1994年に発表され、2015年に刷新された代表作「ランゲ1」に続き、02年初出の「ランゲ1・ムーンフェイズ」も17年に完全リニューアル。大きく変わったのは、ムーンフェイズと同軸にデイ&ナイト表示が組み込まれたこと。その新しいアイデアが着用者にもたらしたのは、まるで慌ただしい日常から解放されるような、ゆったりとした時の流れだった。
Photographs by Msanori Yoshie
土井康希:取材・文
[クロノス日本版 2023年1月号掲載記事]
「ランゲ1・ムーンフェイズ」インプレッション項目
2002年の初出からわずかしか姿を変えず、新たな機能を取り入れた2代目。他にロジウムダイアル×Ptケースと、ブラックダイアル×18KWGケースのバリエーションを用意する。手巻き(Cal.L121.3)。47石。2万1600振動/時。パワーリザーブ約72時間。18KPG(直径38.5mm、厚さ10.2 mm)。30m防水。644万6000円。
1、ケース
リュウズは引きやすく、回しやすいか? : 〇
リュウズを引き出した際、左右のガタはないか? : 〇
2、ブレスレット&ストラップ
バックルは外しやすいか? : 〇
ブレスレットの遊びやストラップの曲がり・穴のピッチは適切か? : 〇
3、文字盤、針、風防
強い光源にさらされた際、インデックスと針が文字盤に埋没しないか? : 〇
文字盤と針のクリアランスは過大ではないか? : ◎
4、ムーブメント
針合わせは滑らかか? : 〇
ローターの回転音は耳障りではないか? : ―
日常使用における着用テスト結果(動態精度)
T0 | T24 | T48 | 平均 | |
時報確認時の表示時刻 | 12時00分00秒 | 12時30分00秒 | 12時30分00秒 | |
累積誤差 | ― | 0.5秒 | 0.5秒 | |
日差 | ― | -0.5秒/日 | 0秒/日 | -2.5秒/日 |
日較差(絶対値) | ― | 0.5秒/日 | 0.5秒/日 | 0.5秒/日 |
着用時間 | ― | 24.5時間 | 24時間 | 24.25時間 |
空を映し出すムーンフェイズは、自然に視線を空へ誘う
突然渡されたのは、A.ランゲ&ゾーネの「ランゲ1・ムーンフェイズ」。高価格帯の時計のインプレッションを行う機会に恵まれ感情が昂っていたが、着用期間は2日半だった。はじめに明記しておくが、今回のインプレッション機はサンプルで、本製品ほどの厳格な精度調整も行われていないものである。約72時間のパワーリザーブを持つ本機のすべての性能を計測できたわけではない点は了承いただきたい。2日半でこの時計の性能を試すため計測を繰り返し、さまざまな場所に連れ出した。
さて、インプレッション1日目。本機を手に持っての第一印象は「想像していたよりも重い」ということだ。直径38.5mm、厚さ10.2mmの18Kピンクゴールド製のケースには、自社製キャリバーL121.3がぎっしりと詰まっており、重量は101g。しかし腕に載せると、その重さは不思議と気にならなくなった。多くの場合、時計の装着感の良し悪しは全体の重さとケースの重心位置で決まる。本機はムーブメントを可能な限り裏蓋に近づけて重心を落としている。加えて、先端の曲がった特有のラグ形状が手首へのフィット感の向上に貢献し、手首の外周147mmの筆者の細腕にも違和感なく載った。純正のアリゲーターストラップでは、バックルを最も内側の穴に通した位置で小指が1本入る程度だったため、一応許容範囲ではある。
着用にあたり主ゼンマイを巻き上げ、時刻合わせを行う。巻き上げてみると、これまた「想像よりも重い」。ダイアル7時位置の「DOPPELFEDERHAUS」の文字が示す通り、本機はふたつの香箱を備えている。ドレスウォッチ寄りのランゲ1は小ぶりなリュウズを採用するが、約3日間分の高トルクを、力を込めて巻き上げるには少し小さく感じた。また、一段引いて時刻合わせを行う際、巻き真とリュウズパイプのガタが非常に小さいことに気付いた。多少抵抗は感じるが針はスムーズに回せ、このヌルッとした感覚は癖になる。その後、10時位置のプッシュボタンでアウトサイズデイトの表示を修正。ボタンはガタが大きくなりがちな長方形だが、重めの押し心地から感じられるようにかなり詰まっている。奥までしっかり押さないと切り替わらない仕様はドイツらしく、誤操作を防ぐため歓迎だ。
着用してしばらく街を歩き、室内で時計を外す。はじめは操作感と着用感に気を取られていたが、ここで今一度外装を眺める。鏡面に磨かれているのは半円状に丸みを帯びたベゼルや、曲面と平面で構成されるラグ、裏蓋の側面部分だが、面のダレが見当たらない。ダイアルに視線を移すと、完成度の高さにため息が出る。淡いホワイトのダイアルはシルバー製。暗い場所ではざらついて見えるが、表面に強めの光が当たると粒立ったようにきらめく。時分を示すインダイアルとスモールセコンド部分は、等間隔に溝がつけられたサーキュラー仕上げで、周囲の光と呼応するように表情を変えるため、シンプルながら飽きさせない。
裏蓋側からはキャリバーL121.3がのぞく。仕上げに関しては多くを語る必要はないだろう。4分の3プレートにはグラスヒュッテストライプが施され、シャトン留めの穴石、エングレービング入りのテンプ受け、スワンネック型の可動ヒゲ持ちなどを、自前のルーペで小1時間眺めていた。
ル表示の視認性において、サイズは最も重要な要素なのかもしれない。
11月中旬、17時前にはもう日没である。時計に目を向けると、昼間スカイブルーだったデイ&ナイト表示の「天空ディスク」も濃いブルーに変わり、18時を過ぎたあたりから星々が現れ始めた。月齢と昼夜表示を同軸に配するアイデアは、ありそうでなかったものだ。最も身近な天体と、空の情景のふたつを映し出す本機と過ごすと、まるで空を眺めているような気分になった。深夜0時。ディスクには383個もの星々が瞬き、アウトサイズデイトが寸分狂わず切り替わる瞬間を確認して眠りについた。
インプレッション2日目は雨。30m防水の本機を着用するには過剰なまでに気を使い、外出中は袖に隠したままだった。正午、初日の巻き上げから24時間が経過し時刻を確認するとマイナス0.5秒のみ遅れていた。前述したように厳格な調整は行っていない個体だが、クロノメーター級以上の精度だ。気がかりはわずかな遅れだけで、調整次第でさらに高い精度が期待できる。本機の返却直前、巻き上げから48時間後に計測してもマイナス0.5秒であった。
端正な顔つき、手の込んだムーブメント、高い精度、細腕にもハマる着け心地と、完璧なまでの作り込みで固めたランゲ1・ムーンフェイズ。難点は、ブティックでの即購入が難しい現在の〝異常事態〞くらいだろうか。
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