パイロットウォッチは航空機を安全に操縦するための計器であり、優れた性能とメカニカルな外観が特徴の時計だ。パイロットウォッチの誕生、その歴史や代表的なアビエーション機能を知ることで、よりその魅力に引かれる。歴史的な名機と、今おすすめのモデルを紹介しながら、パイロットウォッチの魅力に迫る。
人類が空に挑戦し続けた証「パイロットウォッチ」
パイロットが歴史に登場して以降、パイロットウォッチは共に空を飛び続けてきた。飛行技術の発展に合わせてともに歩みを進めてきた、パイロットウォッチの歴史と魅力を追っていこう。
パイロットウォッチの基準とは
プロフェッショナルウォッチに分類されるダイバーズウォッチは、ISO規格やJIS規格で厳格にその定義が決められている。
一方で、同じくプロフェッショナルウォッチであるパイロットウォッチには、ブランドによっては明確な基準がない。ブランドがパイロットウォッチだと言えば、そのモデルはパイロットウォッチということもある。
歴代の名機を見ても、高気密なケースや無反射コーティングの風防といった大枠の特徴は共通しているものの、細かい部分はそれぞれ違う。パイロットウォッチは、解釈や時代によって定義が変わるジャンルなのである。
そんな中、ドイツの時計メーカー「ジン」の発案により2012年に誕生したTESTAFをベースとし、2016年ドイツ工業規格の中に、ドイツにおけるパイロットウォッチの新規格「DIN8330」が発表された。ただし、この規格が一般化するとしても、まだまだ先の話になるだろう。
飛行技術とパイロットウォッチの歩み
腕時計としての史上初のパイロットウォッチは、ブラジル人飛行家アルベルト・サントス=デュモンの依頼を受けてカルティエが製作した「サントス」である。アメリカのライト兄弟が1903年に人類初の動力飛行を成し遂げた3年後、サントスはパリにおいて欧州初の動力飛行に成功した。
第一次世界大戦後の航空機の発展に合わせて、パイロットウォッチは急速に進化する。1931年にロンジンが製作した「リンドバーグ アワーアングル ウォッチ」は、大西洋単独無着陸飛行を成し遂げたチャールズ・A・リンドバーグから着想を得たモデルだ。
1936年発表のIWC「スペシャル・パイロット・ウォッチ」や1942年発表のブライトリング「クロノマット」など、その後も現代に続く名作が生み出された。
ブレゲ「TYPE XX」は、元々軍用として開発された時計である。一方、第二次世界大戦後のブライトリング「ナビタイマー」や、1954年発表のロレックス「GMTマスター」には第2時間帯表示機能が搭載され、旅客機のパイロットから絶大なる支持を得た。
クロノグラフのムーブメントが手巻きから自動巻きへ移行し、同じ歩みでパイロットウォッチも完成の域に近づいていく。1985年にはブライトリングが「エアロスペース」でクォーツを取り入れ、現在は自動巻き式とクォーツの双方の方式がパイロットウォッチの主流メカニズムとなっている。
パイロットウォッチが持つ魅力
パイロットは操縦中に、時計の情報を素早く把握しなければならない。大きめの針やインデックス、蛍光塗料によるコーティングなど、パイロットウォッチには視認性を高めるさまざまな工夫が凝らされている。
高精度を守る優れた耐久性も、パイロットウォッチが持つ特徴だ。耐衝撃性・耐気圧性・耐磁性など、航空時にパイロットや飛行機にふりかかるあらゆるストレスに耐えられる仕様になっているのだ。
飛行を支えるさまざまな独自機能も押さえておきたい。例えば、回転ベゼルや回転計算尺は、コックピットの計器が機能不全に陥る万が一の際に計器の代わりになる、パイロットウォッチならではの機能である。
歴史的名作の系譜を継ぐパイロットウォッチ
パイロットウォッチの歴史においては、時計史に名を残すさまざまなモデルが誕生している。名作の系譜を継ぐ現行のパイロットウォッチを紹介する。
ブライトリング「ナビタイマー B01 クロノグラフ 46」
自動巻き(Cal.01)。47石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約70時間。SSケース(直径43mm、厚さ13.69mm)。3気圧防水。216万5500円(税込み)。(問)ブライトリング・ジャパン Tel.0120-105-707
1962年に登場したブライトリングの「ナビタイマー」は、当時の航空愛好家や機長たちに愛用されてきた歴史を持つ。現行ラインナップでは、さまざまなモデルが展開されており、同ブランドを代表するロングセラーとなっている。
「ナビタイマー B01 クロノグラフ 46」には、飛行に必要な計算ができる回転計算尺や、C.O.S.C認定を取得した自社製クロノグラフムーブメントCal.01が搭載されている。なお、このムーブメントもまた、2009年の登場以来使われている同ブランドの旗艦機であり、これまで改良が続けられてきた。
さまざまなモデルと記したように、素材、サイズ、機能、文字盤カラーなど、多彩なバリエーションが展開されているナビタイマーの中でも、本作は直径46mmという、大ぶりなケースを有する1本だ。ブルーの爽やかな文字盤が、ツールウォッチ感の強い意匠に、洗練された印象を与えている。
ロンジン「ロンジン アヴィゲーション ビッグアイ」
自動巻き(Cal.L688)。27石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約66時間。SSケース(直径41mm)。3気圧防水。45万9800円(税込み)。(問)ロンジン Tel.03-6254-7351
「リンドバーグ アワーアングル ウォッチ」をはじめ、ロンジンは古くからパイロットウォッチや航空用計器を数多く製造し続けてきたブランドである。現在でも高品質なパイロットウォッチを手掛けており、掲載する「ロンジン アヴィゲーション ビッグアイ」もそのうちのひとつだ。
本作は、1930年代にロンジンが製造したパイロットウォッチからデザインの着想を得ている。3時位置に大きな30分積算計が配されていることが、“ビッグアイ”と名付けられた由来だ。9時位置にはスモールセコンド、6時位置には12時間積算計があしらわれている。
カレンダー表示の小窓は持たず、また、大きい時分針やインデックスなどを採用することで極めて高い判読性を備えており、ツール感の強い顔立ちに仕上がっていることがポイントだ。
搭載するムーブメントは、ETAのヴァルグランジュA08.L01をベースに、ロンジン専用として開発されたCal. L688。パワーリザーブは約66時間と、実用性に優れたスペックとなっている。
加えて、本作のサンバースト模様に囲まれた飛行機が描かれたケースバックは、パイロットウォッチを所有していることへの特別感を楽しめる仕様と言えるだろう。
ロレックス「GMTマスター Ⅱ」
自動巻き(Cal.3285)。31石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約70時間。18KRG×SSケース(直径40mm)。100m防水。
1955年に誕生した先代の「GMTマスター」は、GMTウォッチの代名詞的な存在となっている時計だ。コンコルドのテスト飛行で使用されていたことでも知られる。
「GMTマスター Ⅱ」は、ムーブメントを一新して1982年に発表された後続シリーズである。24時間で1周するGMT針を備え、2つのタイムゾーンの時刻を同時に読み取れるのが特徴だ。
デザイン性の高さもGMTマスター llの魅力と言えるだろう。このRef.126711CHNRは、ブラックブラウンのセラクロムベゼルインサートが武骨な印象を払拭して、高級感を与える1本だ。
オイスターブレスレットは、3列リンクの中央に華やかなエバーローズゴールドを採用している。
IWC「パイロット・ウォッチ・マーク XX」
自動巻き(Cal.32111)。21石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約120時間。SSケース(直径40mm、厚さ10.8mm)。10気圧防水。83万500円(税込み)。(問)IWC Tel.0120-05-1868
IWCは現代のパイロットウォッチマーケットを牽引するトップランナーだ。「スペシャル・パイロット・ウォッチ」の系譜を継ぐマークシリーズの現行コレクションが、2022年に登場した「マーク XX」である。
直径40mmとスタンダードなサイズでありながら、厚みを10.8mmまで抑え込み、上品な印象を与えている。文字盤に施された蓄光塗料により、暗所での視認性も抜群である。
12時位置の三角マークとアラビア数字は、歴代のマークシリーズ、強いてはすべてのパイロットウォッチから継承され続けてきた伝統的意匠だ。「マーク XX」には色違いモデルやブレスレットモデルもあるので、好みに合わせて選びたい。
ブレスレットの魅力が光るパイロットウォッチ
コーディネートに合わせてパイロットウォッチを選ぶのも、ひとつの方法だ。カジュアルなファッションを引き立てる、ブレスレットが魅力的な3モデルをチェックしよう。
ブレゲ「タイプ 20 2057」
自動巻き(Cal.7281)。34石。3万6000振動/時。パワーリザーブ約60時間。SSケース(直径42mm、厚さ14.1mm)。10気圧防水。336万6000円(税込み)。(問)ブレゲ ブティック銀座 Tel.03-6254-7211
2023年に発表された、新しい「タイプ XX」。1954年にフランス空軍から発注を受け、翌1955年〜1959年にかけて製作した軍用の「タイプ 20」と、そのタイプ 20を民生用に改めて発売した「タイプ XX」をオリジナルとする、ブレゲのパイロットウォッチシリーズだ。
オリジナルのタイプ XXは、フライバック付きクロノグラフを備えていたことが大きな特徴だ。当時、フランス空軍の所望した軍用時計には、この機能が重要視されていたためだ。1995年からブレゲによって、レギュラーコレクションとして展開されてきた第3世代のタイプXXには、レマニア製のムーブメントをフライバック仕様に改めたものを載せていたが、新世代からはフライバックにいっそう特化したクロノグラフムーブメントCal.728系を搭載するようになっている。
2023年のリリース時はストラップモデルのみだった。現在はバリエーションを広げており、このブレスレットモデルは2024年にラインナップに加わっている。
民生用モデルに範を取った「タイプ XX」。自動巻き(Cal.728)。39石。3万6000振動/時。パワーリザーブ約60時間。SSケース(直径42mm、厚さ14.1mm)。10気圧防水。336万6000円(税込み)。
なお、現行コレクションでは、軍用モデルを復刻した「タイプ 20」と、民生用モデルを復刻した「タイプ XX」に大別される。
ブライトリング「ブライトリング「クロノマット B01 42」
自動巻き(Cal.01)。47石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約70時間。Tiケース(直径42mm、厚さ15.1mm)。200m防水。163万3500円(税込み)。(問)ブライトリング・ジャパン Tel.0120-105-707
「ナビタイマー」と並んで、ブライトリングを象徴するコレクションが「クロノマット」である。もともとこの名前は1942年にブライトリング史に登場しており、その初出モデルは世界初の回転計算尺を備えた腕時計、というものだった。その後、1984年、イタリア空軍のアクロバットチーム「フレッチェ・トリコローリ」からアドバイスを受けて開発したモデルにこの名前を与えることで、再び市場に“クロノマット”をよみがえらせた。
そんな歴史を持つクロノマットだが、現在ブランドのコレクションの位置付けとしては、パイロットウォッチに限っていない。「空」「海」「陸」の、どこでも適応することのできる「万能スポーツウォッチ」として分類されている。
もっとも、歴史的背景といい、視認性や堅牢製に優れた外装といい、クロノマットはパイロットウォッチとして好適だ。パイロットがグローブを着けたままでもベゼルを操作しやすいように搭載したライダータブや、ルーローブレスレットなど、初代から受け継がれている意匠を採用している点も、パイロットウォッチの歴史に引かれる男性にとっては、たまらないポイントだろう。
本作は重厚感ある見た目を備えつつも、軽量なチタンを素材として用いているため、軽やかな着け心地を楽しむことができる。
ロレックス「オイスター パーペチュアル GMTマスターII」
自動巻き(Cal.3285)。31石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約70時間。SSケース(直径40mm)。100m防水。
ロレックスの「GMTマスター Ⅱ」からも、金属ブレスレットに特徴があるモデルを紹介しよう。本作は、ブルーとブラックのふたつの配色が特徴的なセラクロムベゼルを持つ1本である。。
自社製ムーブメントCal.3285は、高精度な自社製ムーブメントである。約70時間のパワーリザーブを誇り、耐衝撃性に加えて、気温変化にも安定性を保つ。
5列リンクのジュビリーブレスレットは、ロレックスが開発したイージーリンクにより、簡単にブレスレットの長さを約5mm調整できる。
シックなレザーストラップを備えたパイロットウォッチ
レザーストラップのモデルなら、高級感を演出しやすい。ミッションウォッチのイメージをややおさえつつ、日常の装いにも合わせやすい。スーツ姿でシックな雰囲気を醸し出したい人にはおすすめだ。以下の3モデルを比較してみよう。
ハミルトン「カーキ アビエーション X-ウィンド オートクロノ」
自動巻き(Cal.H-21)。44石。2万1600振動/時。パワーリザーブ約60時間。SSケース(直径44mm、厚さ15.55mm)。10気圧防水。26万4000円(税込み)。(問)ハミルトン/スウォッチ グループ ジャパン Tel.03-6254-7371
ハミルトンは第一次大戦下の1918年から、多くのパイロットウォッチを作り続けてきたブランドだ。自動巻きやクロノグラフなど、豊富なバリエーションをそろえている。
「カーキ アビエーション X-ウィンド オートクロノ」は、横風がどれだけ飛行工程に影響するか計算できる機能を初めて「カーキ X-ウィンド」シリーズに搭載したモデルだ。
他にも飛行をサポートするさまざまな機能を搭載している。単にクラシカルでなくモダンな優雅さを兼ね備えており、普段使いにも重宝する。
ゼニス「パイロット ビッグデイト フライバック」
自動巻き(Cal.エル・プリメロ3652)。26石。3万6000振動/時。パワーリザーブ約60時間。セラミックケース(直径42.5mm)。100m防水。191万4000円(税込み)。(問)ゼニス ブティック銀座 Tel.03-3575-5861
ゼニスもまた、航空界と密接な関わりを持ってきたブランドだ。1888年、ゼニスはフランス語の「PILOTE」という名称を商標登録し、1904年に英語表記の「PILOT」も商標登録したことから、文字盤に「PILOT」を掲げることができる、唯一の時計ブランドとなっている。
そんなゼニスのパイロットウォッチシリーズは、往年の名作に範を取った意匠を採用してきた。しかし2023年、コレクションを刷新。優れた機能性はそのままに、モダンなディテールを備えたモデルが展開されることとなった。
掲載モデルは、2023年コレクションとして発表されたモデルのうちのひとつだ。
モダンとはいえ、ゼニスが1世紀以上前に広く定義したデザインコードに敬意を表しており、記録されている初期の飛行士のための時計や、ダッシュボードに備わっていた計器のいくつかを時計に落とし込んでいる。
搭載するムーブメントは、ゼニスが誇る自動巻きクロノグラフムーブメントCal.エル・プリメロ3652だ。フライバック付きのクロノグラフを搭載しているため、パイロットはグローブを着用したまま、ワンプッシュでクロノグラフ秒針をゼロリセットし、計測を再開できる。トランスパレント式のケースバックから、このムーブメントを観賞できる点は、機械式時計好きにとってはうれしいところだろう。
ジン「MODEL 156.1」
自動巻き(Cal.SZ01)。28石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約46時間。SSケース(直径43mm、厚さ15.45mm)。10気圧防水。92万4000円。(問)ホッタ Tel.03-5148-2174
ジンのパイロット・クロノグラフ「156」が、2024年にアップデートを果たした。「156.1」である。1980年〜1990年初頭に、ごく少数販売された“ダブルストップ機構クロノグラフ”の「155」を源流とするシリーズで、156自体がその後継機にあたる。
レマニア製のベースムーブメントを搭載していた本シリーズ、アップデート版ではジンのインハウスムーブメントであるCal.SZ01が搭載されており、中央にクロノグラフの秒積算計と分積算計が配されている。また、6時位置に12時間積算計、9時位置にスモールセコンド、3時位置にデイト表示の小窓を配した。156にはあった24時間積算計と曜日表示は省かれている。なお、このムーブメントは「140.ST」「EZM 10」にも搭載されてきた。
ジンの特殊技術が投入されていることも、特筆すべき点だ。ベゼルはケースに特殊結合方式で固定されており、外れることなくスムーズに回転させることができるのだ。また、テギメント・テクノロジーによって、高い耐傷性を備えており、DIN 8309準拠の4800A /mの耐磁性能やDIN 8310準拠の10気圧防水と相まって、「空」に限らず、過酷な環境下でも時計としての機能を発揮してくれるだろう。
パイロットウォッチで大空にはばたくロマンに満ちたひとときを
飛行技術の発展ととも共に進化してきたパイロットウォッチは、操縦者の命を守るための機能が満載されていることに尽きる。コックピットを思わせるメカニカルな外観は、その使命感とともにさまざまな世界で活躍するプロフェッショナルの矜持に応える要素のひとつだ。
パイロットウォッチの歴史を知り、人類が大空に馳せてきた思いをイメージしながら、お気に入りのパイロットウォッチで大空にはばたくロマンあふれる時間を過ごしたい。