IWCのCEOにインタビュー「インヂュニア・オートマティック 40」のディテールはどう選ばれたか?

FEATUREWatchTime
2023.08.02

1955年に誕生したIWCのアイコンウォッチ、インヂュニア。そのファーストモデルから、ジェラルド・ジェンタが1976年にデザインしたインヂュニアSLをはじめ、2005年、2013年、2017年の後継モデルなど、インヂュニアは実に多彩な進化を遂げてきた。
2023年に発表された「インヂュニア・オートマティック 40」は、再びジェラルド・ジェンタのデザインを踏襲しながら、それにとらわれないディテールが取り込まれている。今回はIWCのCEO、クリストフ・グランジェ・ヘアにインタビューを行った。この開発プロセスについて尋ね、私たちは興味深い洞察を得ることができた。

クリストフ・グランジェ・ヘア

IWCのCEO、クリストフ・グランジェ・ヘア。1978年、ドイツ生まれ。2006年、IWCに入社。2017年より現職。
Originally published on watchtime.com
Text by Rüdiger Bucher
2023年8月2日公開記事

IWCにおけるインヂュニアの位置付けは"自己完結型のプロダクト"である

WatchTime:インヂュニアのデザインは1955年に誕生したファーストモデルから、1976年のインヂュニアSLや、2005年に復活して以降の2013年や、2017年の後継モデルまで、実に多彩に展開されてきました。それらを経て、2023年には再びジェラルド・ジェンタのデザインを踏襲しています。その理由はなぜでしょうか?

クリストフ・グランジェ・ヘア:私はいつもインヂュニアに魅了されてきました。「インヂュニア・オートマティック 40」の開発プロセスでは、インヂュニアのDNAの核心にあるものを理解し、それを現代的なスポーツウォッチに昇華させようとしました。というのも、オリジナル・デザインがいかに重要で認知度の高いものであったとしても、現代の需要からすると人間工学的にいくつかの制約が生じるからです。

インヂュニア・オートマティック 40

IWC「インヂュニア・オートマティック 40」
自動巻き(Cal.32111)。21石。パワーリザーブ約120時間。SSケース(直径40mm、厚さ10.7mm)。10気圧防水。162万8000円(税込み)。

WatchTime:人間工学的ないくつかの制約とは、どのような点でしょうか?

クリストフ・グランジェ・ヘア:例えば、幅広のブレスレットと、フラットなケースです。現代のスポーツウォッチと比べると、現在はあまり採用されていない特徴です。デザインプロセスにおいて、オリジナルのジェンタのデザインRef.1832から残すべき特徴を抽出し、それをどのように仕上げていくかを考えました。全体的な印象はジェンタのデザインでありながら、このような時計にとって意味のあるプロポーション、サイズ、存在感、装着感を保持することを目標としました。

WatchTime:インヂュニア・オートマティック 40で変更されたのはどこですか?

クリストフ・グランジェ・ヘア:Ref.1832の場合に比べ、インヂュニア・オートマティック 40では文字盤やインデックス、針に少し存在感を与えました。これに伴いベゼルはより立体感を出し、ポリッシュ仕上げの面を増やしました。重要なのはベゼルの5本のねじを、1本は必ず12時位置のトップに来るように固定することでした。ケース幅はやや縮小しながら、ラグにかけてしっかりと絞り、無駄にサイズを大きくすることなく角ばった外観を作り出しました。ケースとストラップの接続部には、以前とは異なるリンクが採用されています。ケースとストラップをはっきりと区別させることで、ストラップの流れを完璧に人間工学に則らせ、快適な着け心地を実現しました。

インヂュニア SL

1976年に発表された、ジェラルド・ジェンタのデザインによるインヂュニア SL。

WatchTime:リンクの変更はそれほど重要でしたか?

クリストフ・グランジェ・ヘア:はい。接続部だけで、正しい解を得るために、15ものバリエーションを試しました。その上で、格子状の文字盤、6時位置のインヂュニアのロゴ、日付表示の開口部、耐磁性のためのインナーケースなど重要な要素を最適な形で採用しました。着け心地が良く、モダンなスポーツウォッチを作りたかったのです。

WatchTime:あえてEasX-CHANGE®システムを控えたのでしょうか?

クリストフ・グランジェ・ヘア:はい。私たちはすでにEasX-CHANGE®システムを搭載した3つのシリーズを展開しています。一方、インヂュニアは流れるようなデザインを踏襲した彫刻的なデザインで、一体型ブレスレットのために設計されていません。

WatchTime:このアプローチは良い選択だと思えます。IWCはラグジュアリーブランドとして、一貫性のある、考え抜かれたプロダクトを提供し、顧客の関心を掻き立てているからです。私自身は、切り替えのオプションは、控えめに使うべきだと思います。

パイロット・ウォッチ・マーク XX

「パイロット・ウォッチ・マーク XX」
自動巻き(Cal.32111)。21石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約120時間。SSケース(直径40mm)。10気圧防水。76万4500円(税込み)。

クリストフ・グランジェ・ヘア:その通りです。もともとIWCには基本的に異なるプロダクトが存在します。例えば、さまざまなカラーバリエーションがある「マーク XX」のアイデンティティーのひとつに、汎用性の高さがあります。新鮮な様相を与える多様なカラーとストラップの採用が、ベーシックな要素に新しい息吹を吹き込むように、ピュアにデザインされているのです。一方、「ビッグ・パイロット・ウォッチ・トップガン“モハーベ・デザート”」のような時計もあります。インヂュニア同様に、この時計は総合的に粋を凝らしたデザインとなります。そのテーマは素材と質感にバリエーションを持たせることであり、同じ色調が保たれています。インヂュニアも、完成された自己完結型のプロダクトといえるでしょう。両方ともEasX-CHANGE®システムは搭載していません。なぜなら、私たちはこれらの時計が、私たちがデザインしたとおりの完全性で着用されることを望んでいるからです。

パイロット・ウォッチ・マーク XX

「パイロット・ウォッチ・マーク XX」
自動巻き(Cal.32111)。21石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約120時間。SSケース(直径40mm)。10気圧防水。90万7500円(税込み)。

WatchTime:インヂュニアにはブラックとホワイト以外にもカラーバリエーションもあります。アクアカラーなどの中間色は、これらのベーシックカラーを好む層以外を狙ったものですか?

クリストフ・グランジェ・ヘア:この選択は中間色に好意的な統計による戦略的な決定ではありません。単にアクアというカラーの魅力によるところです。もともとこのカラーは他のモデルで用いる予定があったのですが、トーンを変えてインヂュニアのプロトタイプの工程に組み入れました。130色ほどサンプリングしたうちのひとつです。サンプリングの後、インヂュニアのブレスレットには、ポリッシュやサテン仕上げなど異なる仕様を加えることが決まりました。そして、このアクアカラーの採用も決まりました。組み上がった時計を3週間着用し、この色が大好きになりました。特にブレスレットのポリッシュ仕上げのリンクとの相性が良かったのです。最終的に、カラーモデルにはポリッシュ仕上げのリンクを、ブラックとホワイトのモデルにはサテン仕上げのリンクを組み合わせることが決まりました。

ビッグ・パイロット・ウォッチ・トップガン“モハーベ・デザート”

「ビッグ・パイロット・ウォッチ・トップガン“モハーベ・デザート”」
自動巻き(Cal.69380)。33石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約168時間。セラミックス(直径46mm)。6気圧防水。228万8000円(税込み)。

WatchTime:なぜそのような組み合わせになったのですか?

クリストフ・グランジェ・ヘア:ポリッシュ仕上げのセンターリンクは、テクニカルな印象が少ないので、カラーが引き立ちます。

WatchTime:アクアカラーのどのようなところが好きですか?

クリストフ・グランジェ・ヘア:採光条件によって、ブラックのような濃い色調から、明るい場所ではよりポップな色調に変化するところです。そして先ほど申し上げたように、私は単純にこのカラーが好きなのです。デザインとも相まって、時にはプロダクト自身に語らせることにより、腑に落ちることもあります。コレクションの論理やモデルのバリエーションの整合性などは一旦脇に置いた上で。大切なことは、それぞれのリファレンスごとに最も説得力のある美しいプロダクトを作り出そうという気持ちを持つことです。

インヂュニア・オートマティック 40

「インヂュニア・オートマティック 40」
自動巻き(Cal.32111)。21石。パワーリザーブ約120時間。SSケース(直径40mm、厚さ10.8mm)。10気圧防水。162万8000円(税込み)。

WatchTime:それでは感情移入もあるということですね?

クリストフ・グランジェ・ヘア:はい、その通りです。私たち人間は、手首にあるこういった製品に感情的に反応します。着ける人にとって魅力的であることが大切です。

WatchTime:ケースとストラップにポリッシュ仕上げとマット仕上げを交互に施すという話題に戻ります。例えば、光沢がありすぎるというような判断を下す境界線があるのでしょうか?

クリストフ・グランジェ・ヘア:建築デザインからプロダクトデザインへの移行において、把握しないといけない何かは存在しました。建築やインテリアデザインでは、CADを用いたコンピューターで、最終的な結果を95%制御できるのです。結果として、図面上とほぼ同じものを作り上げることができます、しかしそこが時計と根本的に異なります。時計では、かなり早い段階でコンピューター上での図面から離れて、素材について検証を始める必要があります。なぜなら光がどのように反射するのか、それがどのような影響を及ぼすか、カラーはどのように変化するのか、金属部分と文字盤の関係性はどうかということです。世界に存在するどんなレンダリングでも、こういった質問には答えてくれません。

 例えば、ベゼル、ポリッシュとサテン仕上げのケース表面、ポリッシュ仕上げのねじ頭を用いた時計を作ろうと決めた場合、いくつものバリエーションを並行して用意しながら進めます。私たちの工房では、最終的にはおそらく採用されないであろう多くのバリエーションがいくつもあります。それでも、私たちはこの豊富な選択肢から検討を始め、すべての仕上げとカラーを組み合わせ、どの方向性が最適かを探るのです。この手法で、理想とする製品を迅速に見出すことができ、ディテールを洗練させていけるのです。

インヂュニア・オートマティック 40

ケースとブレスレットに面取りが施されたインヂュニア・オートマティック 40。

WatchTime:インヂュニアの場合はどうしたか?

クリストフ・グランジェ・ヘア:例えば、ベゼルの面取り幅を広くしました。これがストラップの側面にわずかに干渉しました。マットとツヤありの全体のバランスというだけの話ですが、時計を動かしたときに光の加減でまた印象の変化が生じます。この全体的なバランスの調整は、根本的な間違いや正しさがない反復プロセスなのです。

WatchTime:インヂュニア・オートマティック 40はディテールまで細心の注意が払われています。ジェンタのオリジナルモデルにはなく、2013年発表のモデルにあったリュウズガードを再度採用されたのはなぜですか?

クリストフ・グランジェ・ヘア:リュウズガード付きと、リュウズガード無しのふたつの仕様を隣同士に並べると、リュウズガードがあるほうがよりコンパクトで引き締まった印象があるように見えるでしょう。なぜなら独立したリュウズがあるよりも、ラインに流れが生まれるからです。私たちは両方の仕様をサンプル化しましたが、リュウズガードがあるデザインの方が納得できるものでした。

Contact info: IWC Tel.0120-05-1868


2023年 IWCの新作時計まとめ

https://www.webchronos.net/features/93076/
IWCのおすすめクロノグラフを紹介。使い方や魅力も合わせて解説

https://www.webchronos.net/features/65681/
アイコニックピースの肖像/IWC「パイロット・ウォッチ」

https://www.webchronos.net/iconic/15021/