2023年1月末、オーデマ ピゲは世界中の時計メディア関係者をジュウ渓谷の町、ル・ブラッシュに位置する本社に招いた。この3年間途絶えていた、新作発表会が再開されたのだ。発表会場は一昨年に完成した新ファクトリーと昨年開業したホテル。さらに2020年7月に竣工していたミュージアムもお披露目された。コロナ禍に誕生したオーデマ ピゲの3つの新しい建物は、ジュウ渓谷における時計製作の歴史の未来への架け橋となる。
Edited by Yukiya Suzuki (Chronos-Japan)
[クロノス日本版 2023年5月号掲載記事]
ジュウ渓谷にたたずむオーデマ ピゲの3つの建物
新ミュージアム「ミュゼ アトリエ オーデマ ピゲ(以下ミュゼ)」の見学に向かう我々は、マニュファクチュールに隣接するオーデマ ピゲの最初のアトリエだった建物に案内された。1907年に改装された当時の姿を残す歴史的建造物は、2000年から17年までミュージアムとして使われていた。ミュゼは、その裏側に建つ。重厚な扉を開き、時代がかった木や石で作られた建物内を抜けると、目の前がパッと明るく開ける。
ミュゼの設計を手掛けた建築家ビャルケ・インゲルス率いるBIG(ビャルケ・インゲルス グループ)は、地中から巨大なボーリングで掘り出したかのような二重スパイラルの躯体を構築し、側面を曲面ガラスで覆い、周囲の草原や森の景色を館内に取り込んだのだ。ここはジュウ渓谷に根差したミュージアム。その証拠に、ジュウ渓谷で連綿と続く時計一族の家系図も展示物に含まれている。
https://www.museeatelier-audemarspiguet.com/
螺旋状の回廊になっている館内に、メゾンが製作してきた300本ものタイムピースを展示。カレンダー機構とクロノグラフ、チャイミング機構のエリアには、それぞれの機構の成り立ちが分かる模型も併せて展示されている。またペルラージュとヘアラインの各仕上げ、そして実際のムーブメントに使われる小さなビス締めが体験できるのが、実に楽しい。
さらに“アトリエ”と冠しているように、館内に複雑機構の組み立て工房を組み込んでいるのには驚いた。来場者は、時計師が作業する様子が見学できるのだ。ガイド曰く「完全に防音されているので、作業に支障はない」。ただ所蔵品を見せるに留まらず、体験や時計製作現場が目の当たりにできる点において、「ミュゼ アトリエ オーデマ ピゲ」は、他社のミュージアムとは、一線を画する。
「ミュゼ アトリエ オーデマ ピゲ」館内の複雑時計組み立て工房は、未来のミュージアム所蔵品の製作現場でもある。その設計・開発を担うのが、2021年に完成した「マニュファクチュール・デ・セニョル」だ。前身は「オーデマ ピゲ ル・ロックル」、すなわち旧「オーデマ ピゲ ルノー・エ・パピ」である。
真新しいマニュファクチュールが、新作コンプリケーションの発表会場。純白の外観が、雪景色に溶け込んでいた。外壁にはガラスが多用され、ミュゼ同様に建物内に周囲の景色が取り込まれている。延べ床面積は1万400㎡と広大。久しぶりに会えた同ファクトリーのディレクター、ジュリオ・パピ氏に「以前と比べ、広くモダンになりましたね」と話し掛けると、「明るくて作業がしやすい」と笑みを浮かべた。設備も増強され、チャイミング機構のゴングが内製可能に。今年から自社製ゴングが使われている。建物と名称は変わったが、業態は変わらず、他社への複雑機構の提供も継続される。
新作発表会初日のディナー会場は、ル・ブラッシュ駅近くの建設途中の建物だった。工事中ではあるが、実に巨大だと分かるここは、第2の新マニュファクチュール「ARC(アルク)」。完成予定は2024年末で、25年にはメゾンのル・ブラッシュにおける時計製作のすべてがここに集約される。
昨年のオーデマ ピゲの年間生産本数は過去最高だった。その数5万1001本。それでも、品薄状態が続く。アルクが完成すると、年間生産数は6万本に増やせるという。また、ふたつの新マニュファクチュールは、二酸化炭素の排出量を極限まで低減している。オーデマ ピゲは、ジュウ渓谷の時計製作の歴史と自然とを未来につなぐ。
さらにオーデマ ピゲは、ジュウ渓谷の観光の発展と、地域の産業と遺産のプロモーションに寄与するため、高級4つ星ホテル「オテル デ オルロジェ」をマニュファクチュールの右隣に2022年6月にグランドオープンさせている。我々の宿泊先も、ここだった。
実は2005年に初めてオーデマ ピゲ本社を訪れた際の宿泊先も、同じ場所に建つ同名のホテルだった。前身は、1857年創業の「オテル ド フランス」。2000年に廃業したこのホテルをオーデマ ピゲは2003年に買い取り、改修して、2005年から「オテル デ オルロジェ」の名で、ジュウ渓谷へのビジターを迎え入れてきたのだ。素朴な山小屋風の建物は、実に居心地がよかったが、老朽化のため2018年に建て替えを決定。4年の歳月を掛け、「オテル デ オルロジェ」はモダンに生まれ変わった。
設計を手掛けたのは、ミュゼと同じBIG。彼らは、オテル ド フランスの歴史を新しい建物に受け継いだ。道路側から見えるファサードは、かつての建物の高さとほぼ同じとし、外壁には木を用いたのだ。そして道路から建物背後の草原に続く傾斜を利用して、地上4階・地下2階の躯体を構築した。そして地上の各フロアはジグザグのスロープでつなげることで、周囲の景色と調和させた。
客室は、実に快適。ドアを開けると全面ガラス窓から背後の草原と森の景色が飛び込んでくる。ミュゼと新マニュファクチュールと同じく、ジュウ渓谷の風景が建物に取り込まれている。またホテル運営は持続可能であることが徹底される。
コロナ禍に誕生したオーデマ ピゲの新しい3つの建物は、どれも創業の地、ジュウ渓谷の自然に寄り添っていた。
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