NH TYPE 1Bを発表し、一躍、時計愛好家の中で話題となったNAOYA HIDA & CO.。現状、同社の時計PRはSNSによる発信をメインとしており、実機に触れられる機会は、一部で開催されるトランクショーのみというのが現状だ。そんな見ることすら貴重な同社の時計から、今回は「NH TYPE 3A」を3日間着用する機会が得られた。
Photographs by Msanori Yoshie
細田雄人:取材・文
[クロノス日本版 2023年1月号掲載記事]
「NH TYPE 3A」インプレッション項目
2021年に発表されたブランド3つ目のコレクション。初めて計時以外の機能としてムーンフェイズが取り入れられたが、変わらずノンデイトなところに、飛田氏の見識が窺える。ケース素材は904L。手巻き(Cal.3021LU)。18石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約45時間。SS( 直径37mm、厚さ10.7mm)。5気圧防水。完売。
1、ケース
リュウズは引きやすく、回しやすいか? : ◎
リュウズを引き出した際、左右のガタはないか? : ◎
2、ブレスレット&ストラップ
バックルは外しやすいか? : 〇
ブレスレットの遊びやストラップの曲がり・穴のピッチは適切か? : 〇
3、文字盤、針、風防
強い光源にさらされた際、インデックスと針が文字盤に埋没しないか? : 〇
文字盤と針のクリアランスは過大ではないか? : ◎
4、ムーブメント
針合わせは滑らかか? : ◎
ローターの回転音は耳障りではないか? : -
歩度測定器による精度テスト(静態精度)
T0時 | T0時 | T0時 | T24時 | T24時 | T24時 | |
歩度 | 振り角 | 片振り角 | 歩度 | 振り角 | 片振り角 | |
文字盤上 | +0秒/日 | 267° | 0.1ms | -1秒/日 | 248° | 0.1ms |
12時上 | +1秒/日 | 242° | 0.2ms | +2秒/日 | 224° | 0.2ms |
3時上 | -4秒/日 | 236° | 0.1ms | -1秒/日 | 220° | 0.1ms |
6時上 | -7秒/日 | 233° | 0.1ms | -5秒/日 | 216° | 0.1ms |
9時上 | +2秒/日 | 240° | 0.2ms | -2秒/日 | 220° | 0.2ms |
文字盤下 | +1秒/日 | 265° | 0.0ms | +2秒/日 | 244° | 0.1ms |
平均 | -1.1秒/日 | 247.1° | 0.1ms | -0.8秒/日 | 228.6° | 0.1ms |
着けるたびに発見がある新興マイクロメゾンの雄
今や世界中のコレクターから羨望の眼差しが向けられるNAOYA HIDA & CO.の時計。ブランドを率いるのは飛田直哉氏だ。今更説明は不要かもしれないが、ディストリビューターという立場から長年にわたって多くの時計ブランドを日本市場に卸し、さらに自身の見識を生かした日本限定モデルのプロデュースを手掛けてきた人物である。
特にヴィンテージウォッチに精通している飛田氏が、ヴィンテージウォッチの〝美味しいところ〞を現代のウォッチメイキングに落とし込むことで生まれた時計がNAOYA HIDA & CO.なのだから、一部の熱狂的な時計愛好家から支持を得るのも当然だ―― と今だから偉そうに書けるが、正直、飛田氏が前職を辞め、時計事業を新規で立ち上げると聞いたときには耳を疑ったものだ。しかし、結果は言わずもがな。今回はかつての見る目のなさを反省しつつ、ニュートラルな状態で、つまりあの時の自分が手に取ったならどんな感想を抱いたか、というのを念頭に置いて着用した。
今回借りたのは2021年に発表された「NH TYPE 3A」だ。ブランド初の2針モデルにして、初の時刻表示以外の機構が搭載されたモデルである。なお、NAOYA HIDA & CO.の時計は基本的に少量生産とされており、22年にはアップデートモデルの「NH TYPE 3B」が登場(完売)している。そのため、全く同じ仕様の時計を購入するのはすでに不可能だ。加えて、着用した個体はサンプルのため、微妙に製品版と仕様の異なる箇所があることもあらかじめ伝えておく。
手に取り、まずリュウズをフル巻きにする。コハゼが動く時の、カリカリとした音と感触が非常に心地いい。搭載されるのはETA 7750からクロノグラフ機構と自動巻き機構を取り外し、手巻きムーブメントとして生まれ変わったキャリバー3021LUだ。もともと、板バネ式だったETA 7750のコハゼをそのまま用いず、退却式へと変更した上で、コハゼバネまでも新設計していると聞いていたが、手巻き時の感触に関しては現行品でも抜きんでている印象を持った。
その後、時間合わせに移行すると再度驚く。針合わせの感触もまた、良好なのだ。トルクが常に一定にかかり、嫌な抜け方は皆無。これは全く想定外だった。直径37mmというケースサイズに対して、直径30mmのムーブメントをケースいっぱいに詰めた恩恵だろうか。基礎体力の高いETA 7750をベースに魔改造を行うメーカーはこれまでにも数多く存在したが、感触をここまで突き詰めるブランドは聞いたことがない。むしろ、ここまで感触という分かりづらい要素に執着し、実際にそれを具現化できるだけの見識とノウハウを持っているブランドならば、大半はイチからムーブメントを作りそうだ。
ひと通りの儀式を終えて、ついに着用してみる。腕に乗せると改めて軽いし、薄い。思わずこれはいい! と唸ってしまった。ケース厚は10.7mmと、10mmを切っていないため、極端に薄型ケースというわけではない。しかし、企画担当ということもあって、今回借りた8本の時計はひと通り装着しているのだが、腕なじみの良さはNHTYPE 3Aがトップだった。厚さだけではなく37mmというケース径、手巻きムーブメント化によって実現した低重心、柔らかくホールド感のあるストラップなど、すべての要素が見事なバランスで組み合わされることで実現した装着感という印象だ。
残るチェック項目は視認性である。実はこれが一番意外で、常時視認性は良好だった。太い時針、ミニッツスケールにまでリーチする分針を持ち、インデックスには深い手彫りが施される同作の視認性が高いのは当然とも言えるのだが、その優れた判読性が暗所でも維持されるのはなによりも驚きだ。当然、蓄光塗料の類は使用されていないが、僅かな光さえ届く環境ならば、くっきりと彫られたインデックスと太い針によって時刻を読み取ることが可能だった。街灯がついている夜道くらいの明るさであればまず問題ないのは、うれしい誤算だ。
着ければ着けるほどに良さが分かる。それがNH TYPE 3Aとの3日間だった。ファーストインプレッションで感触を堪能し、気持ちが盛り上がる。そして心が落ち着くと、ディテールに目が向くようになる。手で仕上げられる立体的な針、ジャーマンシルバーを荒らした粒子感たっぷりの文字盤、表情が与えられた古典的なムーンディスク。それぞれにとてつもない労力がかけられていると気付き、着けた者だけが分かる秘密をもっと知りたくなる。常に新しい発見を提供してくれるから、二次流通に出回らないのも納得だ。
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