2004年の創業以来、「アート・オブ・インベンション」というモットーを掲げてきたグルーベル・フォルセイ。同社の野心的なプロダクトは、トゥールビヨンとハイエンドな時計作りを揺さぶってきた。一貫してニッチであり続ける同社だが、2020年に就任したCEOのアントニオ・カルチェは、その枠組みを少し広げようとしている。新しいデザイン、新しいパートナーたちによる、ブランドの再始動だ。
グルーベル・フォルセイの今後を指し示す大作。25°傾けられた6時位置のトゥールビヨンキャリッジは24秒で1回転するほか、振り角を落とさないよう、香箱も3.2時間に1回転する。一部の受けはチタン製。そこにブラックポリッシュを施している。圧倒的な仕上げはサファイアクリスタル製のミドルケースから鑑賞できる。手巻き(Cal.GF01h)。42石。2万1600振動/時。パワーリザーブ約90時間。Ti(直径47.05mm、厚さ16.80mm)。5気圧防水。2022年から25年までの生産本数は合計65本。価格問い合わせ。
広田雅将(本誌):取材・文 Text by Masayuki Hirota (Chronos-Japan)
Edited by Yukiya Suzuki (Chronos-Japan)
[クロノス日本版 2023年1月号掲載記事]
グルーベル・フォルセイ再始動
時計関係者たちに、どのメーカーがトップ・オブ・トップかと尋ねたら、そのひとつには間違いなくグルーベル・フォルセイが選ばれるに違いない。約100名のスタッフが、凝りに凝ったトゥールビヨンを年に約100本製作し、しかも平均価格は約5000万円。その在り方は、スーパーラグジュアリーという言葉が当たり前となった今の時計業界にあっても、なお異質だ。
グルーベル・フォルセイCEO。1967年、イタリア生まれ。工学と経営学を学んだ後、94年にピアジェへ入社。技術部門の責任者を務めた後、パネライに移籍。2000年から05年にかけてパネライ マニュファクチュールの責任者を務める。その後、コルムの副社長となり、07年に同社CEOに昇進。15年にはジラール・ペルゴのCEOに就任。その実績と手腕を買われ、ステファン・フォルセイに招聘され、20年より現職。
創業者はルノー・エ・パピ(現オーデマ ピゲ ル・ロックル)出身のロベール・グルーベルとステファン・フォルセイ。パピで時計作りを学んだ彼らは、1999年に独立し、2001年に複雑時計を設計・製造するコンプリタイムを、04年にはグルーベル・フォルセイを創設した。フォルセイはこう語る。「独立した私たちは、コンプリケーションを作ろうと思った。その中でもトゥールビヨンにフォーカスした理由は、それが200年間、大きく変わっていなかったからだ」。
2004年以降、いくつかの例外を除いて、同社はトゥールビヨンの設計・製造に注力してきた。もちろん、そういうメーカーは他にもあったが、同社のトゥールビヨンは腕時計化した際に精度が出るようになっていた。その象徴が、グルーベル・フォルセイのアイコンとなった傾いたトゥールビヨン(あるいはテンプ)である。機械式時計の精度は、垂直方向と水平方向で大きく変わる。重いキャリッジを回すトゥールビヨンならばなおさらだが、キャリッジを45度傾ければ、理論上は垂直方向と水平方向の精度がならされる。もっとも、そのまま載せるとケースが厚くなるため、グルーベル・フォルセイはキャリッジの傾きを30度に抑えたトゥールビヨンを完成させた。
果たして、その性能は圧倒的だった。2011年のクロノメトリーコンクールで、市販品の「ダブルトゥールビヨン30°」は1000点中915点という高得点で優勝したのである。しかも、6姿勢での姿勢差誤差は実に0.3秒〜0.8秒以内。重いキャリッジを持つトゥールビヨンは姿勢差誤差が大きいという定説を、グルーベル・フォルセイは見事に覆したのである。加えてこのふたりは、パピで学んだ仕上げをさらに洗練させ、自社の腕時計に惜しみなく投じた。
このモデルがGMTたるゆえんは裏側にある。世界24都市が表示されたサファイアクリスタル製のディスクが、各都市の時刻を示す。中心部の表示を併用すると、サマータイムも確認できる。なお、時間帯の変更はケース横のプッシュボタンで行う。文字盤に埋め込まれた地球はチタン製。非常に鮮やかなブルーは特殊な処理によるものだ。手巻き(Cal.GF05b)。42石。2万1600振動/時。パワーリザーブ約72時間。Ti(直径46.50mm、厚さ13.75mm)。10気圧防水。2022年から24年まで限定66本。価格問い合わせ。
仕上げと精度を打ち出した同社のトゥールビヨンが、一部の時計愛好家から注目を集めたのは当然だった。しかし、極め付きに少量生産で、しかも超高価格なグルーベル・フォルセイの腕時計を購入できるのは、一部の層に限られた。そして創業者のふたりも、それを是としていたことは否めない。
そんなニッチメゾンの在り方が変わったのは2020年のこと。新たにCEOとなったアントニオ・カルチェは、エクスクルーシブというスタンスは変えずに、ビジネスを広げようと考えたのである。しかし、筆者の知る限り、超富裕層を相手にしてきたグルーベル・フォルセイのセールスは、景気の行方とは一切無縁だ。しかも、時計ブームを迎えた近年は大盛況といっていい。なぜあえて拡大するのか、とカルチェに尋ねた。
「将来を考えると、グルーベル・フォルセイは新しい顧客を獲得すべきだろう。それも若い層を、だ。そのため、新しいデザインの腕時計を、ある程度量産することを考えている。もちろん、質は絶対に落とさない、という前提でだ」。カルチェが掲げた数年後の年産は300本。相変わらずニッチだが、100本から比べると、大幅な増加だ。
どの価格帯であれ、質を維持したまま、生産数を増やすのは難しい。しかもグルーベル・フォルセイの質を思えば不可能に思える。しかし同社は、リシュモングループから株を買い戻し、外部とのコラボレーションをやめ、年に3本しか作れない「グランソヌリ」のような超複雑時計の生産を減らすことで対応するようだ。新作のために、既存の複雑モデルの製造を抑える手法はF.P.ジュルヌに同じであり、つまりは実現可能だろう。
かつて、グルーベル・フォルセイの腕時計は、デザインの押しが強く、サイズも大きかった。それらは同社の明快な個性ではあったが、好みが分かれたのは否めない。
対してカルチェは、新しい「コンヴェクス」や「アーキテクチャ」で、モダンなデザインと使えるサイズ、そして軽快な装着感を打ち出した。そのスポーティーな意匠は、複数本を持っているコレクターよりも、明らかに若い層を意識したものであり、着け心地への配慮も、徹底して技術・プロダクト志向だったグルーベル・フォルセイが大きく変わりつつあるという証しだろう。
カルチェに新しくデザイナーを雇ったのか、と尋ねた。「いや、デザインは今まで通り、インハウスのチームによるものだ。ただし、私がデザインを監修している」。そういえば、技術畑出身の彼は、パネライ時代に優秀なプロダクトマネージャーだった、と聞いたことがある。テクニカルなオブジェを使える腕時計に脱皮させるのは、容易だったに違いない。
広い層に目を向ける一方で、グルーベル・フォルセイはさらなるエクスクルーシブ化を図ろうとしている。もともと少ない販売拠点を全世界で10〜12に減らし、そのいくつかはブティックにする、とカルチェは説明する。その拠点が、ヨシダ 東京本店と名古屋 ヨシダである。同社はリテーラーとしては日本最大級だが、代理店になったことはおそらくない。そんな同社があえてグルーベル・フォルセイを手掛ける理由は、グルーベル・フォルセイに魅せられたから、だった。
直径10mmのテンワをふたつ備えたモデル。6時位置のディファレンシャルギアは、4分間かけてテンワに動力を分岐する。トゥールビヨン搭載機ではないが、理論上の姿勢差誤差は非常に小さい。昨年採用されたブレスレットは、左右の遊びも小さく、装着感も良好だ。手巻き(Cal.GF04x)。50石。2万1600振動/時。パワーリザーブ約72時間。Ti(直径46.50mm、厚さ13.75mm)。10気圧防水。2022年から24年まで限定66本。価格問い合わせ。
また、すべてのモデルが期間限定生産というのも、エクスクルーシブ化の一環だ。トゥールビヨン 24セコンド アーキテクチャを例に挙げると、2022年から25年までの生産本数は65本のみ。終わったらディスコンにするという。「数年で生産をやめるのは、メーカーにとっては大きな負担だ。しかし、価値を維持することはより重要だ」とカルチェは語る。
デザインがモダンになり、生産本数が増え、少しばかり親しみやすくなったとはいえ、グルーベル・フォルセイの本質は、良い意味で何も変わっていない。傑出した仕上げも同様だ。世界に優れた時計は数多いが、ゼンマイがほどけきった状態であっても、時計を軽く振るだけでキャリッジがひとりでに回りだすトゥールビヨンは世界にいくつあるだろうか。部品を極限まで磨いて抵抗を減らせば、どんなトゥールビヨンもこういった動きを見せる、と言われる。しかし、筆者の知る限り、実現したのはグルーベル・フォルセイを含めて数点のみだ。
長年、一部の愛好家のみに支持されてきたグルーベル・フォルセイ。しかし、比類なき時計メゾンは、新しいコンセプト、そして新しいリテーラーたちと共に、改めて世界に羽ばたこうとしている。新生グルーベル・フォルセイの手掛ける創作は、間違いなく、多くの時計好きにとっての新たな「聖杯」となるに違いない。
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