2002年に発表されたルイ・ヴィトンの「タンブール」は長年、同社のアイコンであり続けてきた。しかし2023年、ルイ・ヴィトンはこのモデルを刷新。全く違うキャラクターを与えた。「現在の」ではなく、「未来のアイコン」となる新世代のタンブール。その全容を明らかにする。
広田雅将(本誌):文 Text by Masayuki Hirota (Chronos-Japan)
Edited by Hiroyuki Suzuki
アップデートされた外装とムーブメント、その裏に隠された本質的な意義とは?
全く新しくなったタンブールの2023年モデル。ケースや文字盤にはタンブールらしさを残すものの、薄いケースに一体型のブレスレットを与えられた新作は、時計の性格からして、従来のタンブールとはまるで異なる。ではいったい、ルイ・ヴィトンは本作に何を込めようと考えたのか。それをディテールからひもときたい。
About Movement
新しいタンブールの際立った特徴は、優れた装着感である。そのためルイ・ヴィトンは、時計全体を薄く仕立てようと試みた。可能にしたのが、新しいムーブメントである。同社は長らくETAなどのエボーシュを使ってきたが、今回はル・セルクル・デ・オルロジェ製のマイクロローター自動巻きをベースに選んだ。ルイ・ヴィトンの「マイクロローターを採用することで、従来のローターよりも薄くすることができた」という説明は、なるほどその通りだろう。
同社は、クリストフ・クラーレ出身のアラン・シーサーが起こした複雑時計工房で、2015年以降はスピークマリンの傘下にある。クラーレ出身者が起こした会社だけあって、鳴り物やトゥールビヨンを得意とするが、エボーシュとして、これらの機構を外したシンプルなマイクロローター、CH260も持つ。
ルイ・ヴィトン初の腕時計が、1988年の「ルイ・ヴィトンLV1」である。製造はIWC、デザインは名建築家のガエ・アウレンティだった。旅時計を意識したモデルらしく、ワールドタイムとアラーム機能を搭載する。クォーツ。18KYGケース。参考商品。
ル・セルクル・デ・オルロジェの強みは、輪列の配置を含めて、全面的なモディファイができることだ。あえてムーブメントに余白を残すことで、レイアウトの自由度を高める設計は他に類を見ない。同社のムーブメントが、多くのメーカーに好まれる理由であり、これはマイクロローターも例外ではなかった。
もっとも、ルイ・ヴィトンは、単に薄いムーブメントを望んだわけではなかった。ラ・ファブリク・デュ・タン ルイ・ヴィトンの協力を得て完成した自動巻きのLFT023は、輪列配置を含めて、ル・セルクル・デ・オルロジェ製マイクロローターとは全く別物になった。コンパクトにまとめられていた輪列は直線状に改められたほか、カルティエの1904 MCよろしく、スモールセコンドはガンギ車を介した、追加の4番車で回すようになった。追加輪列を選んだのは、輪列を小さくまとめ、マイクロローターの慣性を増やすためだろう。
旅を強調した2002年のタンブール。その性格を強調すべく、初のコレクションにはGMTもあった。このデザインコードは、2023年の新しいタンブールも継承。ロングセラーモデルだが、高年版ほど完成度が高い。自動巻き(ETA2893A2)。SSケース(直径39.5mm)。100m防水。参考商品。
理論上はセンターセコンドにできるはずだが、あえてスモールセコンドを選んだのは「薄さではなく、審美性のため」とルイ・ヴィトンは説明する。確かに、厚さ4・2㎜のLFT023は、マイクロローターとしてはさほど薄いムーブメントではない。つまり同社は、薄さだけでなく、見た目も重視したのである。
審美性への追求を示すのが、ムーブメントの装飾だ。受けの刻印や下地の処理はレーザーによるもの。ジュネーブ仕上げを加えるよりはるかに時間はかかるが、結果として、このムーブメントは、他社製ムーブメントとは明らかに違う個性を持つようになった。また、文字盤側の開口部を徹底して潰すことで、LFT023の日の裏側は、往年の高級機を思わせるものとなった。加えてクロノメーターは、C.O.S.C.ではなく、ジュネーブのタイムラボが実施する、クロノメトリック+だ。ルイ・ヴィトンは、新しいタンブールを、文字通り、ハイエンドに据え付け直したのである。
About Bracelet
新しいタンブールのプロジェクトを牽引したジャン・アルノーは「固いブレスレットは好まない」と筆者に明言した。「固いブレスレットは一見上質だが、使うとガタが出る」とは、よほど時計を触った人間の見識だ。もっとも、左右の遊びが大きすぎると、それもまた伸びの原因となる。対してルイ・ヴィトンは、ブレスレットを連結するリンクを大きく作り、固定用のチューブを太くすること(コマの厚みに比してかなり太い)で負荷を分散させた。設計自体はシンプルだが、部品の精度を上げ、しかし固くしなかったのは見識だろう。ジャン・アルノーが「長期間の使用でも伸びることはない」と豪語したのも納得だ。
設計としてはパテック フィリップの「ノーチラス」に近いが、中コマを目立たないよう処理したところに、タンブールの新しさがある。筆者の推測だが、ルイ・ヴィトンは、新しいタンブールを作るにあたって、ノーチラスをベンチマークに置いたのではないか。ノーチラスほどウネウネはしていないが、適度に柔らかいブレスレットは、両社に共通する要素だ。
装着感とデザインへの傾倒を示すディテールは他にもある。あえてバックルからは開閉用のプッシュボタンが外され、ブレスレットもインターチェンジャブルではなくなった。ルイ・ヴィトンが、以前のタンブールコレクションで、簡単に交換できるストラップを大々的に打ち出したことを考えれば、真逆の方向性だ。
「なぜバックルにプッシュボタンがないのか何度も聞かれた。しかし、装着したときのまとまりを重視して、あえて外した」とジャン・アルノーは述べる。バックルに微調整機構がないのも同様の理由だ。もっとも、その代わりに、ブレスレットのコマを小さくすることで、タンブールは細かいサイズ調整が可能だ。コマの大きなブレスレットが目立つ今では珍しい構成といえる。
ブレスレットの設計自体も、装着感を強く意識したものだ。ジャン・アルノーは「ブレスレットのコマにテーパーをかけると、製造コストは3割上がる。しかし、装着感のためにあえてそうした」と説明する。それぞれのコマは腕になじむようわずかに湾曲しており、小さなコマと併せて優れた装着感をもたらす。また、ブレスレットを含む外装のエッジは意図的に落とされた。とりわけ、肌と接触する部分からは、徹底して突起が省かれた。これは以前のタンブールも同じだが、ルイ・ヴィトンは経験の浅いブレスレットにも、同じスタンスを貫いたのである。正直、ルイ・ヴィトンが、これほど優れたブレスレットを作るとは、誰が予想しただろう?
ルイ・ヴィトンの成熟を感じさせるのが、ケースの構造である。同社は明言しないが、設計は明らかに、ラ・ファブリク・デュ・タン ルイ・ヴィトンによるものだ。薄いケースに頑強さと高い気密性を持たせるため、ムーブメントを支えるインナーケースが省かれたほか、裏蓋を固定するネジを貫通させて、ベゼルを固定している。ブレスレットの固定方法も面白い。
新しいタンブールは、12時位置と6時位置に設けられた「耳」に、2本のビスでブレスレットを固定している。ここでも応力を分散するという方針は徹底しており、固定するヒンジの左右には、ケースに噛ませるためのプレートが設けられている。プレートをケースの奥まで差し込むことで、理論上は、長期の使用でもガタが出にくいだろう。一見簡潔だが、大きなムーブメントをコンパクトなケースに収め、しかもブレスレットを強固に固定したいのならば、これ以外の設計は取れないだろう。
一見地味だが、十分に考え抜かれたブレスレットとケースの設計。新しいタンブールを端的に示すディテールだ。
About Dial
ケースサイズがなぜ40mmになったか分かりますか? とジャン・アルノーは筆者に尋ねた。答えが振るっている。「ケースサイズが41mmでも39mmでも、スモールセコンドの収まりが悪かったのです。そこでケースサイズを40mmにしました」。時計メーカーは数多くあれど、今、スモールセコンドの位置からケースサイズを決めるメーカーはほとんどないだろう。
玄人好みのSSモデル。直径40mmにもかかわらずサイズを感じさせないのは、全長を短く詰めたため。文字盤にはツヤを残しているが、針とのコントラストが残る程度に抑えている。非常によく考えられた文字盤だ。SSケース(直径40mm)。261万8000円(税込み)。
こちらはバイカラーを用いたコンビモデル。複数の色を使い分けているように見えるが、ルイ・ヴィトン曰く、あくまで仕上げのみで色を変えた、とのこと。色のコントロールが容易になるため、ロットごとのバラツキは生じにくいだろう。SS×18KRGケース(直径40mm)。376万2000円(税込み)。
スモールセコンドという古典的なレイアウトを強調するべく、新しいタンブールにはやはりクラシカルなディテールが盛り込まれた。バーとアラビア数字を混在させたインデックスは1940年代風であり、6時位置の「FAB. EN SUISSE」という印字も、やはりアンティーク調だ。ただし、今の時計らしく、文字盤は3層構造になり、色が使い分けられた。うまいのは配色の加減だ。複数の色を使っているように見えるが、ルイ・ヴィトン曰く「文字盤に使われているのは単色」とのこと。部分で下地の仕上げを変えて色を変えるというテクニックは、文字盤製造に長けたルイ・ヴィトンならではのディテールだ。なるほど、暗所では単一色に見える文字盤が、強い光源下で表情を変えるはずだ。
18KYGモデル。裏蓋側のネジでベゼルを固定することで、薄いベゼルにもかかわらず、5気圧防水を実現している。ロイヤル オークに近いケース構造だが、2020年代のモデルらしく、極端にベゼルを絞っている。18KYGケース(直径40mm)。738万1000円(税込み)。
前作とのつながりを濃厚に感じさせるのがブラウン文字盤だ。光の加減によって全く表情を変える文字盤は他にないものだ。これだけで本作は手にする価値がある。なおゴールドの針とアプライドインデックスも18KRG製。18KRGケース(直径40mm)。738万1000円(税込み)。
また、文字盤外周のリングに施す5分ごとのインデックスは、あえてソフトに彫り込まれた。エッジの立つダイヤモンドカット仕上げにしても良さそうだが、角の立ったインデックスと針に目を向けさせるためだろう。そして、文字盤中心を明るく見えるように仕立てることで、針とのコントラストを強調して、視認性を確保してる。この時計が他にはない個性を持つ理由である。
古典的なデザインを踏まえつつ、巧みに今の文字盤に昇華させたルイ・ヴィトン。文字盤が示すのは、同社の20年にわたるウォッチメイキングの集大成なのである。
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