スイス時計協会による2022年スイス時計輸出額統計の年間データが出揃った。いまだ収束を見せない新型コロナウイルス感染拡大にもかかわらず、史上最高を記録した2021年を上回る2年連続での記録更新となった。とはいえ、つぶさにデータを見ると国や地域によって優勝劣敗が明白に見て取れる。そうした状況下で、世界の時計ビジネスはどのように推移していくのだろうか? 気鋭の経済ジャーナリスト、磯山友幸氏が分析・考察する。
安堂ミキオ:イラスト Illustration by Mikio Ando
[クロノス日本版 2023年3月号掲載記事]
底堅い米国市場、中国の減速が鮮明に
激しいインフレによる世界的な景気減速が懸念される中で、高級時計市場は拡大を続けている。高級時計の世界のトレンドを示すスイスの時計輸出額は2022年、スイス時計協会の集計によると248億3480万スイスフラン(約3兆5055億円)となり、21年に比べて11. 4%増加、2年連続で史上最高を更新した。
新型コロナウイルス感染症の拡大によって経済活動が止まった2020年は高級時計需要も一気に冷え込み、170億スイスフラン割れの水準にまで激減したが、2021年は一気に回復、2022年は新型コロナウイルス感染症の影響を完全に払拭する水準となった。
2022年のスイスの高級時計輸出の牽引役になったのは米国市場向け。前年比26.3%増で、輸出先としては中国本土、香港を抑えて2年連続のトップになった。激しいインフレに対抗して米FRB(連邦準備理事会)が繰り返し金利の大幅な引き上げを行ったことから、消費の減速が懸念されたが、過熱した市場が冷え込むことはなかった。
ゼロコロナ政策が裏目に出た中国
一方で、中国と香港の景気の落ち込みがスイス時計需要にも鮮明に現れた。中国本土向け輸出は13.6%も減少、香港向けも10.5%落ち込んだ。輸出先上位30カ国・地域で、前年比マイナスになったのは中国と香港だけで、28カ国は軒並み前年を上回った。しかもひと桁の伸びだったのは韓国、サウジアラビア、バーレーンだけで、他はすべて10%以上の2ケタの伸びになった。
中国は習近平体制による「ゼロコロナ政策」が長期にわたって続き、上海などでの「都市封鎖」が経済活動に大きな影を落とした。年末になって「ゼロコロナ政策」を解除し、人の動きも回復しつつあるが、2022年の年間の実質GDP成長率は3.0%と、2021年の8.4%から急減速。2022年3月の全国人民代表大会で設定した5.5%前後という目標に達しなかった。
消費が2020年以来2年ぶりにマイナスに転じたことが大きい。特に、宝飾品など高級品の需要が大きく落ち込んだとされ、時計消費も打撃を受けた。中国本土向けは新型コロナウイルス蔓延下の2020年には米国を上回って世界トップに躍り出た。「ゼロコロナ政策」の徹底によって早期に新型コロナウイルスを押さえ込み、経済活動を再開させたことが、欧米諸国よりも早い経済回復につながったが、2022年に関してはゼロコロナ政策が裏目に出た。
好調だった日本向けスイス時計輸出
日本向けスイス時計輸出も好調だった。日本向けは前年比19.5%増の16億9300万スイスフラン(約2390億円)と輸出先としては世界4位。かつて盤石のトップを誇った香港向けが、2020年の国家安全維持法の施行以降、「自由都市」の色彩を失ったことで激減。2022年は19億850万スイスフラン(約2695億円)まで減少。日本向けが追いつく可能性も見えてきた。
日本での高級時計の販売好調の背景には、インフレや通貨安に備えた「資産保全」の要因が大きいと見られる。百貨店などで高級宝飾品や高級時計が飛ぶように売れる現象が見られたが、円安の進行で輸入時計の小売価格の引き上げが起きる前に購入しようとする駆け込み需要のほか、安くなる現金で貯金をしておくより、国際価格に連動して売値の上昇期待が高い高級時計など、モノに換えておく動きが強まった。
2023年はさらに需要が増加するか
2022年は新型コロナウイルスの蔓延が続いたため、日本は「鎖国状態」を維持、海外からの旅行客数などは低迷を続けた。2022年10月から個人旅行の解禁などにも踏み切ったが、12月になっても訪日外客数は日本政府観光局(JNTO)の推計で137万人と、新型コロナウイルス感染拡大前の半分以下にとどまっている。中でも中国からの入国者数は、中国の移動制限が完全に緩和されていないことから、新型コロナウイルス感染拡大前の5%に過ぎない。
つまり、19.5%増という2022年の数字は、大半は国内需要だったと見られ、今後、本格的に海外からの旅行者が増えてくると、さらに大幅に需要が伸びる可能性がある。特に旅行目的での来日が多く、高額品の「爆買い」が期待される中国からの観光客が回復してくれば、2023年の日本国内での時計販売も好調に推移しそうだ。
磯山友幸
経済ジャーナリスト/千葉商科大学教授。1962年、東京都生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業。日本経済新聞社で証券部記者、同部次長、チューリヒ支局長、フランクフルト支局長、『日経ビジネス』副編集長・編集委員などを務め、2011年に退社、独立。政官財を幅広く取材している。著書に『国際会計基準戦争 完結編』『ブランド王国スイスの秘密』(いずれも日経BP社)など。
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