の非凡さがある。老舗の老舗たる所以だ。(広田雅将:本誌)
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