「タグ・ホイヤー カレラ」新章幕開け 60周年に証明された圧倒的オリジナリティー(前編)

2023.06.17

1963年の誕生以来、クロノグラフのタイムレスなアイコンとして存在感を放ち続けて60年。「タグ・ホイヤー カレラ」は、偉大なヘリテージを継承しながら、進化の道を自ら切り開いてきた。革新的な時計づくりに反映されているのは、TAG(テクニック・アヴァンギャルド)すなわち最先端技術だ。60周年を迎えて展開するコレクションを通じて、その新しい世界をひもとく。

タグ・ホイヤー カレラ クロノグラフ

三田村優:写真 Photographs by Yu Mitamura (P.125, P.132)
菅原茂:文 Text by Shigeru Sugawara
安部毅:編集 Edited by Takeshi Abe
[クロノス日本版 2023年7月号掲載記事]


伝説の原点は過酷なカーレース

 タグ・ホイヤーの名作クロノグラフの名称に採用し、モーターレーシングのDNAを注ぎ込むきっかけとなったのは、1950年代前半にメキシコで5回だけ開催された伝説の公道レース「カレラ・パナメリカーナ・メヒコ」だ。

 創業者エドワード・ホイヤーの曾孫で、1962年に30歳の若さでホイヤー社の社長に就任したジャック・ホイヤーが、危険を顧みずスピードを競ったこのカーレースの話を聞いたのは、1962年にフロリダで開催されたセブリング12時間レースの観戦中だった。スペイン語の「カレラ(carrera)」は、「競争」や「走行」、あるいは「行程」や「軌道」といったさまざまな意味を含む言葉である。新しいクロノグラフを開発中だった彼は、簡潔で覚えやすく、しかも意味深い「カレラ」こそが新時代を象徴する時計の名にふさわしいと考えた。

エドワード・ホイヤー、ジャック・ホイヤー

右は、1962年に、隣に写るエドワード・ホイヤーの後を継いで、30歳で社長に就任したジャック・ホイヤー。1963年、スイス・ビール/ビエンヌの工場にて。

 筆者がジャック・ホイヤー本人から直接聞いた話によると、当時は製品開発からデザインまで、すべてに関わっていたという。「その頃の一般的なクロノグラフといえば、デザイン性がまったく追求されておらず、他の分野から後れを取っていました。私はモダンデザイン、とりわけ現代建築に関心を抱いていて、そこから得た発想を『カレラ』に生かそうと考えたのです」と語っていた。

 ジャック・ホイヤーの考えるモダンデザインは、見やすいレイアウトによる機能的で視認性を重視したダイアルや、ケースから長く伸びたモダンなラグなどに体現された。また彼は、当時のプラスティック風防をスティール製のテンションリングで固定し、防水性を確保する構造も考案した。さらに目盛り(オリジナルモデルでは5分の1秒目盛り)を、ダイアル平面からテンションリングに移動して、ダイアルをすっきりさせた。いずれも当時としては画期的であった。

Ref.2447

1963年に発表され「カレラ」の原点となったRef.2447は、ダイアルやケースにジャック・ホイヤーが求めたモダンデザインを反映。直径36mmのSSケースに手巻きクロノグラフムーブメントの傑作バルジュー72を搭載。

 1963年に発表された最初期の「カレラ」の中で現代に至る系譜の原点とされるのがRef.2447である。ムーブメントは、名機の誉れ高いバルジュー72。30分と12時間積算計、スモールセコンドによる3インダイアル構成で、日付表示はない。1963年といえば、やはりモータースポーツと縁の深いロレックスのクロノグラフ「コスモグラフ デイトナ」が誕生した年でもある。このモデルに搭載されたムーブメントのベースもバルジュー72だ。こうした共通点が発見できるところも「カレラ」説を興味深いものにしている。

 60年代のデザインをベースにした機械式ムーブメントによる「カレラ」がシーンに復帰したのは1996年のこと。そして今年は60周年の節目。最新の「カレラ」に表現されているのも「TAG」という言葉に象徴される最先端技術であり、自由の気風と進取の精神なのだ。

「カレラ・パナメリカーナ・メヒコ」のポスター

1953年開催の第4回「カレラ・パナメリカーナ・メヒコ」の1600ccスポーツカークラスで2台のポルシェのみが完走し、勝利を独占したことを宣伝する当時のポスター。


伝統的かつ革新的意匠の強調

「タグ・ホイヤー カレラ」の60周年を記念して、長年親しまれてきたアイコニックなデザインに手を入れ、改良に取り組んだタグ・ホイヤー。2023年にベールを脱いだそのリフレッシュは、ケース、ダイアル、サファイアクリスタル風防、クロノグラフのプッシャー、ムーブメントにまで及ぶ。そして、1963年に遡る伝統的な意匠と現代的なアップデートが絶妙に融合する革新的なデザインが誕生した。

タグ・ホイヤー カレラ クロノグラフ

 これまで多くのバリエーションを生んできた「カレラ」だが、今回のリニューアルとアップデートには際立った特色がある。デザインの随所に原点回帰と未来志向が存在している点だ。すなわちクラシカルなデザインに再解釈が施され、コンテンポラリーなスタイリングへと生まれ変わっているのである。

タグ・ホイヤー カレラ クロノグラフ

タグ・ホイヤー カレラ クロノグラフ
自動巻き(Cal.TH20-00)。2万8800振動/時。パワーリザーブ約80時間。SSケース(直径39mm)。100m防水。80万8500円(税込み)。

 まず小ぶりなケースだ。最新作で採用されているのは39mm径。これは、1964年のデザインを忠実に復刻した2020年発表の「タグ・ホイヤー カレラ 160周年 シルバーダイヤル リミテッドエディション」と同じ。同年には42mm径ケースにホイヤー02ムーブメントを搭載し、1960年代のデザインから着想を得た新世代モデル「タグ・ホイヤー カレラ キャリバー ホイヤー02 クロノグラフ」もスタートしたが、今回のケースは、復刻モデルの39mm径とも新世代モデルの42mm径とも微妙に異なる。特徴的なラグも含むケース全体のプロポーションが人間工学的にリデザインされ、快適な装着感を実現しているのだ。クロノグラフのプッシャーもまた、位置と形状が使いやすいように改善されている。

タグ・ホイヤー カレラ クロノグラフ

60周年を記念して発表された2種類のクロノグラフのひとつは、1960年代「カレラ」の特徴的なエレメントに再解釈を施し、クラシックとコンテンポラリーを併せ持つ独特のスタイルに仕上げたこのブラックモデル。ポリッシュ仕上げのステンレススティールケースは、現代のクロノグラフとしては小ぶりな39mm径を採用する。そして、ブラックをベースにシルバーのインダイアルを配した逆パンダダイアル、ケースの縁からドーム状に隆起するサファイアクリスタル風防、また目を引く12時位置に配された日付表示など、ヴィンテージ「カレラ」に由来する意匠が愛好家やコレクターにアピールする。

 さらに特徴的なのは、かつてのドーム型風防を模した、コレクターの間で人気の「グラスボックス」と呼ばれる形状を再現したサファイアクリスタル風防だ。厚さ1.5mm、直径37.9mm(実寸)の風防は、外縁が曲面状のタキメータースケールに沿ってダイアルのエッジまでシームレスに連続しながら全体を覆うように成形されている。

 このユニークな形状は「カレラ」60周年に合わせて開発されたもので、ベゼルレスの外観を生む演出が実に印象的である。この凸面サファイアクリスタル越しに、凹面のカーブが施されたダイアル外縁の秒目盛りフランジやアワーマーカーが見えることも注目すべきポイントだ。実際このようなコンケーブ形状によって、ダイアルを上からだけでなく斜めから見ても、秒目盛りやインデックスが読み取りやすい。このような革新的な造形は、初代「カレラ」でジャック・ホイヤーが目指したモダンデザインによるクロノグラフの機能美に通じるのは言うまでもない。時代やスタイリングの違いこそあれ、アヴァンギャルドの精神は一貫しているのだ。

カレラ Ref.3147

1965年にアメリカ市場に向けて、日付表示を加え「DATO ダート」と命名したRef.3147を開発。初モデルは日付表示が12時位置にあったが、クロノグラフ針の停止位置と重なり見づらいことから9時位置に変更された。3時位置の積算計は45分で、ランデロンCal.189を搭載。横から見るとケースの縁から立ち上がった典型的なグラスボックス型風防が印象的である。

 今年発表された新しい「タグ・ホイヤー カレラ クロノグラフ」のひとつは、印象的なブラックのダイアルにシルバーのインダイアルを組み合わせた通称「逆パンダ」を用いる。60年代のさまざまなモデルの中でも特に人気の高いパターンだ。愛好者にとってはもうひとつ見逃せないディテールがある。12時位置に控えめに配置された日付表示だ。これは60年代後半にごくわずか生産された極めて稀少なモデル「2447SN」からの引用である。カーレース全盛期の雰囲気を伝えるパンチング加工のカーフストラップも見どころだ。 

 オリジナル「カレラ」に採用されていた直径36mmのサイズ感を彷彿とさせながら、一方で現代的なクロノグラフとしての存在感も打ち出す絶妙な39mm径ケースと、最新のモダンデザインによってヴィンテージのエッセンスも際立たせた新しいレギュラーモデルの「タグ・ホイヤーカレラ クロノグラフ」は、以前にも増して名作の魅力を再発見させる。

カレラ Ref.1158

自動巻きCal.12を搭載する1970年代初頭のRef.1158は、左リュウズ、2インダイアル、6時位置に日付表示という独特のスタイルを確立。タキメータースケールはダイアル外周の傾斜したフランジに配され、グラスボックス型風防も多用された。ソリッドゴールド製はスクーデリア・フェラーリのドライバーに贈られ、レースの優勝者が着用したという伝説も残る。


実用性を洗練させる技術実装

60周年を記念する新しい「タグ・ホイヤー カレラ クロノグラフ」には、ブラックとブルーの2種類がある。手巻き時代のクラシカルなエレメントを再解釈して取り入れたブラックモデルに対して、同じクロノグラフながら6時位置に日付表示を置くブルーモデルは、自動巻き時代の「カレラ」に通じるモダンな味わいがあり、カラーを生かしたスタイリングが新世代「カレラ」を印象づける。

タグ・ホイヤー カレラ クロノグラフ

タグ・ホイヤー カレラ60周年を機に誕生した直径39mmのケースによる新しいレギュラーモデルでは、サイズ、フォルム、ディテールが見直され、随所に改良が加えられた。立体的にカーブさせて見やすくしたフランジとアプライドインデックス、スモールセコンドのインダイアルに組み込まれた6時位置の日付表示、両面無反射加工による高い透過率がかなえた、立体的な造形を持つダイアルを隅々まで見渡せるドーム型サファイアクリスタル風防、使いやすいように位置と形状を改善したクロノグラフのポンプ型プッシュボタンなどだ。

タグ・ホイヤー カレラ クロノグラフ

 ブラックとブルーの「タグ・ホイヤーカレラ クロノグラフ」は、ダイアルカラーとテイストの点では異なるものの、直径39mmの新型ケース、グラスボックス型サファイアクリスタル風防、風防内に配されたベゼル、視認性の高いフランジとインデックスなど、導入された要素は共通している。

 もうひとつ両者に共通するのは自動巻きクロノグラフムーブメントだ。現行「カレラ クロノグラフ」に用いられているキャリバー ホイヤー02に代わり、その進化版とされるTH20-00である。次世代クロノグラフムーブメントを搭載して、外観と内部機構を同時にアップデートしたことには大きな意味がある。これらは単なるデザインバリエーションではなく、名作の永続につなげる新機軸にほかならないのだから。

タグ・ホイヤー カレラ クロノグラフ

タグ・ホイヤー カレラ クロノグラフ
60周年を記念して発表された2種類の新作のうちのブルーダイアルモデル。ガルバニック処理とラッカーで仕上げた美しいブルーダイアルによって、よりスタイリッシュでコンテンポラリーなセンスが際立つ。自動巻き(Cal.TH20-00)。2万8800振動/時。パワーリザーブ約80時間。SSケース(直径39mm)。100m防水。80万8500円(税込み)。

 タグ・ホイヤーのムーブメント・ディレクターであるキャロル・カザピ監修の下で開発され、「TH20-00」と命名されたこのムーブメントの特徴は、まず自動巻き機構の改良である。ホイヤー02ではローターが反時計回りに回転した場合のみ主ゼンマイを巻き上げる片方向巻き上げ式だったが、TH20-00ではローターがどちらに回転しても巻き上げ可能な両方向巻き上げ式に変更された。両方向巻き上げ式は、不動作角こそ大きいが、腕の動きが大きい時には主ゼンマイの巻き上げ効率が良くなる。

Cal.TH20-00

Cal.TH20-00
サファイアクリスタルケースバックから見えるのは新世代の自動巻きクロノグラフムーブメントCal.TH20-00。Cal.ホイヤー02の片方向を両方向巻き上げ式に改良した進化版。ロゴを模した新しい形状を採用するローターに加えて、コート・ド・ジュネーブやバーティカルサテン仕上げ、スネイル仕上げなど、美観の追求も見どころ。

 この両方向巻き上げ機構で重要な役割を果たしているのが、両方向に回転するローターから一方向の巻き上げに変換するリバーサーだ。ここで採用されているのが、セラミックベアリングによって高い巻き上げ効率と耐久性を実現したリバーサーである。高効率の巻き上げによって主ゼンマイを常に全巻きに近い状態に保つことができれば、動力やトルクの安定、高精度の維持などに役立つのは言うまでもないだろう。さらにタグ・ホイヤーによれば、新しい機構では、片方向巻き上げ式ローターにはつきものの回転音と振動を、両方向巻き上げ式に変更することで小さく抑えたという。加えて、パワーリザーブはホイヤー02と同様に最大約80時間を確保。現代の自動巻きクロノグラフムーブメントとして、十分な実用性を持つのがCal.TH20-00なのだ。

 新型ムーブメントのみならず、機能的なデザインを形づくるディテールも実用性の向上のためにすべてが計算されている。「カレラ」特有のシャープな構築的デザインのケースに載るドーム型サファイアクリスタル風防は、両面無反射コーティングが施され、ダイアルの各要素が明瞭に見渡せるようになっている。アジュラージュ加工で同心円の模様を施した積算計とスモールセコンド、ファセットを刻む針とアプライドインデックス、ドーム形状に沿ったタキメータースケール、スロープを描いて立ち上がるフランジなどだ。ブラックモデルと同様に、このような曲線を生かした巧妙かつ立体的なディテールのすべてが抜群の視認性を生むように計算されている。

 そして見逃せないのが、6時位置の日付表示だ。この位置なら、クロノグラフ秒針が12時位置で停止していても、針に遮られずに日付表示を読み取れる。ブラックモデルは歴史的な意匠に範を取り、日付表示を12時位置に据えたが、ブルーモデルで重視したのはあくまでも実用性なのだ。

タグ・ホイヤー カレラ クロノグラフ

現行コレクションに存在する「タグ・ホイヤー カレラ クロノグラフ」の中で、直径39mmのケース、1960年代と現代のデザインとの融合、そして最新の自動巻きムーブメント、これらすべてが揃うのは、60周年記念の最新作が初めてとなる。さらに、ブルーダイアルを備えたスタイリッシュなモデルは、ファッション的なセンスも抜群だ。



Contact info: LVMHウォッチ・ジュエリー ジャパン タグ・ホイヤー Tel.03-5635-7054


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アイコニックピースの肖像 タグ・ホイヤー/カレラ

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