1998年に始まり、2008年に終売となった「コレクション プリヴェ カルティエ パリ」。過去の傑作に範を取り、贅を尽くしたそのコレクションは、今思えば、時代を先駆けすぎていたのかもしれない。しかしカルティエは、2017年の「カルティエ プリヴェ」で過去作のリバイバルに取り組むようになった。
広田雅将(本誌):文 Text by Masayuki Hirota (Chronos-Japan)
Edited by Hiroyuki Suzuki
[クロノス日本版 2024年9月号掲載記事]
TORTUE
傑作Cal.430 MCを積む薄型のトーチュ
2024年の新作。造形はCPCP時代のトーチュを思わせるが、仕上げはさらに向上した。傑作430MCを搭載。手巻き。18石。2万1600振動/時。パワーリザーブ約38時間。18KYGケース(縦41.4×横32.9mm、厚さ7.2mm)。3気圧防水。世界限定200本。予価488万4000円(税込み)。
2023年の「タンク シノワーズ」でオリジナルもかくや、というデザインを採用したカルティエ プリヴェ。24年の新作である「トーチュ」では、いっそう古典味が強調された。しかし、なぜここまで振り切ったのか。イメージ スタイル&ヘリテージ ディレクターのピエール・レネロはこう説明する。「トーチュの特徴とは、ふたつの丸い括弧があること。トーチュのボリュームは他とは違い、長くするとトノーになってしまう。そしてケースを大きくすると、エリプスになってしまう」。だから古典になったというわけだ。
加えてカルティエは、CPCP時代のXLに比べてサイズを縮小し、風防も「タンク ノルマル」に同じく、中央が盛り上がったものに改めた。結果としてこのモデルは、CPCP時代の「トーチュ」に比べてもなお、クラシカルに見える。
とはいえ、ただの焼き直しにしないのが今のカルティエだ。文字盤は表面をわずかに荒らしたサンバースト仕上げに改められ、ローマ数字のインデックスも、なんとプリントではなく、黒いデカルクに置き換えられている。シャープなインデックスは、この時計にモダンさをもたらす要素だ、そして複雑な鏡面で構成されるケースの磨きも、CPCP時代に比べてなお改善されている。
搭載するのは、かつてに同じ、手巻きの430 MCだ。傑作9Pの後継機として開発されたこのムーブメントは、今なお使える薄型ムーブメントの最右翼。カルティエの常で詳細は明らかにされていないが、針合わせ時の針飛びが抑えられ、耐磁性能も向上している。
マニュファクチュール化によってディスコンを余儀なくされたCPCPコレクション。しかし、カルティエの内製化は結局、プリヴェの現行モデルに、CPCPを超える完成度をもたらすこととなったのである。
TORTUE
複雑な曲面に馴染むジェムセッティングの妙技
「トーチュ」にはPtモデルもある。これは限定50本のダイヤモンド入り。大粒のダイヤモンドを薄いケースに敷き詰めた様は、往年の傑作を思わせる。手巻きCal.430MC)。18石。2万1600振動/時。パワーリザーブ約38時間。Ptケース(縦41.4×横32.9mm、厚さ7.2mm)。3気圧防水。世界限定50本。予価930万6000円(税込み)。
2024年の「トーチュ」で意外だったのは、ダイヤモンドモデルがあったことだ。確かにカルティエ プリヴェにも、ダイヤモンドモデルは存在した。しかしそれらはスケルトンの仕様違いであり、「普通」のプリヴェにダイヤモンドがセットされた例はなかった。うがった見方をすると、カルティエにとっては当たり前すぎたから、かもしれない。
しかし一転して、本年の「トーチュ」はケースにダイヤモンドをあしらうようになった。ちなみにかつてのCPCPではない「トーチュ」にはダイヤモンド付きのモデルが存在した。しかし、これらは小さなパヴェを2連に重ねたもので、おそらくはセッティングがしやすいよう、ケースの曲面も抑えられていた。
対して新しい「トーチュ」は、風防を含めて立体感が強調され、しかもケースが薄くなった。理論上ダイヤモンドのセッティングは難しくなるが、カルティエはあえて大粒のパヴェをセットしたのである。ラウンドケースならば難しくないが、「トーチュ」の造形で実現するのはかなり困難だ。カルティエは、ハイエンドにふさわしい出来栄えを新しい「トーチュ」に求めたのだろう。結果として、ダイヤモンドをあしらった本作は、往年のカルティエもかくや、という仕上がりを得た。また、プラチナ製のケースは、いかにも高級時計らしい重厚感を本作にもたらした。
そう言って差し支えなければ、CPCPとは、大メーカーとなったカルティエが、原点に戻ろうとした試みだった。最終的には廃番となったが、その意図は壮大の一言に尽きる。そして時計メーカー以上にマニュファクチュールを志向した現代のカルティエも、プリヴェで、そもそもの立ち位置を確認しようとしている。ここに至るまでの回り道は決して短くなかった。しかしその歩みがもたらしたものの大きさは、本作を見れば明らかだ。