1985年にお披露目された「パシャ ドゥ カルティエ」は、78年の「サントス ドゥ カルティエ」で軌道に乗った同社の時計作りを、もうひとつ上の階層に引き上げるものだった。スポーティーな外観と、大振りなケースを持つ本作は、新しい層に訴求しただけでなく、複雑時計のベースにも向いていた。以降カルティエの成熟と共に、「パシャ」はアイコンとして成長を遂げることとなる。
広田雅将(本誌):取材・文 Text by Masayuki Hirota (Chronos-Japan)
Edited by Hiroyuki Suzuki
Special Thanks to Shota Kamata
[クロノス日本版 2023年9月号掲載記事]
PASHA 35mm
スティールブレスレット装着の極初期モデル
Ref.1030。1990年初出。「パシャ38mm」のデザインをほぼ忠実に受け継ぎながらも、SS製のケースとブレスレットを持つ。同時に38mmのSS版も発表された。自動巻き(Cal.049)。21石。パワーリザーブ約42時間。SS(直径35mm)。100m防水。個人蔵。
1985年に発表、翌年から発売された「パシャ」(現「パシャ ドゥ カルティエ」)は、それまでのカルティエにはない野心作だった。ケースはラウンドで、しかも100m防水。ケースサイズは38mmと35mmの2種類で、素材は18Kゴールドのみだった。カルティエは、この新作を「パシャ」(太守)という名称にふさわしい、ハイエンドなスポーティーモデルに仕立て上げたのである。
もっとも「パシャ」の成功は、他社をも刺激したようだ。88年にブルガリは、防水性能を強化した薄型スポーティーウォッチの「スクーバ」を発表。このモデルはアメリカや日本を中心に、世界的なヒット作となった。カルティエのコレクターであり専門家だったジョージ・クラマーは、あくまで私見だが、と述べたうえで「パシャがメジャーとなる引き金はブルガリだった」と筆者に語った。事実、カルティエは90年に、ステンレスケースとブレスレットを備えた「パシャ 35mm」を追加し、たちまち人気を集めるようになった。
それ以前の「パシャ」は、ゴールドケースのみを備えた、極めてエクスクルーシブなモデルだった。しかし、このモデルは、カルティエらしい上質さを損なうことなく、相対的には手頃な価格と、シチュエーションを問わず使える「万能時計」的なパッケージを備えていた。ステンレスモデルの成功を受けて、カルティエは後に、より手の届きやすい価格の「パシャ C」をリリース。このモデルは、とりわけ日本で爆発的なヒット作となったのである。
2020年に発表された新しい「パシャ ドゥ カルティエ」も、基本的には「パシャ 35mm」の構成を継承している。ムーブメントや外装は自社製に置き換わったものの、優れたパッケージは不変。そういって差し支えなければ、「パシャ」の骨格を作り上げたのが、ステンレスケースのモデルだったのである。
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