各社の取り組みに見るパーソナライズの現在形
ここまで事例を通して腕時計業界のパーソナライゼーションを見てきたが、それ以外のブランドはどのような取り組みをしているのか? ここでは各社のサービスを通して、パーソナライズの現在形を見ていきたい。
腕時計のパーソナライゼーションのかたちは多種多様だ。本特集で実例として紹介したローマン・ゴティエやジェイコブのように、メーカーとの対話ベースで仕様を決めていくタイプは、パーソナライズとオリジナルウォッチ製作の境界にあると言ってもいいだろう。制約が少ないため、予算の問題さえクリアできれば、大体の要望は解決できてしまう。両者の明確な違いは、ベースとなるモデルがあるか否かだ。
これらのパーソナライズサービスを提供するブランドとしては、ほかにボヴェ 1822やヴティライネン、パルミジャーニ・フルリエなどが挙げられる。特にローマン・ゴティエやヴティライネンの場合、カリスマ創業者がパーソナライズの仕様決定や実際の製作にも関わってくるため、それが顧客にとって最大のホスピタリティにもつながっている。“作り手の顔が見える”という強みが現在のマイクロメゾンブームを支える大きな要因となっていることからも、新興マイクロメゾンがこの分野を牽引していることは納得だ。
メーカーとの対話をベースとしたパーソナライズはその自由度の高さから、仕様書や価格表といった類のものが用意されていないパターンが多い。加えてメーカーとのやり取りを経て、レンダリングやドローイングが提供されないと仕上がりイメージが得られないため、発注するハードルは高くなりがちだ。対してPCやタブレットを用いてオンタイムで仕上がり予想図を見せるコンフィギュレーター(※)を導入するブランドも多い。いずれも日本では未導入だが、カール F.ブヘラの「CFBマスターラボ」やポルシェ・デザイン「カスタムビルド・タイムピース」、かつてティファニーが「CT60」をベースに行っていた「ティファニーウォッチ パーソナライゼーション プログラム」などはその代表格である。
なお、この方式ではあらかじめ用意されたパーツを組み合わせる方式が主流となるため、自由度が下がる半面、大量生産が可能だ。上記のブランドに先駆けてカスタムウォッチを取り入れていたノットや、2014年創業のアンダーン、さらにはG-SHOCKの「MY G-SHOCK」などは、安価なパーソナライズサービスを提供している。またこれらは来店をせずともオンライン上でコンフィギュレーターを使用し、その仕上がりやトータルコストを知ることができるため、パーソナライゼーションの門戸を開くことに一役買っているのだ。
これらのブランドとは異なった方式を採るのが、独立時計師のトースティ・ライネが立ち上げたライネである。同社の場合はブランドが用意した仕様書を参考に、ムーブメントやダイアル、針のデザインや仕上げを決めていく古典的なスタイルだ。仕様書に記載されている以外のカスタマイズにも対応しているが、発注者がイメージをしやすいように仕様書を用意したとのこと。実際にはブランド担当者とのやり取りの中で、詳細が決まっていく。
パーソナライズのトレンドは時計専業メーカー以外にも波及している。ドルチェ&ガッバーナは高級時計「アルタ オロロジェリア」コレクションの外装関連のパーソナライズをイタリア・レニャーノにある自社工房で行う。スイスブランドの時計とは異なる手作業感を強調したエングレービングは、世界に自分だけが所有する1本を求めるパーソナライズとの親和性が高い。
顧客を囲い込むために一部の高級ブランドが始めたパーソナライゼーションは、進め方やカスタマイズの対応範囲に差こそあれ、ポピュラーになりつつある。現在、いわゆる大ブランドでこのジャンルに取り組むところは少ないが、彼らが参入する日もそう遠くないだろう。(細田雄人:本誌)
※Configurator:顧客から要求された仕様を打ち込むことで、製品の仕上がりイメージを作り出すシステム。
パルミジャーニ・フルリエ
カスタムオーダー向け専門部署を擁するパーソナライズの“老舗”
日本ではあまり知られていないが、パルミジャーニ・フルリエは創業初期か、少なくとも2000年代初頭からパーソナライズサービスを導入している。
特筆すべきは同サービスを受け入れるための体制が充実していること。スイス本社にはパーソナライズ専門の部署が設けられており、日本であれば顧客は取り扱い店舗と日本法人を経由しながら、同部署と仕様を詰められる。オーダー例としてはダイアルの加工や装飾、宝石の追加はもちろん、ムーブメントを反転させたインバースウォッチ化などが挙げられる。
カール F. ブヘラ
日本でも導入待ち遠しいCFBマスターラボ
カール F. ブヘラでは自社製ミニッツリピーターもしくはトゥールビヨンムーブメント搭載機に限り、「CFBマスターラボ」というパーソナライゼーションサービスを本国で展開中。日本でも導入直前だ。同サービスではケースのカラーや素材はもちろん、文字盤デザインやムーブメントの仕上げなど、その多くをカスタム可能である。
ライネ
仕様書を参考に考えられる自由度の高いパーソナライズ
ライネは、2015年の創業時からカスタマイズを前面に打ち出してきたマイクロメゾンだ。同社は現在4モデルを展開しており、全てがパーソナライズに対応している。顧客は上のオーダーシートを参考に、担当者と打ち合わせをしながらムーブメントの仕様やインデックスのフォント、針の種類などを選んでいく。なお、シートに記載されていない仕様変更にも対応可能だ。
G-SHOCK
約100億通りを超えるパーツの組み合わせ
2021年、カシオは「DWE-5610」をベースにベゼルや液晶、ストラップといった選択式のパーツを選び、自分好みの1本を製作可能な「MY G-SHOCK」を開始。サービス開始当初に約6億通りだったパーツの組み合わせは、現在約100億通りまで拡大された。
ドルチェ&ガッバーナ
イタリアの工房で行う外装カスタマイズ
ドルチェ&ガッバーナでは1点ものを基本とした「アルタ オロロジェリア」コレクションでパーソナライズに対応。ケース素材や貴石の変更をはじめ、ケース・ムーブメントへのエングレービング、腕時計から懐中時計へのコンバートなど、モデルにより対応範囲は多岐にわたる。
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