やっと出た! IWC新生インヂュニア。ジェンタ デザインを受け継いだ大本命の“ラグスポ”ウォッチ

FEATUREその他
2023.04.27

“再発見”されたジェンタによる最初期のデザイン画

 ところで、「ウォッチズ&ワンダーズ ジュネーブ2023」のIWCのブースにはジェラルド・ジェンタによる「インヂュニア SL」の最初期のデザイン画が展示されていた。これは、IWCからデザインの依頼を受けたジェンタが、1974年に完成させたものだ。デザイン画に添えられた「GENTA 74」というサインがそれを証明する。

インヂュニア・オートマティック 40

IWCのブースに展示されていた近年、“再発見”されたというジェラルド・ジェンタによる「インヂュニア SL」の最初期のデザイン画。デザイン画に記されたジェンタのサインを見れば、インヂュニア SLのデザイン画が発表2年前の1974年に描かれたことが分かる。

 IWCによると、このデザイン画は近年、“再発見”されたものだという。その“再発見”が、今回の“インヂュニア復活劇”にどの程度影響を与えたのかは定かではないが、最初期のデザイン画を見ると、新生インヂュニアの原点回帰ぶりがよく理解できる。リュウズガードと文字盤に記されたブランド名とモデル名の表記を除けば、ブレスレットに至るまで、初期のジェンタ デザインを非常によく捉えていることがお分かりいただけるだろう。

 このデザイン画こそが、インヂュニアがジェンタ デザインを今に受け継ぐ、IWCの遺産であることのレジテマシー(正統性)を揺るぎなく証明しているのだ。

 ちなみに、IWCの議事録によると、IWCがこの「新しいヘビーなインヂュニアのスティールモデル」の開発プロジェクトに乗り出したのは1969年8月1日と記録されている。その後、1970年から71年にかけて最初のプロトタイプが製造され、テストされたが、このプロトタイプはIWCの厳格な衝撃試験をパスすることができなかった。結果、外部のデザイナーであるジェラルド・ジェンタに白羽の矢が立ったというわけだ。

 こうして1974年、現在に受け継がれるアイコニックなジェンタ デザインにたどり着いた。だが、そこに至るまで約5年も要したことを思えば、その試行錯誤と悪戦苦闘の日々がうかがえる。さらに、「インヂュニア SL」が発表されるのは、その2年後の1976年のことだ。当時の価格で2000スイスフランという価格は、ステンレススティールモデルとしては非常に高価なものであった。

 先述したように、当初、商業的には決して成功しなかったとはいえ、その後、何度も復活を繰り返しながら、今年の新作にまで受け継がれてきた強固なアイコニシティ(象徴性)。そこに、「インヂュニア」だけが持つ物語性を見いだせるからこそ、この新生インヂュニアを、ジェンタ デザインを受け継いだ、最後にして大本命の“ラグスポ”と呼びたくなるのだ。


果たして価格の正当性はありやなしや?

 ここでは、一部で賛否を呼んでいる新生インヂュニアの価格設定について私見を述べたい。争点となっているのは、ステンレススティールモデルで156万7500円(税込み)という価格の正当性はありやなしや?という命題だ。

インヂュニア・オートマティック 40

「ウォッチズ&ワンダーズ ジュネーブ2023」のIWCブースに展示されていた新作「インヂュニア・オートマティック 40」のアクアブルーダイアルの製造工程。文字盤の素材には耐磁性を持つ軟鉄が採用される。軟鉄製のベースプレートを100トンの圧力でプレスすることで文字盤に特徴的なグリッドパターンを施す。軟鉄素材を腐食から保護するため、表面にシルバーメッキを施した後、サンバーストパターンを手作業で付ける。さらにメッキ処理をした後、IWCのために特別に調合されたグリーンとブルーの間のアクアブルーカラーのニスによって文字盤を着色。最後に、インデックスを手作業で植字し、レーザーで固定後、蓄光塗料のスーパールミノバをやはり手作業で塗布する。

 ここであるデータを提示しよう。OECD(経済協力開発機構)加盟国38カ国の中において、日本と産業構造の似た隣国である韓国と平均賃金の推移を比較すると非常に興味深い。2001年と2021年の日本と韓国の平均賃金(年間、名目、市場レート換算)を比較してみる。

 2001年は日本が3万7165USドルで韓国が1万5736USドルと、日本が韓国の倍以上であったのに対し、2021年には日本が4万489USドルで韓国が3万7196USドルと、その差は大きく縮まっている(OECD.Stat、IMF「International Financial Statistics」より)。この20年間で日本の賃金が横這いに近いのに対し、韓国は倍以上に伸びているのだ。

 次に、欧米諸国と比較してみる。1997年を100とした時の2016年の実質賃金指数を見ると、日本が89.7と100を大きく割り込んでいるのに対し、アメリカ115.3、ドイツ116.3、イギリス(製造業)125.3、フランス126.4、オーストラリア131.8、スウェーデン138.4となる(OECD.Statより全国労働組合総連合が作成、日本のデータは毎月勤労統計調査による)。

 このデータからも日本の平均賃金がOECD加盟の主要国に比べて著しく低く抑えられていることが分かる。つまり、日本を除く先進諸国では、物価とともに賃金も上昇しているため、仮に時計の価格が20年前と比べて2倍になっていたとしても、相対的な値上がり感は小さく感じることになる。対して、賃金が横這い、もしくは下がってすらいる日本の場合は、時計の値上がり感は相対的に大きく感じることになる。

 とはいえ、ここで日本経済の凋落を論じるつもりは毛頭ない。次のようなデータもあるからだ。

 確かに、この30年間、日本の平均年収は400万円台でほとんど変わっていないが、野村総合研究所の調べによると、2021年の日本の富裕層(金融資産1億円以上5億円未満)と超富裕層(金融資産5億円以上)を足した世帯数は148万5000世帯(全世帯数の約2.7%)であり、その純金融資産総額は364兆円と推計される。これは2005年以降、最多を更新した。

 野村総合研究所によると、2013年以降、富裕層と超富裕層の資産・世帯数ともに増加しているが、その理由としては、株式などの資産価格上昇により保有資産額が増大した点、金融資産を運用・投資している準富裕層の一部が富裕層へ、富裕層の一部が超富裕層へとステップアップした点が挙げられるという。これは、いわゆる「アベノミクス」が、2012年12月26日から始まった第2次安倍政権において、安倍晋三首相(当時)が表明した「3本の矢」を軸とした経済政策に端を発していることを考えれば合点がいく。

 さらに、世界の中で見ても、ミリオネア(USドル建て)と呼ばれる富裕層の割合は、1位のアメリカ(39%)、2位の中国(10%)に次いで、日本・イギリス・フランス(各5%)と続く(クレディ・スイス「グローバル・ウェルス・レポート 2022」より)。その人数は、アメリカ2448万人、中国619万人、日本336万6000人(2021年のUSドル建てによるミリオネアの人数)となり、日本は貧富の差こそ大きくなってはいるが、まだまだ金持ち国と言えるのだ。

 これらのデータを総合すると、インヂュニアに限らず、高級時計の価格はこの20年間で爆上がりしたが(肌感覚で約2倍)、日本以外の先進諸国では同時に平均賃金も上昇しているため、その上昇幅の感じ方が日本に比べて小さいこと、加えて、その日本においてもアベノミクス以降、富裕層が着実に増えていることが見えてくる。

 冒頭投げかけた、新生インヂュニアの価格の正当性はありやなしや?という命題への回答。それは、上記の経済状況を鑑みるに、正当性がないとは一概には言えないだろう。すなわち、その正当性は時計の質次第ということになろう。

 至極当たり前の結論だと思われるかもしれないが、新生インヂュニアを実際に手に取って、その性能とデザイン、細部のクォリティを直に感じれば、自ずとその答えは出てくるはずだ。



Contact info: IWC Tel.0120-05-1868


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