世界のセレブたちがどんな時計を着けているのか、ワンシーンを切り取り紹介する連載コラム「セレブウォッチ・ハンティング」。今回は日本の漫画・アニメ界に大きな影響を与えた松本零士が着用するオメガの腕時計に注目した。
Text by Yukaco Numamoto
2023年2月26日掲載記事
日本SFアニメ界に大きな影響を与えた松本零士
「零士メーター」という言葉をご存じだろうか。これは松本メーターとも呼ばれる、漫画やアニメなどのフィクション作品に登場する計器デザインの呼称だ。その特徴は、円形もしくは歯車形のガラスパネルの中に、目盛りと複数の指針が書き込まれたスタイルである。クロノグラフに似ているが全周タイプではなく、限界点があることが違いである。
「宇宙戦艦ヤマト」「銀河鉄道999」といった松本零士の漫画・アニメ作品に頻繁に登場することからファンの中では「零士メーター」と呼ばれるようになった。この零士メーターをモチーフとした時計がシーホープより松本零士監修のもと、限定発売されたことがある。もちろん、限定数は999本だ。ちなみに2017年には『零士メーターから始めるSFメカの描き方』というHOW TO本まで出ており、SFアニメ界に多大な影響を与えたことがうかがい知れる。
宇宙に強い憧れを抱いていた松本零士が選ぶ腕時計はオメガのスピードマスター ムーンフェイズ
「片道でもいいから俺を宇宙に行かせてくれ」という発言をしたことがある松本零士であるが、その作風から見ても宇宙にロマンを感じていたことは間違いない。ブライトリングやオメガをはじめとする航空関連の時計が好きであることも有名だ。
今から60年前の1963年(25歳当時)に原稿料5万円を持ってナビタイマーのセカンドモデル(Ref.806)を購入する時にオメガのスピードマスターと悩んだ松本零士。予算が合わず、その時は諦めたものの数年後には中古でスピードマスターを入手したそうだ。
悩み抜いて購入したナビタイマーへの思い入れは強く、15年ほど毎日愛用し続けたという。部品がなくなってはいけないという理由で質屋を巡って、部品取りのために同じ型のナビタイマーを集めていた。その時にロレックスのデイトナや、オメガのスピードマスターの他のバリエーションを集め、700本ほどのコレクションをしていたというから驚きだ。
今回の写真が撮影された当時はデイトナと1985年製のスピードマスター ムーンフェイズ、通称「スピーディームーン」(1300本限定)を主に愛用していたそうだ。
1969年のアポロ11号の月面着陸に同行したのち、「ムーンウォッチ」の称号を得てオメガの名前を広く世界に知らしめたスピードマスターは発売から半世紀以上もほとんど外観を変えずに存在し続けている稀有な時計だ。
NASAが採用にあたり行ったテストは高圧、真空、無重力、衝撃、急激な温度変化といった宇宙空間での使用を想定した厳しいもので、コンペにエントリーした時計の中でスピードマスターは唯一正確に時を刻んだという逸話を持つ。
過酷な環境の中でも正しく時を刻む計器としてプロからの信頼を集め、数多くのモデルがあることで知られているスピードマスターの中には、特に愛好家からの熱い視線を集めるモデルがあり、初めてムーンフェイズが搭載されたモデルである。松本零士が着用していた1985年に発売されたスピードマスター ムーンフェイズもそのひとつだ。
特に注目したいのがインダイアルにある凹凸だ。これは当時のスピードマスター特有の仕様で、クレーターを彷彿とさせる奥行きをダイアル上で感じることができる。
1300本の世界限定モデルとして1985年から販売された。控えめな風合いのムーンフェイズと共に整然と並ぶダイアルのデザインは宇宙の静けさを想起させる。搭載されるムーブメントはCal.861を改良したCal.866である。
「手巻き時計はリュウズを巻いたところまでが自分の人生」と語った松本零士
手巻き時計を特に好んだという松本零士は「リュウズを巻いたところまでが自分の人生」と語る。「僕が抱くサムライのイメージ」と語っていた父の所有していた時計も巻いた分まででストップさせて保管していたという。この行動だけでも時計と故人に対する思いが並々ならぬものであることが伝わる。
もしかしたら、松本零士が長年愛用したスピードマスター ムーンフェイズは誰かがゼンマイを巻くことがあるかもしれない。松本零士の人生と作品のように、さまざまなエピソードと共に語り継がれる1本なのだと思う。
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