スイス・チューリッヒのベイヤー時計博物館を訪れたらぜひ見たい、パテック フィリップのレピーヌ懐中時計

FEATUREWatchTime
2022.12.22

世界的にも貴重なコレクションを擁する、スイス・チューリッヒのベイヤー時計博物館。ここで展示されているレピーヌ懐中時計は、チューリッヒの産業史を物語るとともに、チューリッヒの時計店「ベイヤー・クロノメトリー」とパテック フィリップの特別なつながりを伝えるものである。

Originally published on watchtime.com
Text by Sabine Zwettler
2022年12月22日掲載記事


産業史と時計店の歴史を物語る、パテック フィリップのレピーヌ懐中時計

ジャスミン・ガドラ

レピーヌ懐中時計について語るジャスミン・ガドラ。美術史と現代史の学位の取得者であり、2021年1月よりべイヤー時計博物館の責任者を務める。

 ベイヤー時計博物館のコレクションは、世界的にも重要性の高いものだ。この博物館では、紀元前1400年から現在までの時間計測の歴史を体感することができ、チューリッヒの人気観光スポットにもなっている。展示品には日時計、砂時計、水時計、置き時計、懐中時計、腕時計のほか、時刻や航海を知るための科学機器など貴重なものがそろっている。

 ベイヤー時計博物館の起源は1760年に遡る。現在はスイス最古の時計店「ベイヤー・クロノメトリー」の地下に位置しており、8代目となるルネ・ベイヤーが経営している。博物館は1971年、当時常務取締役であったテオドール・べイヤーの発案で設立された。彼は熱心な時計ディーラーであっただけでなく、歴史的な時計のコレクターでもあり、そのコレクションを一般に公開していた。その情熱は息子のルネにも伝わり、彼の指揮のもと、現在もコレクションの拡充が続けられている。

 2021年1月から博物館の責任者を務めているのはジャスミン・ガドラだ。彼女はこの博物館の学芸員として、展示品の由来や歴史を広く扱っている。ガドラが展示品の中でも特に「お気に入り」だという所蔵品は、2019年から展示されているパテック フィリップのレピーヌ懐中時計だ。1924年、この懐中時計はチューリッヒ湖畔のヴェーデンスヴィルにあった同名の布製造工場ヴェーデンスヴィル社の工場長だったアルベルト・ボースドルフに、勤続25周年を記念して進呈された。

レピーヌ懐中時計

ジャスミン・ガドラが「お気に入りの時計」として挙げた、1919年製のパテック フィリップのレピーヌ懐中時計。

 この懐中時計は1919年製で、エナメル文字盤を備えたゴールド製である。ケースバックには「Director Albert Borsdorff on the occasion of his 25 years of activity. The Board of Directors of Tuchfabrik Wädenswil AG, November 6, 1924.(アルベルト・ボースドルフの勤続25周年を記念して。1924年11月6日、ヴェーデンスヴィル社の取締役会より)」と刻まれている。

アルベルト・ボースドルフ

勤続25周年を記念してレピーヌ懐中時計を贈られた、アルベルト・ボースドルフ。

 ガドラにとって魅力的なのは、この時計がボースドルフの人生における節目と敬意を示すものであるだけでなく、地元の産業史の一部でもあるということだ。

 ヴェーデンスヴィル社は当時、チューリッヒ一帯において大きな雇用を生み出していた。ボースドルフと技術責任者の指揮のもと、1905年に工場の拡張が計画され、運営における新体制が導入された。これが功を奏し、この工場は年間で14万2000メートルの生地を製造し、1914年のベルンにおける博覧会ではその品質が評価され、金賞が授与されている。1978年に工場は閉鎖されたが、現在でも巨大な倉庫が残されており、将来的にチューリッヒ大学の応用科学部が使用する予定となっている。

レピーヌ懐中時計

1924年にヴェーデンスヴィル社からアルベルト・ボースドルフへ送られたことを示すケースバックの刻印。現在でも鮮明に読み取ることができる。

 この懐中時計は産業史の一端を垣間見せるものであるだけでなく、パテック フィリップと長く密接な関係を持つべイヤー・クロノメトリーの歴史の一部でもある。

 パテック フィリップが1839年にジュネーブに工場を設立してから3年後、ベイヤーは精巧な高級時計を取り扱うようになった。ベイヤーとパテック フィリップを経営するスターン一族との出会いが、その絆を築き上げていったのである。例えば、ルネ・ベイヤーの曽祖父アデルリッヒ・ベイヤーは1880年にパテック フィリップの見習いとなり、彼の妻とはそこで出会った。現在、パテック フィリップの社長を務めるティエリー・スターンも、若い頃ベイヤーでインターンを行っている。

ヴェーデンスヴィル社

アルベルト・ボースドルフが務めていた当時の、ヴェーデンスヴィル社の航空写真。

 現在もこの関係は継続しており、スイスで最初のパテック フィリップの直営ブティックは、2011年からベイヤー・クロノメトリーによって運営されている。このブティックはベイヤー・クロノメトリーのすぐ隣に位置している。

 レピーヌ懐中時計のケースバックには、縁に「Fabriquée pour Beyer Zurich(チューリッヒのベイヤーのために製作)」とも刻印されている。ガドラは「バーンホフ通りにあった弊社の店舗で1924年に販売された工場長アルベルト・ボースドルフの懐中時計が、またここに戻ってきたことをうれしく思います。十分に記録された歴史は魅力的ですし、その完璧な保存状態は感嘆に値し、この時計がずっと大切にされてきたことが分かります」と語る。

べイヤー・クロノメトリー

ボースドルフのレピーヌ懐中時計は1924年頃、チューリッヒのバーンホフ通りにあったべイヤー・クロノメトリーで販売された。店の窓には大きくパテック フィリップの広告が掲げられている。


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