「セイコースタイル」と「エボリューション9」の融合
ここまで、「テンタグラフ」が搭載する新型メカニカルクロノグラフムーブメントCal.9SC5について考察を交え、記してきたが、ここからは外装について述べたい。
グランドセイコーには「セイコースタイル」というデザインコードがあるため、そのスタイルから大きく逸脱するデザインはできない。高い視認性を担保するための大きく立体的なインデックスや、太い時分針には、ダイヤモンドカットと筋目が施され、大きさだけでなく、光の反射でも視認性を確保している。
同様に、ケースにはザラツ研磨が施され、角を落とした斜面にはポリッシュ仕上げ、上面にはヘアライン仕上げが施され、歪みのまったくない光沢面と艶を消した面を組み合わせることで、高級感を巧みに表現している。
これらはグランドセイコーの伝統的なデザイン手法に則ったものであるが、新作のテンタグラフでは、近年、グランドセイコーが打ち出した「エボリューション9」のデザインコンセプトも踏襲されている。それまでのグランドセイコーは長年にわたって「視認性」と「審美性」を追求してきたが、エボリューション9ではそこに「装着感」という要素が加わったのだ。
装着感を高めるために重要な要素としてまず挙げられるのが、時計本体の低い重心である。エボリューション9は、ムーブメントの位置をできるだけ裏蓋側に近づけ、時計本体部分の重さを手首側に寄せることで装着感を高めている。既存のCal.9S85に比して0.81mm薄いCal.9SA5をベースムーブメントに採用したCal.9SC5を搭載したテンタグラフも例外ではない。
時計本体の重心を下げる創意工夫
さらに、テンタグラフが採用した立体的なボックス型サファイアクリスタル風防も重心を下げるために一役買っている。ボックス型サファイアクリスタル風防にすることで、重さのあるベゼル(ガラス縁)の高さを抑えることができるため、結果、時計本体の重さを全体的に手首側に下げることができたのだ。
同時に、ベゼルを下げることで、時計自体を薄く見せることにも成功している。
ただ薄く見せるだけでなく、実際に、既存のグランドセイコー スプリングドライブ クロノグラフ SBGC242がケース径43.8mm(リュウズ含まず)、厚さ16.1mm(風防から裏蓋まで)であるのに対し、テンタグラフ SLGC001はケース径43.2mm(リュウズ含まず)、厚さ15.3mm(風防から裏蓋まで)と、グランドセイコー史上、最も小さく、最も薄いクロノグラフをかなえた。
小さく、薄くなったことに加え、上のケースサイドの図版を見ると分かるように、ラグのカーブを緩くして、かつ短くすることで、ラグを含む時計本体の全長を51.5mmに抑えたため、見た目以上に手首上での収まりが良く、軽快な装着感を実現しているのだ。
装着感を高めるための施策はほかにもある。エボリューション9では、ケースに比して幅の広いブレスレットを採用している。ブレスレットを太くすると、時計本体の重さは広くなったブレスレットと手首との接触面に分散され、着け心地はよくなる。
しかも、「エボリューション9スポーツ」にカテゴライズされるテンタグラフでは、ブレスレットの厚さも増し、かつラグの幅も広げられたため、時計本体はより強固に手首にホールドされ、いっそう安定した装着感を実現している。
視認性と判読性、さらに審美性をも兼ね備えた細部の妙
前述したダイヤモンドカットによる超鏡面仕上げを施した幅の広いインデックスと時分針も、このエボリューション9スポーツの特徴でもある。光を反射することで高い輝度を特徴とするインデックスと時分針には蓄光塗料のルミブライトが十分に充填され、明所でも暗所でも高い視認性と審美性を見事に両立しているのだ。
かように、グランドセイコーは視認性と審美性の追求に余念がないが、テンタグラフにおいては、よりいっそう徹底されている。
最も注目すべきポイントは、時刻を読み取りやすくするために、文字盤、針(時分針とクロノグラフ秒針)、風防のクリアランスを詰めたことだ。具体的には、文字盤外周の立ち上がり部である見返しの高さはわずか1mmに抑えられた。
文字盤から分針の上面までの高さも1mm強で、分針とその上に被さるクロノグラフ秒針の先端は曲げられ、クロノグラフ秒針は最外周のクロノグラフ秒針目盛りに届くように、分針は分目盛りも兼ねた内側まで伸びた目盛りに届くように、それぞれ長さを変えて調整されている。
圧巻は、それら時分・クロノグラフ秒針を覆うボックス型サファイアクリスタル風防の内側をドーム状にえぐることで、針と風防が接触することを防ぎつつも、風防から裏蓋までを15.3mmの厚さに収めることを可能にした点だ。
加えて、スモールセコンドと30分積算計および12時間積算計を表示する3つのインダイアルは、メインダイアルとは別体のスモールダイアルを重ねることで一段下げ、そのわずかに落とした段差に秒針および積算針を収めている。これも文字盤と針のクリアランスを詰めることに貢献している。
視認性と判読性を高めつつ、審美性にも配慮したディテールは枚挙にいとまがない。メインダイアルとインダイアルの仕上げを変えることで各表示を読み取りやすくしているだけでなく、見た目の美観も高めているのだ。
特徴的なのは、スモールセコンドには秒表示だと分からせるための最小限の表示である「60」のみ、30分積算計には同じく最小限の「15」「30」の表示のみを配している点だ。
カレンダー表示にも初めての試みが盛り込まれた。これまでは、黒、白、銀色しかなかったカレンダーディスクの地の色に、今回ブルーが採用された。同じくブルーの文字盤になじませつつも、カレンダーディスクの下地のパターンを弱くすることで、日付表示の判読性も確保しているのだ。
また、リュウズを保護するためのリュウズガードも、実用性だけでなく、複雑な造形に加え、ザラツ研磨による超鏡面仕上げを施すことで、グランドセイコーらしい審美性を誇示するポイントにもなっている。
内蔵された新型クロノグラフムーブメントCal.9SC5の観点からすれば、採用されたベースムーブメントといい、文字盤側に搭載されたクロノグラフモジュールといい、特筆すべき精度への挑戦とグランドセイコーならではの革新性が詰まっている。
だが、残念ながら、これらは外からは直接、目で見ることはできない。そして、その外観はいかにも現代的なモダンクロノグラフといった見た目に、グランドセイコーらしい伝統的な「セイコースタイル」と新たな「エボリューション9」スタイルを融合したデザインコードを巧みに盛り込んでいる。
その詳細を説明し出すと、ここまで費やしてきた約8000文字の文章でもまだ足りない。それだけ、グランドセイコーが世界に向けて発信したブランド初のメカニカルクロノグラフ「テンタグラフ」には、内蔵する新型ムーブメントと内外装のディテールの見所が満載なのだ。
結論――テンタグラフは、見た目以上にスゴイ中身と細部の作り込みを併せ持った、グランドセイコーの正統な最進化形であり、現代を代表するクロノグラフである。
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