老舗の時計メーカーに、定番と言われる存在は数多い。しかし、1931年に登場した「レベルソ」ほど、変わり続けて、なお定番である腕時計はないだろう。スポーツウォッチとして生まれ、粋人に好まれ、複雑時計として熟成し、ドレスウォッチの仕立てを持つ。そんな矛盾を見事に統一してみせたのが、「レベルソ・トリビュート・デュオ・カレンダー」である。
広田雅将(本誌):取材・文 Text by Masayuki Hirota (Chronos-Japan)
Edited by Yukiya Suzuki (Chronos-Japan)
[クロノス日本版 2023年1月号掲載記事]
ドレスウォッチ然とした外装とスポーツウォッチ並みの強心臓がもたらすユニークさ
ジャガー・ルクルトの定番が、1931年に発表されたレクタンギュラーケースの「レベルソ」である。ラテン語の「ひっくり返す」から命名された通り、このモデルは、反転できるケースという他にはない特徴があった。そもそもはポロ競技の際に、衝撃で風防ガラスを割らないためのアイデアだったが、時計を隠せるというスノッブさが紳士・淑女たちに受けたらしい。しばしばオークションで、ケースの裏側に華やかな模様を刻んだレベルソを見かける理由だ。
ジャガー・ルクルトの立て直しに携わったギュンター・ブリュームラインも、ケースの裏側に魅力を見いだしたひとりだった。彼はケースの裏側を使うことで、レベルソをユニークな複雑時計に仕立てようと考えたのである。もっとも、当初の試みはささやかだった。91年の「レベルソ・ソワサンティエム」や93年の「レベルソ・トゥールビヨン」は紛れもない傑作だったが、ケース裏をトランスパレントバックに改めた試みだった。しかし、96年の「クロノグラフ・レトログラード」では、裏側にクロノグラフ機構が備わり、新しいコンセプトは一通りの完成を見たのである。こういった試みで最も成功を収めたのは、94年に発表された「レベルソ・デュオ」だろう。ケースの両面で2カ国の時間を表示する本作は、ドレスウォッチ並みに薄いだけでなく、極めて実用的な腕時計だったのである。
以降もレベルソは進化し続けた。2007年以降、ジャガー・ルクルトが外装にも力を入れ始めると、基幹コレクションであるレベルソはいっそう質を高めた。その帰結が、1931年のオリジナルを模した2011年の「レベルソ・トリビュート」である。薄くて上質なケースや、精密な印字を持つ文字盤などは、レベルソの80年を祝うにふさわしい仕上がりを持っていた。
基幹コレクションとして、ジャガー・ルクルトの方向性を反映し続けてきたレベルソ。22年にお披露目された「レベルソ・トリビュート・デュオ・カレンダー」も、やはり例外ではない。これは最も好ましい実用的なデュオと、さらに薄いトリビュートケースに加えて、一層完成度を高めた自社製のケースを持つものだ。1980年代からケースの加工にCNCを使うようになった同社は、この10年でさらに加工精度を高めた。写真が示す通り、本作は鏡面の歪みも小さく、ケースの各部のチリ合わせもより精密だ。また喜ばしいことに、レベルソファンにはお馴染みの、ケースを格納する際の感触も、いっそう滑らかになった。
実用性と審美性の巧みな融合。上質な仕上げと薄いケース、そして実用的な第2時間帯表示を備える。針合わせやケースを反転させる感触も極めてスムーズだ。カーサ・ファリアーノ製のレザーとレザー/キャンバスストラップはインターチェンジャブル式となった。手巻き(Cal.853/A)。19石。2万1600振動/時。パワーリザーブ約42時間。18KPG(縦49.4×横29.9mm、厚さ10.9mm)。3気圧防水。387万2000円(税込み)。
搭載するのは、2016年に発表されたキャリバー853。これは1994年のデュオが載せたキャリバー854をトリプルカレンダー化し、第2時間帯を調整できるスライダーを加えたものだ。第2時間帯の調整システムで試行錯誤を続けてきたデュオは、ようやく落ち着いた感がある。また、24時間表示が、シンプルなデイ&ナイト表示に置き換えられた。
キャリバー853で最も重要なのは、ベースであるキャリバー822に同じく、「/A」に進化したことだ。つまり、お馴染みの緩急針から、フリースプラング式のテンプに置き換わったのである。実際にそうする人はいないだろうが、緩急針を持たないキャリバー853であれば、オリジナルのオーナーよろしく、ポロ競技に持ち込んでみたくもなる。ドレスウォッチ然とした最新型のデュオだが、やや大げさな物言いをすると、スポーツウォッチとしても使えるほどのタフネスを備えたわけだ。
スポーツウォッチとして生まれたレベルソは、やがて粋人たちに好まれ、複雑時計として性格を変え、ついにはドレスウォッチ然とした仕立てを持つようになった。普通これほどキャラクターが変わると、プロダクトは必ず破綻する。しかし、レベルソは、驚くほどの一貫性を持って、定番であり続けてきた。その理由は、本作を見れば明らかだ。何を載せても、どんな装いになろうとも、レベルソは、レベルソ以外の何物でもないのである。
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