時計経済観測所/中国、習近平3期目「富裕層締め付け」で高級時計需要は失速?

2023.01.27

2022年10月22日に閉幕した中国共産党第20回全国代表大会において、習近平総書記(国家主席)が大方の予想通り3期目続投を確定させた。世界中の注目を集めた中国共産党のこの新体制は、果たして、これからの中国経済と世界経済、そして、その影響を大きく受けるスイス時計業界にどのような影響を及ぼすのだろうか?気鋭の経済ジャーナリスト、磯山友幸氏が分析・考察する。

磯山友幸:取材・文 Text by Tomoyuki Isoyama
安堂ミキオ:イラスト Illustration by Mikio Ando
[クロノス日本版 2023年1月号掲載記事]


中国、習近平3期目「富裕層締め付け」で高級時計需要は失速?

磯山友幸

 中国の習近平国家主席体制が慣例を破って3期目に入った。これまでの2期10年では汚職撲滅などで中央や地方の党幹部を摘発して厳しく罰するなど強権的な運営を行い、経済的に恵まれない国民層からは高い支持を受けてきた。

 一方で2期目の後半になると、それまでの高い経済成長を生み出してきた企業家や富裕層にも矛先が向けられ、自由な経済活動を大幅に制限する政策が採られた。「共同富裕」をスローガンに、経済成長一辺倒で経済格差が拡大することよりも、国家統制に力点を置いた経済政策に重点が置かれる傾向が一気に強まった。

習近平が推し進めた「ゼロコロナ」政策の影響

 新型コロナウイルス対策で習主席が推し進めた、いわゆる「ゼロコロナ」政策は、純粋な新型コロナウイルス対策というよりも、非常に政治的な意味合いを含んでいた。2022年10月22日に閉幕した第20回共産党大会で明らかになった新指導部に、ナンバー2だった李克強首相の名前がなく、完全引退に追い込まれたのが象徴的。李首相はゼロコロナ政策に抵抗し、経済成長を優先させる政策を主張していた。習主席は最大の抵抗勢力だった李首相や、それに連なる派閥の幹部を封じ込めたのだ。

 実は共産党大会の期間中にちょっとした事件が起きた。10月18日に予定されていた第3四半期(7~9月)のGDP(国内総生産)の発表が突然延期されたのだ。景気減速が鮮明になれば党大会で習体制への批判が噴出しかねないからではないか、と憶測を呼んだ。閉幕後に発表された成長率は3.9%で、四半期ベースでは上海市などでの都市封鎖の影響を大きく受けた4~6月期の0.4%から回復したものの、1~9月の累計では3.0%成長と成長鈍化が鮮明になった。今後の焦点は、習体制が景気の本格的な底割れを回避できるかどうかにかかってくる。

 だが、足元の景気悪化は深刻だ。中国国家統計局が11月15日に発表した10月の小売り売上高は前年同月比0.5%減と5月以来5カ月ぶりのマイナスになった。「ゼロコロナ」政策を採り続けている結果、人々の動きや経済活動が大きく制約されていることが要因。飲食店収入が8%減ったほか、家電や衣類などの売り上げが軒並み落ち込んだ。わずか0.5%とはいえ、消費がマイナスに転じたことで中国経済に急速にブレーキがかかっていることを改めて示した。

スイス時計の中国向け輸出額は大幅減少

 住宅価格の大幅な下落により金融システムにも不安が増しているとされる。中国では多くの庶民が住宅ローンを使って不動産投資にいそしんでおり、不動産価格の下落は消費マインドの悪化に結びつく。強権的な習体制の継続で、今後5年間は富裕層を敵視し、高級品消費など贅沢を戒める傾向が強まるのではないかと見られており、高級時計や宝飾品などの消費の先行きに暗雲が漂っている。

 その兆候がスイス時計の中国向け輸出に顕著に表れている。スイス時計協会(FH)が発表した10月の統計によると、中国大陸向けは2億2010万スイスフラン(約323億円)と前年同月比18.1%の大幅減少となった。金利の猛烈な引き上げで景気引き締めを狙っている米国向けが16.7%増と増え続けているのと対照的な結果になった。米国向け金額は3億6020万スイスフランに達し、一時は肩を並べつつあった中国向けに大きく水をあけている。中国国内の時計ディーラーなどが景気の先行きを懸念して仕入れを抑制している可能性が高い。

世界最大の時計市場だった香港も大きく減少

 香港向けの減少も続いている。ゼロコロナ政策の影響で香港を訪れる中国人観光客も大きく落ち込んでいる。民主派の弾圧や国家安全維持法の導入で欧米からの観光客も回復しておらず、往年の時計市場のメッカという輝きはまったくなくなっている。スイス時計の向け先としては今のところ、米国、中国大陸に次ぐ3位だが、10月には日本向け輸出額との差がわずかになっており、4位の日本に抜かされるのも時間の問題と見られる。

 スイス時計輸出の1~10月の累計総額は前年同期を11.9%上回っており、年間で過去最高を更新する見通しだ。もっともここへきて中国向けの減少が鮮明で、全体の足を引っ張り始めている。1~10月の中国向けは13.0%のマイナス、香港向けは9.8%のマイナスとなっている。輸出先上位30カ国・地域のうち、マイナスになっているのは中国と香港だけである。

 今後、この中国の消費鈍化が、世界経済にどれだけインパクトを与えていくかが焦点になる。


磯山友幸
経済ジャーナリスト/千葉商科大学教授。1962年、東京都生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業。日本経済新聞社で証券部記者、同部次長、チューリヒ支局長、フランクフルト支局長、『日経ビジネス』副編集長・編集委員などを務め、2011年に退社、独立。政官財を幅広く取材している。著書に『国際会計基準戦争 完結編』『ブランド王国スイスの秘密』(いずれも日経BP社)など。
http://www.isoyamatomoyuki.com/



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