1985年にお披露目された「パシャ ドゥ カルティエ」は、78年の「サントス ドゥ カルティエ」で軌道に乗った同社の時計作りを、もうひとつ上の階層に引き上げるものだった。スポーティーな外観と、大振りなケースを持つ本作は、新しい層に訴求しただけでなく、複雑時計のベースにも向いていた。以降カルティエの成熟と共に、「パシャ」はアイコンとして成長を遂げることとなる。
広田雅将(本誌):取材・文 Text by Masayuki Hirota (Chronos-Japan)
Edited by Hiroyuki Suzuki
Special Thanks to Shota Kamata
[クロノス日本版 2023年9月号掲載記事]
PASHA de CARTIER
インターチェンジャブル対応の現代スペック版
2020年初出。写真は、23年に発表されたサーモングレイン文字盤のモデルである。自動巻き(Cal.1847 MC)。21石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約40時間。SSケース(直径41mm、厚さ9.55mm)。100m防水。ワンショット生産品。予価106万9200円(税込み)。
2000年以降、ムーブメントやケースの内製化に努めてきたカルティエ。そのゴールが、20年に発表された「パシャ ドゥ カルティエ」だ。時計のデザインは既存モデルにほぼ同じ。しかし、ムーブメントが耐磁性能を高めた1847 MCに置き換わったほか、ブレスレットは「クイックスイッチ」式のインターチェンジャブルとなった。ネジ留めによる裏蓋にもかかわらず、100mという高い防水性能は今までに同じ。しかし、ケースの厚みは、35mmサイズが9.37mm、41mmサイズでも9.55mmに留まった。ケースやブレスレットを社内で製造することで、ノウハウを蓄積したためだ。加えて、時計部分に対してブレスレットの厚みが適切なため、装着感は歴代「パシャ」の中で最も優秀だ。
時計全体を貫く良質さも、今のカルティエに共通する。わずかに内側を凹ませたコンケーブベゼルは、ケースの磨きが良いため、面の歪みはかなり抑えられた。また、リュウズのカバーを保持するプレートも、ケースの側面にきっちり格納されるようになった。すべてのコマを分解できるブレスレットも、左右の遊びが小さく、角が丁寧に落とされているため、高級時計らしい質感を備える。お世辞にも良いとは言えなかった「パシャ C」のメタルブレスレットを考えると、隔世の感だ。
そういって差し支えなければ、新しい「パシャ ドゥ カルティエ」は、1990年のステンレスモデルのコンセプトを、今にリバイバルさせたものだ。しかし時計としての完成度を見ると、まるで別物である。マニュファクチュール・カルティエの成熟は、「パシャ ドゥ カルティエ」に第一級の性能を与えただけでなく、いっそうの高級時計らしさをも加えたのである。しかも、カルティエらしいエレガンスを全く損なわずに、だ。
PASHA de CARTIER
ケース構造まで異なるスケルトン仕様
2020年初出。写真のモデルは、ベゼルにADLC処理を施した22年版だ。地板に夜光塗料を流し込むのは唯一無二だ。自動巻き(Cal.9624 MC)。21石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約48時間。SSケース(直径41mm、厚さ10.45mm)。日常生活防水。422万4000円(税込み)。
長らく、複雑時計のベースであった「パシャ ドゥ カルティエ」。しかし、2011年以降は、ラウンドケースの「ロトンド ドゥ カルティエ」にその立場をゆずるようになった。復活したのは、シリル・ヴィニュロンがCEOに就任した16年以降のこと。彼はアイコニックなデザインを打ち出すだけでなく、そこにミステリユーズやスケルトンといった象徴的なムーブメントを加えたのである。彼の元で、一度消えた「パシャ」が復活をしただけでなく、お家芸のスケルトンモデルが加わったのは、決して偶然ではなかった。
10年以降、自社製ムーブメントのスケルトン化を進めてきたカルティエ。その最新版が、ラチェット式の自動巻きを持つCal.9624 MCとなる。ベースとなったのは、14年に発表された自社製のCal.1904 MC。しかし、スケルトンのヌケ感を強調するため、ローターを拡大し、併せてムーブメントの直径を広げてみせた。余白を拡大するモダンスケルトンにあって、本作の間の持たせ方は一層際立っている。
本作のディテールに目を向けると、内外装を自社で製造するカルティエの強みがいかんなく見て取れる。例えば、インデックスを彫り込み、そこに夜光塗料を流し込んだ文字盤状の部品。これは飾り板ではなく、針合わせ機構を固定するムーブメントの地板だ。そしてムーブメント自体も、機留めが目立たないようケースに固定される。ただ改造するのではなく、細かなチューニングを施すのは、高度な自社一貫生産体制があればこそだ。
時代の要請を受けて、大きく変わり続けた「パシャ ドゥ カルティエ」。非凡な完成度を持つ最新版の「パシャ」とは、かつてアラン・ドミニク・ペランが目指した「ブランドの誕生から流通に至るまで、すべて自社で管理すること」の大きな実り、といえるのではないか。
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