ウォッチデザイン100年史【1920年代〜1960年代】

2023.05.23

今からちょうど100年ほど前に市民権を得はじめた、腕時計という新しいツール。以降、さまざまな機構や性能が追加されることで、1960年代になると、腕時計は一通りの完成を見た。それに伴い進化したのが、時計のデザインである。かつては改造した懐中時計に過ぎなかった腕時計。しかし1930年代には今に通じる造形が完成し、時計のメカニズム同様、1960年代には現在に通じるものとなった。さまざまな制約を乗り越えて進化してきたデザインの100年間を振り返りたい。

吉江正倫、奥山栄一:写真 Photographs by Masanori Yoshie, Eiichi Okuyama
広田雅将(本誌):取材・文 Text by Masayuki Hirota (Chronos-Japan)
[クロノス日本版 2021年5月号掲載記事]


[1920年代]懐中時計から腕時計への進化
[1930年代]腕時計デザインの確立

ロレックス「オイスター」

ロレックス「オイスター」
どこでも使える腕時計の先駆けが、ロレックスの「オイスター」である。当時としては珍しい、ねじ込み式の裏蓋とリュウズは、実用時計に相応しい実用性をもたらした。同社は1926年にスイスとイギリスでねじ込み式ケースの特許申請を行った。もっとも、この革新的な時計も、この時代の腕時計に同じく、ケースにワイヤ状のラグを取り付けたデザインを持っていた。

 1920年代を通じて徐々に広まりつつあった腕時計。しかし、それらの多くは、小ぶりな懐中時計にワイヤラグを備えたものでしかなかった。一方アメリカでは、いち早く腕時計のデザインが確立し、20年代後半には早くもデザインのトレンドが、売れ行きを左右するようになった。アメリカがいち早くさまざまなデザインに取り組めた一因は、ケース用の薄い金属を、プレスで打ち抜く技術が確立していたためだった。

 対してスイスのメーカーは、アメリカとは異なる新しい製法とケースデザインを模索していた。その結果が、鍛造に加えて、スイスの得意とする切削でケースを成形するという手法だった。バリエーションは増やせないが、ケースの肉を厚くできるため、時計は堅牢になる。

ロレックス「オイスター」

こちらも1926年のロレックス「オイスター」。クッションシェイプのケースを持つ。

メルセデス・グライツ、ロレックスの広告

新しい防水ケースを広めるべく、ロレックスはユニークなキャンペーンを行った。そのひとつが、小型水槽。ショーウィンドウに置かれた水槽の中に、金魚とオイスターを置くというものだった。1927年、ロレックスはその防水性能を強調すべく、ドーバー海峡を泳いで渡るという、メルセデス・グライツ(写真左、中)にオイスターを貸与した。10時間以上も水中にあったが、オイスターは完全に動き続けた。写真右は、イギリスのデイリーメール紙の広告。

 この手法から生まれたのが、31年のロレックス「オイスター パーペチュアル」だった。硬いイノックス素材を鍛造で打ち抜き、切削でケースに整えていく。その丸みを帯びたデザインは、生産性と堅牢さの両立から生まれたものだった。以降、主に切削でケースを作るようになる2000年代まで、この手法が時計業界におけるケース製造の定石となる。

 異論を承知で言うと、腕時計のデザインを今のような形にしたのは、1932年の「カラトラバ」だろう。かつてラグと分離されていたケースは一体となり、視認性を高めるため、針とインデックスは立体的に成形された。もっとも、4本のラグは、一体成形ではなく、後からの溶接である。

 また30年代には、細いラグを含めて、ケース全体をプレスで打ち抜けるようになり、カラトラバのような細身なケースデザインは、安価な価格帯にも普及するようになった。

カラトラバ

パテック フィリップ「カラトラバ」
腕時計のデザインを完成させたのが、1932年の「カラトラバ」である。ケースと一体化されたラグや太いストラップ、視認性の高い時分針とインデックス。今ある腕時計のデザイン要素は、すべてこの時計に盛り込まれている。写真は、32年の「Ref.96」ではなく、防水ケースに入った後の「Ref.2545」。しかし、そのデザインは基本的に同じだ。手巻き(Cal.12-400)。18石。1万8000振動/時。1954年製。生産終了。

カラトラバ

バーインデックスとドーフィン針が特徴的なカラトラバ。文字盤を製作するスターン・フレールは、視認性を向上させるため、インデックスに多面カットを施した。同社はこのアイデアを、1936年3月20日にスイス特許として申請。37年1月31日にはCH188926Aとして承認された。切削を得意とした、スイスならではのデザイン要素だ。


[1940年代]ケースの大径化
[1950年代]薄型化の始まり

オイスター パーペチュアル デイトジャスト

ロレックス「オイスター パーペチュアル デイトジャスト」
防水ケース、自動巻き、日付表示にセンターセコンド。クォーツ以前の実用時計に求められた要素をすべて盛り込んだのが、1945年の初代「デイトジャスト」である。1930年代、プロフェッショナル向けのモデルは例外として、腕時計のサイズは30mmが標準と考えられていた。しかし、第2次世界大戦後、腕時計のサイズは拡大することになる。Ref.4467。自動巻き(Cal.A.295)。18石。1万8000振動/時。18KYGケース。

 1940年代以降に起こった腕時計の大径化。理由はさまざまだが、ひとつは、第2次世界大戦にあったと言われている。戦場に駆り出された兵士たちは、常に時計を見、時間を修正することを強いられた。復員した彼らが、大きくて視認性の高い、センターセコンドの時計を選ぶようになったのは当然だろう。

 対してスイスのメーカーは、ケースサイズを拡大。かつて直径30mmが標準とされたケースは、直径35mm近くまで拡大することとなった。ケースの拡大を促したもうひとつの要因は、自動巻きムーブメントの普及である。ローターを載せた自動巻きムーブメントは、どうしてもサイズが大きくなる。自動巻きの普及と、ケースサイズの拡大は、切っても切れない関係にあった。

 対して各メーカーは、大きく厚くなるケースを、できるだけ薄く見せようという努力を重ねた。そのひとつが、ムーブメントの角を斜めにカットするという手法である。これにより、文字盤や裏蓋を大きく湾曲させることが可能になり、ケースサイドを絞れるようになった。

ピアジェ ラウンドモデル

ピアジェ「ラウンドモデル」
1940年代以前、薄型時計を作れるのは超高級メーカーに限られた。しかし50年代に入ると、さまざまなメーカーが参入することになる。そのひとつがピアジェ。本作は1950年代ではなく61年の個体だが、この時代における薄型時計の完成形である。実際薄いだけでなく、40年代以降に進化した、薄く見せる手法がすべて投じられている。手巻き(Cal.9P)。1万9800振動/時。パワーリザーブ約36時間。18KWGケース(直径32mm)。生産終了。

 プラスティック製風防も恩恵をもたらした。可塑性の高いこの素材は、それ以前のガラス製風防とは異なり、容易にドーム状に成形できた。風防をドーム状にすれば、ミドルケースはさらに絞れる。

 50年代に入ると、一部の野心的なメーカーは、薄型時計の製造に乗り出した。これらに共通するのは、ムーブメントが薄いだけでなく、時計を薄く見せるデザインを可能な限り盛り込んだことである。60年代に、サファイアクリスタル製の風防が普及するようになると、ベゼルを細く絞り、文字盤を拡大することで平たさを強調するデザインが普及するようになった。

ピアジェ ラウンドモデル

1940年代から50年代に広まった「薄く見せる」デザイン手法が、ミドルケースを細く絞るというもの。薄いサファイアクリスタル風防を採用した本作は、ベゼルを煙突状(チムニーという)に成形することで、ケースサイドを可能な限り細く見せている。この手法はデカ厚ケースが広まる1990年代まで、各社が好んで用いた。

Cal.9P

Cal.9P
1957年にリリースされたピアジェ初の極薄ムーブメント。あえてオーデマ ピゲの2003(厚さ1.64mmm)より厚みを持たせたほか、一体型の受けにより堅牢に仕立ててある。1980年には、厚さを0.15mm増したCal.9P2に進化した。なお、写真はCal.9P2のものである。


[1960年代]防水ケースの完成と普及

コンステレーション

オメガ「コンステレーション」
1960年代のオメガを代表するのが、64年12月に発表された通称「コンステレーション3」である。独特の「Cラインケース」を手掛けたのは、当時オメガに在籍していたジェラルド・ジェンタ。気密性の高い2ピースケースに、金属製のテンションリングを加えたプラスティック製風防を被せることで、ロレックスに遜色ない防水性を得た。自動巻き(Cal.564)。24石。1万9800振動/時。18KWGケース。生産終了。

コンステレーション

ケースは3ピースに見えるが、実はベゼルとミドルケースを一体化させた2ピース構造。ケースの製法は不明だが、鍛造で成形した後でブランクの上面をフライス盤で切削したのだろう。あえてベゼルに高さを持たせたのは、プラスティック風防の外周に取り付けた金属製のテンションリングを格納するため。

 1940年代から50年代にかけて、実用性を大きく増した腕時計。60年代に入ると、各社は手巻きに自動巻きのモジュールを被せるのではなく、純然たる自動巻き専用(ジャガー・ルクルトの900)あるいは限りなく専用のムーブメント(オメガの550系)などをリリースするようになった。既存のものに比べて薄いこれらの「新しい」自動巻きは、実用品としての機械式時計を、ほぼ完成の域に近づけた。

 この時代には、長年の懸念であった防水性もクリアになった。特許の関係で各社はねじ込み式のリュウズを使えなかったが、60年代に入ると、防水性を持たせるラバー製のOリングが進化した。その結果、リュウズを新しくするだけで、防水性を高められたのである。60年代の時計に多く見られる大きなリュウズは、防水性を確保する試みだ。

 実用品としての時計が完成形に近づくにつれ、各社はデザインの重要性に気付くようになった。その好例はオメガである。同社は気鋭のデザイナーであるジェラルド・ジェンタを雇い、デザインのモディファイを行わせた。彼の手掛けた改良のひとつが、後に各社が模倣するようになる、黒い線をあしらったバーインデックスである。

アクアタイマー

IWC「アクアタイマー」
1960年代にユニークな防水ケースで名を成したエルヴィン・ピケレ。同社の「コンプレッサーケース」を採用したのが、IWC初のダイバーズウォッチである「アクアタイマー」(1967年)だった。なお、ピケレはIWC以外にも、スイスのさまざまなメーカーにコンプレッサーケースを供給した。25石。1万9800振動/時。パワーリザーブ約40時間。SSケース(直径37mm)。20気圧防水。生産終了。

 また、各社は凝った貴金属製の腕時計を手掛けるようになった。この時代を代表するモデルは、68年の「ゴールデン・エリプス」だろう。

 しかしながら、60年代半ば以降、スイスの時計産業は、高コストという問題に直面するようになる。この時代に目立つのは、製造コストを抑えた、シンプルな造形のケースである。そう考えると、ジェンタの設計したCラインケースが一世を風靡したのも当然だろう。

CATシステム

防水の要となるのが、ラバー製のOリングである。素材が進化した結果、1960年代に入ると、リュウズに内蔵したOリングだけでも、十分な防水性を持たせられるようになった。それを可能な限り拡張したのが、IWCの防水システム「CATシステム」だった。これはリュウズに圧力がかかると、内蔵されたラバーとバネが収縮してリュウズ回りの気密性を高めるというものだった。


ポケットから腕上へ進化する軍用時計(前編)

https://www.webchronos.net/features/38252/
今さら聞けない、ロレックスのオイスターケースについて知っておきたいこと

https://www.webchronos.net/features/73133/
アイコニックピースの肖像 オメガ/コンステレーション Part.1

https://www.webchronos.net/iconic/51615/