ロレックスの「認定中古ビジネス」【最終回/全4回】ロレックスの価値を再定義し、大きく変え得る壮大な実験

今、時計業界で最大の話題が、ロレックスがヨーロッパの名門老舗時計店「ブヘラ」で開始した「Certified Pre-Owned(認定中古)ロレックス」(以下、CPOロレックス)という新しいプログラムによる、ブランド史上初の中古時計市場への参入だ。本連載第1回ではその内容を紹介、第2回ではロレックスがこのサービスを始めた理由と目指す未来について考察した。

そして、前回の第3回では短期的なその影響を予測した。最終回となる今回は、現時点でのこのプログラムの課題と長期的な影響、そして日本での導入について、筆者の予測と期待をお伝えしたい。

ロレックスの「認定中古ビジネス」【第1回/全4回】なぜ始めた? 日本でのサービス開始は!?
https://www.webchronos.net/features/88678/
渋谷ヤスヒト:取材・文 Text by Yasuhito Shibuya
(2023年1月14日掲載記事)


CPOロレックスの現時点での課題とは?

  CPOロレックスの魅力は、何といっても現行モデルの新品と変わらない品質保証が付いていること。

 唐突だが、今回はまず「CPOロレックス」の現時点での課題を考えてみたい。その課題とは、CPOロレックスも含め「中古ロレックスの価格が、スペック的には明らかに優れている現行品の新品価格よりもかなり高価だ」ということだ。

©Yasuhito Shibuya
新型コロナ禍以降、「ロレックス=時計業界におけるNo.1ブランド」の地位は、時計フェアが「ウォッチズ&ワンダーズ ジュネーブ」に統合された2022年も、さらに強固なものになった。

 そんな「高価な中古ロレックス」を購入された方々の批判や不快を覚悟で、あえてハッキリ申し上げるが、筆者は現在の多くの中古ロレックスの価格には正直、あきれている。値付けに合理性がなく異常だと思っている。

 これはモノ情報誌の編集者として、手作りの芸術品から大規模な生産ラインで生産される自動車、さらに住宅まで、さまざまなモノ作りの現場を取材してきた立場と経験からの見解だ。

自動車業界では使用年数が短く走行距離も限定された認定中古車ビジネスが定着している。アウディの場合、正規輸入車で初年度登録から12年以内、走行距離10万km以下のモデルが対象。そして当然ながら、一部の特別なモデルを除いて、クルマの価格は新車よりもお手頃だ(アウディジャパンの公式ウェブサイトより)。

 この「異常さ」はクルマに例えて考えると分かりやすい。特別なチューニングを施したスペシャルなエンジンを積んだ稀少なホットモデルや、後継のないモデルが中古車であっても高額で取引されるのは当然だ。ヴィンテージカーが高価なのも理解できる。ボディーやメカニズムが特別で、同じものを作りたくても作れないのだから。

 だが、中古ロレックスのほとんどは普通の時計だ。クルマに例えれば、デザインをそのまま引き継ぎ、エンジンや走行性能も改良された後継モデルが新車として販売されているのだ。「生まれ年のワインが欲しい」というような、個人的で特別なこだわりや思い入れがある場合は別だが、基本的に同じモデルなら新品の方が優れている。わざわざ高価な中古車を、少なくとも筆者はオススメしない。


バブルと神話が作る「中古ロレックス相場」

 ところがロレックスでは、こうした普通の中古モデルが新品モデルを超える高値で売買されている。現行モデルがディスコン(生産中止)になることが分かるとその中古価格が上がる。それが現在の中古ロレックス市場の現状だ。いくら現行モデルの新品の購入が難しいと言っても、手に入らなくなるのがショックだと言っても、今の価格は筆者には正直、理解できない。

 ではなぜ、普通の中古モデルが現行品の新品モデルよりも高価なのか? それは「市場がバブルな状態で、時計の価値の査定が異常」だからだ。では、なぜバブルで異常な状態になっているのか? それは、市場でその価値を過大に言い続けている人たちと、その言葉を真に受けている人たちがいるからだ。そう考えなければこの異常な高価格、相場の高騰は理解できない。

 そして、この「価値の過大評価」には歴史的な背景、理由がある。それは1980年代のバブル期に作られた「ロレックスは昔のモデルの方が現行モデルより素晴らしい」という「謎の価値観」の存在だ。

 これを再確認したのは5年ほど前、ある情報誌の編集長から「時計特集」の記事を依頼された時だった。その時、まずやって欲しいと言われたのが「アンティークロレックス特集」。理由を聞くと「ロレックスは古いモデルの方が人気のようだし、『その方が価値がある、素晴らしい』と聞いたので」という答えが返ってきた。

 確かに1980年代、いくつもの男性ファッション誌がアンティークロレックスの特集を掲載したことを、50代以上の方はご記憶かもしれない。この背景には「紳士が着けるべき時計は、ロレックスのバブルバック(1930年代の自動巻きモデル)だ」という、イタリアのメンズファッション誌の特集記事があった。この時、日本の大人男子は一時だが、この「謎の価値観」に染まった。そして、この価値観はまだ生きている。

 もちろんアンティークロレックスは、バリエーションも多彩で趣味の収集の対象としてとても魅力的だ。その中には稀少なモデルもあり、高価になって当然のものもある。だが、それはごく一部の話。それは時計愛好家にとって価値があるもので、普通の人にとってアンティークロレックスは「ただの古い時計」でしかない。

 しかし、一部のメディアや時計ブロガー、中古ロレックスを扱う中古時計販売業者は、まるでバブル期の土地神話(=当時、日本の土地の値段は絶対に下がらないという神話があった)のように「ロレックスの価格は絶対に下がらない」とほのめかす。実は、これは日本に限った話ではない。海外の業者も同様だ。

 今日のロレックスブーム、中古ロレックス相場の異常な高騰は、1980年代のアンティークモデルブームで流布されたこの「ロレックス神話」と、それを利用してきた人々。さらに「儲け話があれば、自分もうまく儲けたい。ロレックスはどうやらそれを実現してくれるアイテムらしい」という人たち。彼らの価値観から形成されている部分がかなりある。そのことを指摘しておきたい。

 ただ、この神話と相場は長い時間をかけて形成されたものだし、この神話やそれを信じる人を非難するつもりはまったくない。中古ビジネスとはそもそもそういうものであり、その責任の多くは、信じた側にある。

 中古品の価値と価格は常に変動するあいまいなものだし、そこにビジネスチャンスがある。それは中古ビジネスの暗黙の常識だ。どんなものでも中古品に手を出すなら、その価値は自分自身で責任を持って判断しなければならない。しかし、今の“ロレックスブーム”の参加者には、この常識を知らない人がいるようだ。もしあなたがこれから“ロレックスブーム”に参加されるなら、そのことを肝に銘じておいてほしい。