広田雅将:取材・文 奥山栄一:写真
[連載第5回/クロノス日本版 2011年7月号より増補改訂]

1994年のデビュー以来、A.ランゲ&ゾーネのアイコンとして、同社の世界的な成功を支えてきた「ランゲ1」。多くの追随者を生んだアウトサイズデイト、主文字盤をオフセットした“異形”のレイアウトはドイツの精密高級時計の貌となるに十分なインパクトを備えている。この成功はしかし、開発当時から周到に練られていたデザイン上の理知的なアプローチに依るものであった──。
ランゲ1のデザインに潜む秘密のセオリーを解き明かし、その後に生まれた派生モデル、そして2015年にフルモデルチェンジを果たした新型ムーブメント搭載機と比較検証してみよう。

LANGE 1
完璧なアシンメトリーと大型日付表示の先駆

ランゲ1

ランゲ1
Ref.101.033。101.011(1997年)の後継機031の文字盤違い。文字盤の9時位置に時分、1時位置にアウトサイズデイト、3時位置にパワーリザーブ、5時位置にスモールセコンドを備える。基本的な構成は011から不変だが、文字盤やケースの仕上げはさらに向上している。手巻き(Cal.L901.0)。53石。2万1600振動/時。パワーリザーブ約72時間。18KPG(直径38.5mm)。30m防水。参考商品。

 1990年12月7日に復興なったA.ランゲ&ゾーネ。その初作が94年発表の「ランゲ1」である。当初リリースされたのはランゲ1を含む4モデル。いずれも傑作揃いだったが、象徴たるランゲ1の開発には、経営母体のLMHグループから最優秀のメンバーが加わった。

 総括は、総帥であるギュンター・ブリュームライン。デザインを含む全体の構成はプロダクトデザイナーのラインハルト・マイス。ムーブメントの設計を担ったのは、後にランゲの主任設計者となったヘルムート・ガイア、サポートメンバーに加わったのが、IWCのクルト・クラウス、そしてジャガー・ルクルトのロジャー・ギニャールである。これほどの才能を集めた時計は、かつて存在しなかったのではないか。

 しかし、ランゲ1がかくも短期間で完成した理由は、メンバーの才能に限らない。ランゲ1は大変巧妙な設計を持っていたのである。例えばA.ランゲ&ゾーネを特徴付ける「アウトサイズデイト」。基本を設計したのはロジャー・ギニャールである(1992年)。加えて、ランゲ1は基礎となるベースキャリバーにも恵まれた。ブリュームラインは、ギニャールが92年に手がけたジャガー・ルクルト製のキャリバー822の輪列を、ランゲ1のキャリバーL901.1に転用させたのである。理由はコストダウンではない。彼は信頼性に優れた822の設計を用いることで、開発スピードの大幅な短縮と信頼性の両立を狙ったのである。また822の輪列は大変に薄かった。そのため、文字盤側にアウトサイズデイトを設けても、時計の厚みはさほど増さずに済んだのである。結果として、ランゲ1は類を見ないアシンメトリーな意匠を持つことができたわけだ。

 優れたムーブメントに、個性的な意匠を併せ持ったランゲ1。その後の大成功については、もはや説明するまでもないだろう。

(左上)1997年のRef.101.011/021以降、アプライドに変更されたインデックス。エンジンターン模様を施すことで、文字盤の表情にわずかな変化を付けている。文字盤は純銀製、グレーの発色は非常に良い。(右上)ランゲ1に特徴的な直線状のラグ。関係者曰く「LMH総帥のギュンター・ブリュームラインが、『ランゲのラグはこういう形だ』と言いながら、自らヤスリを持ってプロトタイプのラグを成形した」とのこと。ランゲで最もアイコニックなディテールのひとつかもしれない。(中)ケースサイド。時計の厚みは10mmに抑えられている。普通のモデルはケースサイドがサテン仕上げ。しかし1999年以降のPGモデルは全面ポリッシュ仕上げである。裏蓋を斜めに裁ち切って側面を細く見せるという手法は、デザイナーのラインハルト・マイスの好んだものである。(左下)アシンメトリーな構成を持つ文字盤。時計の中心から、時分針とパワーリザーブ針は等距離にある。またアウトサイズデイトとスモールセコンド、そして時分針の中心を結ぶと、ほぼ正三角形が現れる。写真が示すように、立体的な18KPG製の針は、極めて良好な質感をもっている。(右下)ランゲ1に搭載されるCal.L901.0。右側に固まって見えるのが、駆動輪列、上側にあるのが、ふたつの香箱の間を結ぶ中間車である。真ん中のプレート下には丸穴車が収まり、ムーブメント下方には、スモールセコンドを駆動する中間車が並んでいる。直径30.4mm、厚さ5.9mm。