1998年に始まり、2008年に終売となった「コレクション プリヴェ カルティエ パリ」。過去の傑作に範を取り、贅を尽くしたそのコレクションは、今思えば、時代を先駆けすぎていたのかもしれない。しかしカルティエは、2017年の「カルティエ プリヴェ」で過去作のリバイバルに取り組むようになった。
広田雅将(本誌):文 Text by Masayuki Hirota (Chronos-Japan)
Edited by Hiroyuki Suzuki
[クロノス日本版 2024年9月号掲載記事]
TORTUE
自社製ムーブメントを新造したワンプッシュクロノ
新規設計の自社製ムーブメントを搭載したクロノグラフ。ケースサイズも、オリジナルのトーチュ クロノグラフにほぼ同じとなった。手巻き(Cal.1928 MC)。2万8800 振動/時。パワーリザーブ約44時間。Ptケース(縦43.7×横34.8mm、厚さ10.2mm)。非防水。世界限定200本。予価930万6000円(10月発売予定)。
カルティエとプリヴェの変化を強く感じさせるのが「トーチュ」のワンプッシュクロノだ。公式には2017年初出のカルティエ プリヴェは、モダンなスケルトンに始まったためか、ベーシックな1917 MCなどはさておき、革新的な自社製ムーブメントを加える傾向にあった。しかし、24年の新作には、往年のカルティエでさえ望むべくもなかった、極めて良質なクロノグラフムーブメントが与えられたのである。
1998年に発表されたCPCP版の「トーチュ」クロノグラフは、今なお傑出したTHA製の手巻きクロノグラフを備えていた。設計したのはフランソワ- ポール・ジュルヌ。後にジュルヌのムーブメントメーカーであるTIMに移管され、現在はムーブメントメーカーのラ・ジュー・ペレが生産している。しかしワンプッシュクロノの再現にあたって、カルティエはこの伝説的なムーブメントを使うのではなく、ゼロからムーブメントを起こすことを選んだ。
関係者によると、理由は「トーチュ」のシェイプに合ったムーブメントを望んだため。ル・セルクル・デ・オルロジェとのコラボレーションで完成したキャリバー1928 MCは、モダンさを強調してきたカルティエのムーブメントからは一転して、極めてクラシカルな見た目を持つようになった。いかに造形に気が配られたかは、部品のシンメトリーな配置を見れば明らかだ。見た目のために、香箱とテンプを対称に置くムーブメントは、そうあるものではない。
2018年にオート オルロジュリー コレクションが終わった後、一部のスケルトンを例外として、ムーブメントの新規開発からは距離を置いてきたカルティエ。しかし、マニュファクチュールとして成熟した同社は、CPCP時代にできなかったことを、本作でついに実現してみせたのである。つまりはケースとムーブメントの高度な融合である。