ベル&ロスの共同創業者兼クリエイティブディレクター、ブルーノ・ベラミッシュに聞くデザイン刷新の極意

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2023.06.01

時計ブランドのアイコンモデルを、元々のイメージを崩さずにデザインを変更するにはどうしたらいいのか? 一見すると簡単な作業だが、崩れやすい秩序を保つため、この作業には繊細さが求められる。そう語るのは、人気ブランドとして成長したベル&ロスのクリエイティブ・ディレクターであり、共同創設者であるブルーノ・ベラミッシュだ。

ブルーノ・ベラミッシュ

ブルーノ・ベラミッシュ
1965年、フランス生まれ。ベル&ロス共同創設者兼クリエイティブ・ディレクター。カルロス・A・ロシロと共に、1994年にベル&ロスを創業した。
Originally published on Montres De Luxe
2023年6月1日掲載記事


ベル&ロス“らしさ”を生み出すデザイン哲学

 コックピットクロックから着想を得た、ベル&ロスのアイコニックウォッチ「BR 03」。四角いケースに丸い文字盤という主張の強いこのスタイルは、発表されるとすぐに成功を収めた。

 このBR 03を起点に、ブルーノ・ベラミッシュはアイコンモデルの進化に対する自らのビジョンについて話してくれた。ベラミッシュは4本のネジと「四角の中の丸」だけが、BR 03コレクションの触れることのできない固定デザインであると強調する。一方、リュウズ、全体の比率、ストラップ、針の細さなどは、すべて調整できるという。

BR 03-92 ゴールデン ヘリテージ

ベル&ロス「BR 03-92 ゴールデン ヘリテージ」
自動巻き(BR-CAL.302)。21石。2万8800振動/時。パワーリザーブ40時間。SSケース(直径42mm)。100m防水。52万8000円(税込み)。

「BR 03やBR 05の場合、リュウズの変更は可能でした。こういったパーツで遊ぶのは時計デザイナーの仕事ですから。対象が自動車やファッションなど、他のどのような分野であっても同じようなものでしょう。

 プロダクトの個性を定義し、それ以外の設定を調整するのです。時計のデザインは非常に高い精度を必要とし、たった1mmの変更で印象が変わってしまいます。針に至っては、1/10mmの単位で検討を行います。

 この試行錯誤は非常に興味深い。デザイナーは、ブランドのマーケティングや商業的な課題についても知っておかなければなりません。デザイナーは企業戦略に寄与する存在であり、目的はなによりもその商品を売ることにあります。私の考えでは、デザイナーはアーティストではありません」

ベル&ロス

ベル&ロスのステンレススティールブレスレット。サテン仕上げとポリッシュ仕上げの使い分け、バックルに向かって幅が細くなる設計など、ディテールまで意匠が凝らされている。

 ベラミッシュはこうも続けた。「ラグジュアリー分野では、デザインにマーケティングが従う、あるいはマーケティングにデザインが従うという、ふたつの理論が成り立ちます。一般的にはデザインに従うのがマーケティングだと思います。それはデザイナーがビジョンを持っているからです。ただし、良質の“マーケター”の数だけ、質の悪いデザイナーが多いというのも事実でしょう」。

「スティーブ・ジョブズのように、本当の意味でのビジョンを持った人もいます。ジョブズはイノベーションを作り上げた。彼は人の言葉に耳を傾け、起こっていることを観察していました。そして面白いものを選択し、消費者にとって魅力的なものに変換していったのです。

 優れたデザイナーはマーケティングのセンスを持っていなければなりませんが、優れたマーケターもまた、デザインのセンスを持っていなければなりません。時計でもファッションでも、商品に対するセンスは欠かせないものです」

 そんなベラミッシュにとって、デザイナーという職業のメリットは「楽しみながらリスクを取れること」だという。「時計をデザインしたら、それを信じて、市場に出すために全力を尽くします。もちろん、時には失敗することもありますよ」。

デザインの変更によってブランドへの関心を維持する

Montres de luxe:失敗した経験があるのですか?

ブルーノ・ベラミッシュ:もちろんあります。ただ、その理由は分かりづらいものです。時期が悪かったのか、価格設定に問題があったのか、デザインが良くなかったのか、セールス担当者が良くなかったのか、装着感が悪かったのか……失敗には多くの理由があり、非常に単純なこともあるのです。また、意識的または無意識的な認識もあります。

Montres de luxe:時計業界には、お互いに模倣しあうという現象があります。どこかでうまくいったものがあれば、すぐに他が追随しますよね。

ブルーノ・ベラミッシュ:そうですね。なぜかというと、時計が「役に立たない」ものとなってから、かなりの時間が経過しているからです。実際、現在では腕時計がなくても生活に支障はありません。では、なぜ人々が腕時計を購入するのでしょうか? 腕時計を着けることによって感じられるステータスや、美しいものを身に着けるという喜びのためです。この「見栄」は、他人のためにあるように見えて、自分のためのものでもあるのです。美しい腕時計を身に着ければ、ある種の自己満足を感じることができます。

2017年に発表された「BR 03 ホロラム」と、2021年に発表された「BR 05 ホロラム」。ホロラムは、時間を表す「Horo」と、光を意味する「Lum」の組み合わせから名付けられている。

Montres de luxe:素材の選択がデザインに影響を及ぼすのか、デザインがある種の素材を導くのか、どちらだと思われますか?

ブルーノ・ベラミッシュ:両方ともそうだと言えるかもしれません。年初の打ち合わせで、新コレクションを定義しいくつかのモデルのデザインを考える時、まず素材変更について検討します。機能的な変化もありますが、コレクションの活性化を図るため、新しい素材を探すこともあります。とはいえ、仕様によっては、素材が不可欠なものもありますね。

 例えば、軽量な時計が欲しいならチタンは当然の選択です。反射を抑えたいのであれば、表面加工や、セラミックス、プラスチックが候補に上がります。もちろんプラスチックでは時計の価値が上がりませんが。素材の選択には、説明できることとできないことがあるのです。

Montres de luxe:自動車が定期的にフロントグリルを変更するように、腕時計でも外観の変更は必須なのでしょうか?

ブルーノ・ベラミッシュ:セールスディレクターの意見を聞くと、必須です。外観の変化はセールスを活性化させ、ユーザーに新たな興味を持たせることができます。自動車業界にもライフサイクルがあり、その3分の2はモデルチェンジや特別なシリーズの発表があります。

 このようなマーケティングの手法は、時計業界でも見られるものでる。ケースを変えてすべてをやり直すか、文字盤などのディテールを変えるか、どちらかです。ベゼルの直径をわずかに変更したり、インデックスのフォントを変更したりすれば、コレクターの欲求を十分そそることができます。

BR 05 アートライン

ゴドロン装飾を施した「BR 05 アートライン」のベゼル。

Montres de luxe:仕様の変更は、どこまで発展させられると思いますか?

ブルーノ・ベラミッシュ:私にとっての理想は、ロレックスのようなビジネスモデルです。つまり、何も変える必要がないようなもの。しかし、現状はその反対で、私たちブランドが提案したものに、お客さまはそのうち飽きてしまうのです。ブランドやモデルへの関心を維持するためには、興味を掻き立て続けなければなりません。それがラグジュアリー市場の原則です。

 高級時計愛好家は、必ずしも毎日着けるわけではない、さまざまな作品を所有することを好みます。「BR 01 スカル」コレクションは、その典型と言えるでしょう。日常使いに向けた時計ではありませんが、コレクションの中でも存在感を放つ1本です。

BR 01 スカル

2023年に発表された「BR 01 サイバー スカル ブロンズ」。日本では、ベル&ロスのブティック2店舗とoomiya3店舗のみでの販売となった。

最も効果的な環境対策は生産しすぎないこと

Montres de luxe:使わなくなった漁網を時計の素材に用いるなど、廃材の利用も新しい流行となっています。時計に1万ユーロ払おうという人が、リサイクル素材が採用された時計を欲しいと思うでしょうか?

ブルーノ・ベラミッシュ:それがマーケティングの優れたところです。文化的な条件付けをするおかげで、誰も「廃棄物を着用している」なんて言いません。私の考えでは、環境保護活動に寄与する最適な方法は、やはり生産しすぎないこと、そして市場に流通するモデル数を制限することではないかと思います。

Montres de luxe:撤退した方が良いと思うブランドはありますか?

ブルーノ・ベラミッシュ:ブランド数が多すぎるとは思います。ただ、多くの人がこの業界で生計を立てているのですから、どれが生き残り、どれが消えてゆくべきブランドであるかという選択は私にはできません。それを決めるのは市場です。

Montres de luxe:顧客から、リサイクル素材を採用した商品を求める声はありますか?

ブルーノ・ベラミッシュ:いいえ。しかし取り組むべき課題もあって、特にパッケージの分野では、リサイクルできない化学物質が多すぎるのです。そもそも、時計自体は非常にエコロジカルです。ストラップに使用されている革も、本来なら廃棄されてしまうようなものですから。

 もちろん私はそういった問題に興味がありますし、生産方法について選択を行い、対応しなくてはならないようなトレンドも存在します。私たちはパッケージングについても自問自答していますし、もう使用しないシャグリーン(鮫皮)のストラップについても自問自答を続けています。

本当のイノベーションには必ずリスクが存在する

Montres de luxe:2007年に取材した際、「もし私がマーケティングをしているとしたら、私は間違った道を歩んでいる」とおっしゃっていましたね。この言葉は今も変わりませんか?

ブルーノ・ベラミッシュ:この市場には、不合理な側面が多くあります。このビジネスで最も大事なことは、市場やマーケティングを疑わずに、自分のブランドに何を求めるか、ビジョンやアイデアを持つことだと思います。それは、アルゴリズムを使うことに等しいのではないでしょうか。

 ユーザーは新しいものを見て喜んでくれますが、本当の意味でのイノベーションには、必ずリスクが存在します。だから、リスクを負う覚悟が必要なのです。しかし、それに踏み切れないブランドや組織もあります。良い結果につながらない決定を下せば、大企業では解雇される危険性もありますから。

Montres de luxe:チャールズ・イームズ、ディーター・ラムス、ハーレイ・アール、ビル・ミッチェルの中で、どのデザイナーがお好きですか?

ブルーノ・ベラミッシュ:間違いなくディーター・ラムスです。彼は、全世代のデザイナーをミニマリズムと機能主義に導きました。彼が当時、どれほどの天才であったかは想像もつきません。今日、「ディーター・ラムス」風をやってみるのはとても簡単です。なぜなら、すでに完成しているから。しかし、当時の彼はデザインの新境地を切り開いた本当に偉大な先駆者であり、デザイン事務所に何百人もの継承者を生み出しました。

 マルチェロ・ガンディーニがその好例でしょう。また、ラムスの最高傑作であるオーディオコレクションも忘れてはいけません。



Contact info:ベル&ロス 銀座ブティック Tel.03-6264-3989


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