ブルガリが牽引してきた極薄機械式腕時計の開発競争。最終的な勝者は、リシャール・ミルのRM UP-01 フェラーリだった。2022年に発表された本作のケース厚はわずか1.75mm。軽さや屈強さを打ち出してきたリシャール・ミルが薄型腕時計の記録を塗り替えるとは、誰が予想しただろう?しかし、これは類を見ないケース構造を含めて、リシャール・ミルにしか作り得ない、まったく新しい極薄腕時計だったのである。
広田雅将(本誌):取材・文 Text by Masayuki Hirota (Chronos-Japan)
Edited by Yukiya Suzuki (Chronos-Japan)
[クロノス日本版 2023年3月号掲載記事]
薄さを感じさせない堅牢なケースと耐衝撃性能、そして使える携帯精度
2010年代以降、各メーカーはムーブメントの高性能化と薄型化に取り組んだ。そのアプローチはメーカーを問わず、ほぼ共通する。地板を広げることで、部品をムーブメント全体に散らし、自動巻き機構もムーブメント内に組み込む。こういう手法は1970年代から見られるが、ムーブメントの大型化が許容された近年になって、ほぼ完成を見た、と言ってよい。この手法を突き詰めたのがブルガリだった。同社の作る極薄ムーブメントは、ムーブメント部品を重ねないアプローチが際立つものだった。その集大成が2022年に発表された厚さ1.80mmの「オクト フィニッシモ ウルトラ」だ。
同年にオクト フィニッシモ ウルトラの薄型記録を塗り替えたRM UP-01 フェラーリも、設計思想は同じである。しかし、輪列に加えて、ファンクションセレクターと、巻き上げと時間合わせ機構を並列に配置することで、ケース厚はオクト フィニッシモウルトラより0.05mm薄い、わずか1.75mmとなった。
横51mm、縦39mm、そしてコイン並みに薄いケースを考えればRM UP-01は普段使いに向かないはずだ。しかし、実際に触った筆者の感想を言うと、ケースの強固さは超薄型の機械式腕時計らしからぬものだった。事実、このモデルは既存のリシャール・ミルに同じく、5000Gの加速度に耐えられるほか、外周に約12㎏の荷重をかけてもケースは変形しない。
セラミックスのような硬い素材を使えば、1.75mmの平たいケースにも剛性を持たせられるだろう。しかし、リシャール・ミルはそういったアプローチを取らなかった。ケース素材は既存のモデルに同じチタン。ケースは曲がりやすくなるが、それを抑えたところに同社のノウハウがある。
RM UP-01に高い剛性をもたらしたのは、ユニークなケース構造だった。箱状に成形されたケースに、蓋を縫い付けるように固定することで、歪みを抑えている。加えて、ケースの開口部を小さくすることで、さらにケースは頑強になった。
超薄型の機械式腕時計。厚さ1.75mmというケース厚にもかかわらず、リシャール・ミルに求められる耐衝撃性などをクリアした、いわばリシャール・ミルが培ってきたノウハウの集大成である。手巻き(Cal.RMUP-01)。23石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約45時間。Ti(縦39×横51mm、厚さ1.75mm)。腕時計全体の重量28.5g、ヘッド部分の重量11.2g、ムーブメントの重量2.82g。10m防水。世界限定150本。予価2億6180万円(税込み)。
実用性への配慮は、ファンクションセレクターと、巻き上げおよび時間合わせ機構の固定方法にも見て取れる。このふたつの部品は、いわばリュウズの役目を果たすもの。防水性を高めるため、普通は軸にラバーを巻くが、RM UP-01では、代わりに薄いセラミックス製の枠を用いている。理論上はラバーより薄くできるが、部品の噛み合わせだけで10mの防水性能を持たせるには、普通の部品では対応できない。ミクロン単位でケースを加工するリシャール・ミルならではの解決策と言えるだろう。
この時計のユニークさを際立たせるのが、時分の表示方法と脱進機だ。普通の時計は、2番車に針を付けて分針、そこに中間車を噛ませて時針を回している。RM UP-01では、2枚の歯車を時分針に見立てることで、厚みを減らしただけでなく、軸を風防に当てることで、風防の変形も抑えている。時分表示を薄くする一方で、風防を厚くしたのも非凡だ。ケースに対して明らかに厚い0.45mmのサファイアクリスタルは、ケースの剛性アップに寄与している。
もうひとつの注目点が新しい脱進機だ。部品を並列に置く薄型時計でも、従来は脱進機だけは既存のスイスレバーだった。対してRM UP-01では、剣先と小ツバを廃したウルトラフラット脱進機が採用された。これは振り角を上げられるほか、脱進機自体を薄くできるものだ。テンワはかなり薄いが、慣性モーメントは約3㎎・㎠と予想外に大きい。振動数を2万8800振動/時に高めることで携帯精度を改善している。
超薄型の機械式腕時計というだけでなく、普段使いが可能な実用性を盛り込んだRM UP-01 フェラーリ。これほどの腕時計であれば、組み立ては既存の薄型腕時計よりもさらに困難だろう。しかし、リシャール・ミルは、なんとこのモデルを15本ではなく、150本も製造するという。質だけでなく、量でも極薄腕時計の記録を塗り替えてしまった本作は、リシャール・ミルにしか作れない腕時計であり、21世紀の「メカニカル・ワンダー」なのである。
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