ティソの「シュマン・デ・トゥレル」がリニューアルされた。このコレクションは、同社にとってなじみ深い、ル・ロックルの通りの名前を冠したクラシックウォッチだ。今回はその実機をもとに、ディテールの隅々まで観察し尽くし、しばしばコストパフォーマンスが良いと評されるティソの真価に迫っていきたい。
リニューアルされた、新しい「シュマン・デ・トゥレル」コレクション。落ち着きのあるクラシカルなデザインは、さまざまなシーンで腕元をエレガントに飾ってくれることだろう。自動巻き(Cal.パワーマティック 80)。23石。2万1600振動/時。 パワーリザーブ約80時間。SSケース(直径39mm、厚さ11.22m)。5気圧防水。(左)11万円(税込み)。(右)11万8800円(税込み)。3月15日(水)よりティソ ブティック(銀座、心斎橋、代官山)、SIS 新宿フラッグス、ティソ公式オンラインショップにて先行発売。
野島翼:文 Text by Tsubasa Nojima
Edited by Tomoshige Kase
2023年3月15日掲載記事
“コスパ最強”の理由を探る
スイス時計ブランドの中でもダントツの完成品出荷量を誇り、世界中の人々に親しまれているティソ。同社が支持される背景には、1853年から続く、豊かな歴史に基づいた時計作りと、スウォッチ グループ内の最新技術の採用、そしてフレンドリーな価格設定がある。
一言で表すならば、“コストパフォーマンスに優れる”ということだ。一方で、この“コストパフォーマンス”という言葉は、少々便利に使われ過ぎているきらいがある。
コストは定量的に比較することができるが、パフォーマンスに関してはそのすべてを数値化することが難しく、具体的な説明を加えずとも、ある程度違和感なく使うことができるためだ。ディテールに迫り、そのひとつひとつの魅力に触れてこそ、コスパを語ることができるというものではないだろうか?
そんな中、ティソの「シュマン・デ・トゥレル」コレクションがリニューアルされ、発売に先立って実機に触れる機会を得ることができた。
コレクション名は、ティソが1907年に工房を構えた、ル・ロックルにある通りの名前に由来する。今もそこには本社が置かれ、その社屋を半ば取り囲むようにして延びるシュマン・デ・トゥレル(小さな塔のある小道)は、同社の職人たちが100年以上もの間、実際に歩んできた歴史ある道なのだ。
そんな親しみの込められた名前を持つ本コレクションは、ティソの魅力を探るに最適と言えるだろう。今回は、その最新作を基に、そこに込められたあふれんばかりの魅力をお伝えしたい。
検証①:面構え良し、中身もまた良し
まずは、時計にとっての顔であるダイアルを正面から見ていきたい。新作のシュマン・デ・トゥレルには、豊富なダイアルバリエーションが用意されており、仕上げの違いでは3つの種類が存在する。
ひとつが中央にサンレイ仕上げを施し、外周にクル・ド・パリ装飾を与えたもの。ふたつ目が、ダイアル全面にサンレイ仕上げを施したものであり、3つ目は中央にマザー・オブ・パールを配し、外周をサンレイ仕上げとしたものである。
いずれもクラシカルな佇まいを見せるが、中でも特にその向きが強いのは、ローマンインデックスを4カ所に配した、クル・ド・パリ装飾を持つモデルだろう。サンレイ仕上げと組み合わせることによって、シンプルなダイアルにメリハリを利かせている。クル・ド・パリ装飾自体もシャープに仕上がっており、加工精度の高さがうかがえる。
この装飾は、着用者の目を喜ばせるだけではなく、光を乱反射させることによってインデックスの輪郭を強調し、視認性を高めるという実用性も兼ね備えている。
よりシンプルなデザインが好みの方には、全面をサンレイ仕上げとしたダイアルが適しているだろう。角度によって変化する表情は、ダイアルをのぞき込むたびに新たな魅力を教えてくれる。中央から外周に向かって伸びやかに広がる光の束は、ダイアル全面にサンレイ仕上げを施しているからこそ味わえるものだ。
昨今、多くのブランドがさまざまなカラーダイアルをラインナップに加えているが、その中でも徐々に定番となりつつあるのが、アンスラサイトやグレーといったカラーだ。ブラックに似たスポーティーさを持ちつつも、エレガントな印象を兼ねたこのニュアンスカラーには、サンレイ仕上げが組み合わされることが多い。そしてその場合、インデックスや針の処理に気を配らなければ、それらがダイアルの輝きに埋没し、視認性は著しく損なわれてしまう。
シュマン・デ・トゥレルのラインナップにも、サンレイ仕上げのグレーダイアルモデルが用意されている。細長いバーインデックスとアルファ型の針には夜光塗料が塗布されておらず、視認性の面では不利と思える組み合わせだ。
しかし、実機ではインデックスのひとつひとつ、針の先端までがしっかりと視認できた。よく見ると、ファセットカットを与えられたインデックスの上面と、針の半分にはサテン仕上げが施されており、これが光の反射を抑えることで視認性を高めていることが分かる。
おそらくプレス成型と思われるドットタイプのミニッツマーカーは、拡大してみるとわずかに円錐状となっており、やはりダイアルに埋没するようなことはない。時計全体がクラシックなデザインのため、もしミニッツマーカーがプリントであったのならば、ダイアルが野暮ったくなってしまったことだろう。
だからと言ってミニッツマーカーを省くという選択をしなかったのは、本作が1分単位で時刻を読み取ることができる実用機と位置付けられているからに違いない。
実用機であるならばスペック面のチェックも欠かせない。腕時計の場合、そのスペックを大きく左右するのが、心臓部たるムーブメントだ。
最新作に搭載されているのは、パワーマティック 80である。これは、ティソと同じスウォッチ グループのムーブメントメーカー、ETA社のCal.2824-2をベースとしている。その初期型であるCal.2824が誕生したのは1971年のこと。つまりパワーマティック 80には、半世紀にわたる実使用からのフィードバックに基づく、確かな信頼性が宿されているのだ。
パワーマティック 80のヒゲゼンマイには、スウォッチ グループ傘下のニヴァロックス社が開発した合金、ニヴァクロンが採用されている。これにより、ヒゲゼンマイの素材として多く用いられているニヴァロックスに比べ、磁気や温度変化への耐性が飛躍的に向上している。
また、テンプの振動数を毎時2万1600振動(毎秒6振動)に減らすことで、約80時間ものロングパワーリザーブを獲得している。テンプ自体も緩急針を持たないフリースプラング仕様であり、理論上は耐衝撃性も高まっているはずだ。地板や受けにこれといった装飾は与えられていないが、目立つような切削痕はない。何よりも、プライスタグを見ればこれ以上を望むのは気が引ける。