1969年に発表されたデファイは、ゼニスの社運をかけた一大コレクションとなるはずだった。300m防水に、高い耐衝撃性能、そしてユニークなケースといった特徴は、確かに今までのゼニスにはないものだった。しかし経営環境の変化は、デファイの将来に影を落とした。紆余曲折を経てアイコンに返り咲いたデファイの歩みを見ていくことにしたい。

星武志:写真 Photographs by Takeshi Hoshi (estrellas)
広田雅将(本誌):文 Text by Masayuki Hirota (Chronos-Japan)
Edited by Hiroyuki Suzuki
[クロノス日本版 2025年1月号掲載記事]


デファイ考現学
~時代と共に変化するアイコンの在り方~

 1865年に時計メーカーを設立したジョルジュ・ファーブル=ジャコが、社名を「ゼニス」と改めるのは1911年のこと。しかしそれに先立って、彼は自らの製作する時計に様々なモデル名を与えた。ゼニス、ジョルジュ・ファーブル・ジャコ、ディオゲネス、そしてデフィ(DEFI)などだ。普通の経営者であれば、頂点であったり、アレクサンドロス大王を驚かせた哲学者の名前であったり、あるいはフランス語で挑戦を意味するデフィ=デファイという言葉は選ばないだろう。ジャコが非凡であったというエピソードは多く残っているが、そのひとつは間違いなく、他にはないネーミングセンスにあった。もっとも製品化にあたって、ジャコはその名前をDEFYとわずかに改めた。おそらくこのデファイは短命だったはずだが、新しいコレクションを興すにあたって、ゼニスは「挑戦」という輝かしい名称を復活させた。

デファイ A3642

【1969】A3642
5種類のケースと12のバリエーションを持っていたデファイ。最もアイコニックなのは、8角形のケースと14角形のベゼルを持つモデルだった。これはグレー文字盤のA3642。他にもルビー文字盤のA3691、ブルーの2トーン文字盤を持つA3651などが存在した。自動巻き。直径37mm。

 1969年に発表されたデファイは、名前の通り、極めて挑戦的なモデルだった。ゼニスが目指したのは、どの環境でも高精度な時計を作ること。そう言って差し支えなければ、デファイとはG-SHOCKの先駆けとなるようなモデルだったのである。

 1968年にモバードを統合したゼニスは、同社の高振動化技術を採用することで、世界初のハイビート自動巻きクロノグラフであるエル・プリメロを完成させた。そんな同社は、過酷な環境であっても高い精度を持つ時計を作ろうと考えたのである。

 1969年に発表されたデファイは、直径37mmというサイズに300mもの防水性能と極めて高い耐衝撃性を盛り込んだ野心作だった。おそらく、このモデルに刺激を与えたのは、エルヴィン・ピケレ(EPSA)のコンプレッサーケース(およびスーパーコンプレッサーケース)を持つ一連のダイバーズウォッチと、67年に発表されたIWCの「ヨットクラブ」だろう。前者はスイスの時計業界にダイバーズウォッチという概念を普及させた立役者であり、後者はムーブメントの外周に加えたラバーで、ショックを吸収するユニークな耐衝撃装置を持っていた。あくまで推測だが、こういう時計に刺激を受けたゼニスが、これらを超える「万能時計」を作ろうと考えたのは想像に難くない。しかも当時のゼニスは、世界初の高振動クロノグラフを開発するほど、勢いのある会社だったのである。

ゼニス デファイの広告

「時の金庫」と謳い上げたデファイの広告。「正確さがこれほど厳密に守られたことはなかった」「他の頑強な時計が諦める環境でも正確」という文言も、300m(1000フィート)もの防水性能とラバーによる圧倒的な耐衝撃性能を考えれば納得だ。

 300m防水と高い耐衝撃性を誇るデファイのケース。開発したのはピケレではなく、ピエール・A・ナルダン(もしくはピエール・アントワーヌ・ナルダン)社だった。同社は68年2月6日に「ムーブメントのケースへの組み込み:衝撃吸収マウント」で特許を申請し、70年3月31日にスイス特許493877として公開された。

 ナルダンがゼニスと共同開発したケースは、ピケレやIWCのそれとは大きく異なるものだった。ピケレのコンプレッサーケースは、水圧が高まると内蔵されたOリングが押されて防水性を高めるというもの、そして後者は、ムーブメントを支える中枠を8つのラバーで支えるものだった。いずれも優れた機構だったが、ゼニスとナルダンの作り上げたケースは、それらに勝るものだった。

初代デファイ A3648

【1969】A3648
高い防水性能と耐衝撃性能を打ち出した初代デファイ。その進化形がダイバーズウォッチのA3648である。600mもの防水性能を持つにもかかわらず、直径はわずか37mmしかない。色違いの3モデルを合わせて、合計1000本のみの製造と言われている。

 デファイの防水性能に対するアプローチは、コンプレッサーとは真逆と言っていい。ゼニスは、ケースと裏蓋の噛み合いをできるだけ広げ、またケースのねじ込みを深く切った。加えてコンプレッサーやオメガのようにプラスティック製の風防を金属リングで「締め上げる」のではなく、硬いミネラル風防をベゼルに固定し、それをケースにねじ込むことで気密性を高めたのである。加えて、風防とケースの間にもラバー製のOリングをはめ込んで、いっそう防水性能を高めた。リュウズもねじ込み式。加えて気密性を高めるため、リュウズのチューブは現行品並みに太くされた。つまり柔構造で防水性能を高めたピケレのコンプレッサーケースに対して、剛構造で同等以上の性能を与えたのがデファイのケースと言えるだろう。デファイの強固なケース構造を見れば、初代デファイの広告が「The Time-Safe(時の金庫)」と謳ったのも納得ではないか。

 耐衝撃機構も同様にユニークなものだ。1967年に発表されたIWCのヨットクラブはムーブメントをラバーで支えることで時計の耐衝撃性を高めた、おそらくは世界初の試みだった。もっとも強固さを意識しすぎたのか、前期型のヨットクラブはムーブメントを支える中枠が大きく重かった。後にIWCは中枠の軽量化を図るが、それでも大きかったことは否めない。

 対してゼニスとナルダンは、中枠を小さくし、その裏蓋側に歯車のような形状のラバーリングをはめ込み、さらにねじ込み式の裏蓋で押さえ込むという、全く新しい構造を開発した。当時の広告が示す通り、この狙いは、水平方向だけでなく、垂直や斜め方向にも耐衝撃性を持たせる点にあった。それを示すのが文字盤とケースの間に設けられたわずかなクリアランスだ。今やA.ランゲ&ゾーネなども採用する、強いショックを受けた際に文字盤とケースを接触させないという設計を、デファイは半世紀以上も前から実現していたのである。初代デファイとは、ショックに対して初めて総合的な解決策を盛り込んだ、おそらく世界初の腕時計だった。

ゼニス デファイの広告

「デファイ プロンジュール、最高にプロテクトされたダイバーズウォッチ」と銘打たれた広告。「極めて頑強なケースにより、60気圧防水を実現、600m防水を保証」とある。オレンジベゼルのA3648と2トーンベゼルのA3650、ブラック文字盤のA3646が存在した。

 もっともこうした構造を採用できた理由は、搭載するムーブメントによるところが大きい。初代デファイが採用したのは、直径26mmの自動巻きである2542 PC(後に2642、または2572 PC)。厚みはあったが、直径が26mmしかなかったため、防水性と耐衝撃性を高めてもケースを小さくできたのである。

 ゼニスはそんなデファイの性能を、様々な手段でアピールした。69年の9月に、ゼニスはジャーナリストや時計愛好家をベルギーのオステンデに招いてパフォーマンスを行った。フェリーに載せられたデファイは、オステンデとドーバーを2度にわたって横断したが、海水に浸され、そして大きな温度変化にさらされたにもかかわらず完璧に作動した。また、ゼニスはウェンブリースタジアムのスピードコンテストで、6本のデファイをバイクのスポークホイールに装着する実験を行った。普通は壊れるが、走行後もデファイには全く問題がなかったという。もうひとつのエピソードはいっそう興味深い。完成したデファイの耐衝撃性を確かめるため、ゼニスはデファイを窓から投げ落とすというテストを行っていたという。さらにジャーナリストや顧客と製造現場を訪れた経営陣は、デファイを窓から落とし、完璧に動くことをアピールしたそうだ。まるでG-SHOCKのようなエピソードだが、ゼニスはそれほどデファイに自信を持っていたのである。

 その究極が、同じ69年に発表された「デファイ プロンジュール」ことデファイダイバーである。ケース構造は300m防水のデファイに同じ。しかしダイビングで有用な回転式ベゼルが加わったほか、防水性能も2倍の600mに高められたのである。ロレックスの「シードゥエラー」の610m防水には及ばないが、これは当時、最も性能の高いダイバーズウォッチであった。

ゼニス デファイの広告

「手首の金庫」を謳い上げたデファイの広告。傷の付きにくい強化ガラスや、ヘリウムガスの侵入を防ぐパッキンといった、初代デファイの特徴が列記されている。ちなみにベーシックなA3642系の価格は330スイスフラン。780スイスフランもしたエル・プリメロの半額以下だった。

 ちなみにこれに先立って、ゼニスは高性能なダイバーズウォッチ(A3637)をリリースしていた。これらのいくつかは非常にユニークな文字盤を持つほか、コレクターたちの推測に従うならば、その多くがピケレのコンプレッサーケース、またはその特許を用いた防水ケースを持っていた。少なくとも1000m防水を謳ったA3637のケース構造がピケレのコンプレッサーに酷似しているのは事実である。あくまで憶測だが、ゼニスがこれらの製造をやめて全く新しいケースを作ったのは、他社との被りを好まなかったためではないか。ちなみに後にゼニスはスクエアの「レスパイレーター」でピケレの特許を使うようになる。しかし、クォーツムーブメントさえ自社で作り上げた同社が、ありきたりのケースを好んだとは思いにくい。

 高い防水性能と耐衝撃性を前面に打ち出した69年のデファイは、ゼニスの未来を担うコレクションとなるはずだった。それを示すように、ゼニスはデファイに5つのケースと12種ものモデルを用意していた。しかもレクタンギュラー風や、スペースエイジ風のケースさえ存在したのだから、ゼニスは考えられるすべてをデファイに盛り込んだと言って間違いなさそうだ。しかし経営環境の急激な変化は、その後のデファイに大きな影を落とすこととなる。

デファイ スカイライン クロノグラフ

デファイ スカイライン クロノグラフ
スカイラインに加わったクロノグラフ版。インターチェンジャブルストラップを備える。自動巻き(Cal.エル・プリメロ 3600)。35石。3万6000振動/時。パワーリザーブ約60時間。SSケース(直径42mm)。10気圧防水。183万7000円(税込み)。

 1968年、ゼニスは協力関係にあったモバードと合併し、後にはモバード・ゼニス・モンディアとなった。合弁の理由はいくつかあるが、ゼニスにとって最も意味があったのはアメリカ市場での拡販だった。アメリカのゼニスラジオ社と商標上の問題を抱えていたゼニスは、アメリカに積極的な展開を図れずにいた。しかしモバード名を使えばゼニスの時計もアメリカで売れる。この時代のモバードとゼニスに文字盤違いの兄弟モデルが多い理由だ。そんなゼニスラジオは、72年にモバード・ゼニス・モンディアを買収し、その統合を急速に推し進めたのである。経営環境が極端に変わる60〜70年代にかけて、ゼニスの経営陣が近視眼的になったのは当然だろう。例えば71年の「デファイ ガウス」。これはデファイに耐磁性能を加えた野心作だったが、わずか1433年で販売中止となってしまった。仮に経営環境が安定していたなら、デファイはいち早く新規設計のクォーツムーブメントを搭載したはずだ。

デファイ エクストリーム

デファイ エクストリーム
100分の1秒計測が可能なクロノグラフ。自動巻き(Cal.エル・プリメロ 9004)。53石。3万6000振動/時(時計)、36万振動(クロノグラフ)。パワーリザーブ約50時間、クロノグラフ使用時は約50分。Tiケース(直径45mm、厚さ15.4mm)。10気圧防水。254万1000円(税込み)。

 ゼニスを買収し、経営の合理化を進めたゼニスラジオ社。しかし日本企業との競争に敗れた同社は、わずか6年でモバード・ゼニス・モンディアを売却することとなった。以降もデファイというコレクションは続いたものの、それらは見た目を他社の売れ線に似せた、薄いクォーツ時計でしかなかったのである。

 そんなデファイが名実ともに復活したのは、2006年のことだ。01年に就任したCEOのティエリー・ナタフは「挑戦」という名前にふさわしい見た目と機構を、「デファイ クラシック」と「デファイ エクストリーム」に盛り込んだのである。シャンパンメゾン出身のCEOがもたらした方向性には賛否両論がある。しかし、わずか1年でデファイがゼニスの売り上げの25%を占めるようになったのも、デファイが革新的なコレクションモデルとみなされるようになったのも事実だった。

デファイ エクストリーム ダイバー

デファイ エクストリーム ダイバー
2024年の新作。A3648のデザインを受け継ぎつつも、モダンにアップデートされている。ケースは軽量なTi製だ。自動巻き(Cal.エル・プリメロ 3620 SC)。27石。3万6000振動/時。パワーリザーブ約60時間。直径42.5mm、厚さ15.5mm。60気圧防水。156万2000円(税込み)。

 2017年にデファイはさらに進化を遂げた、新しくCEOに就任したジュリアン・トルナーレは、ゼニスのイメージを広げるべく、まずデファイにてこ入れを行ったのである。発表されたのは、超高振動を持つ「デファイ エル・プリメロ 21」「デファイ インベンター」である。これらは、デファイという名前にふさわしく、挑戦的な機構を持つモデルだった。加えてゼニスは、オリジナルが持っていた、ユニークな造形にも注目するようになった。1969年モデルの特徴だった14角形のベゼルは、そもそもベゼルをねじ込むための突起。新しいデファイは、これをデザイン上のアイコンとして打ち出したのである。半世紀以上の時間を経て、再びゼニスのアイコンに返り咲いたデファイ。次項ではデファイが辿り着いた現在の着地点を見てみよう。

デファイ ダブル トゥールビヨン

デファイ ダブル トゥールビヨン
ふたつのトゥールビヨンを備えたクロノ。8時位置の計時用は60秒、10時位置のクロノグラフ用は5秒で1回転する。自動巻き(Cal.エル・プリメロ 9020)。61石。3万6000振動/時。パワーリザーブ約50時間。サファイアケース(直径46mm)。3気圧防水。世界限定10本。2453万円(税込み)。

デファイ スカイライン トゥールビヨン

デファイ スカイライン トゥールビヨン
デファイの新しい打ち出しのひとつが、高振動のトゥールビヨンだ。外装にもブラックセラミックスを採用する。内容を考えれば価格は戦略的だ。自動巻き(Cal.エル・プリメロ 3630)。34石。3万6000振動/時。パワーリザーブ約60時間。直径41mm。10気圧防水。922万9000円(税込み)。



Contact info:ゼニス ブティック銀座 Tel.03-3575-5861


ゼニス「デファイ」コレクションが示す、現状打破の姿勢

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ゼニス/エル・プリメロ

ゼニスの腕時計を徹底解説! シリーズやおすすめモデルを紹介

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