完成度の飛躍を見せる現行エル・プリメロ9選
誕生40周年に発表された「ニュー・ヴィンテージ1969」以降、積極的に古典との融合が試みられているエル・プリメロ。“ネオ・レトロ”と表現されるその手法の本質は、積み重ねられたディテール全体の調和と解釈できる。飛躍的に完成度を高めつつあるエル・プリメロ・ファミリーの、現在形を俯瞰する。
2時位置のビッグデイト表示と、24時間で1回転するムーン表示(デイ&ナイトに相当)を備えたクロノマスターのバリエーションモデル。2012年以降はブラックダイアルも追加されている。自動巻き(Cal.4047)。SS(直径45mm)。5気圧防水。130万円。
2003年の初出以来、ゼニスの顔を担ってきた“オープン・エル・プリメロ”の現行モデル。サンレイギョーシェの文字盤や、針のペイントなど、品質は格段に向上している。自動巻き(Cal.4021)。18KRG(直径42mm)。10気圧防水。220万円
最後の原稿に着手しようとした時、バーゼルワールド(2012年)ではエル・プリメロベースの最新ムーブメントが発表されていた。キャリバー4650Bというナンバーが与えられ、「エスパーダ」に搭載されたそれは、エル・プリメロから積算輪列を取り除いて、シンプルな3針センターセコンドとしたバリエーション。本来レピーヌ式のスモールセコンド輪列を持つエル・プリメロがベースであるから、スモールセコンド化も極めて容易だろう。ムーブメントサイズがやや大きい点を除けば、従来エリートに与えられてきた役割を、今後はエル・プリメロが担うことを意味する。即断するのは早計だが、エル・プリメロは名実ともに無二の基幹キャリバーとなったと言っていい。
2009年にジャン-フレデリック・デュフールがCEOに就任して以降、ゼニスは急速にクラシック路線へと舵を切り直している。氏が〝ネオ・レトロ〟と表現する、ウォッチメイキングの手法によって、ゼニスは過日の落ち着きを取り戻しつつある。象徴的に用いられる「A386」を規範としたダイアルも、古典の意匠をそのまま流用するのではなく、新しいケースや機能に合わせてアレンジを加えるのが基本。バーゼルワールドに先行して発表された新しい「クロノマスター 1969」にも同様の手法は盛り込まれており、またゼニスが商標権を持つ「パイロット」の優れた完成度も、同じ文脈で読み解くことができる。
小径のラウンドケースを採用した36’000VPH。このサイズにのみ、1969年モデルに忠実な3色カウンターのラインナップがある。カレンダーの配置もオールドピースの造形に準拠。自動巻き(Cal.400)。SS(直径38mm)。10気圧防水。87万円。
現行エル・プリメロの基本形にあたるモデル。捻りを利かせたラグの肩と、重なり合うインダイアルのデザインは、1969年のオリジナルに範を取りつつ、現代的なアレンジを加えたもの。自動巻き(Cal.400B)。18KRG(直径42mm)。10気圧防水。参考商品。
ネオ・レトロのコンセプトを昇華させ、新しいケースデザインを創出した「エル・プリメロ ストラトス フライバック」は、現在のウォッチメイキングに対する姿勢を体現するモデルだ。搭載するムーブメントは、かつてフランス空軍の監修下で製作された「レインボー・フライバック」の系譜に連なるキャリバー405B。ただし、繰り返し行われてきたさまざまな改良に加えて、2011年からの再生産バージョンでは、部品数を大幅に増やしている。基本形である旧キャリバー400の280点に対し、旧405は282点。すなわち2パーツの追加でリスターティング・フライバック機能を実現していたのに対し、405Bは全331点の部品で構成されている。基本の400Bは部品数326点なので、5点がフライバック機構に割り当てられている計算だ(全体的な部品数の増加は、デイトディスクの大型化に伴うホルダーの追加や、ジャンパースプリングの改良、巻き芯へのストッパー追加などが主要因)。機能的な差異はないが、さらなる洗練を目指し、現在でも研鑽が重ねられていることを証明した。
2011年に発表された2カウンターのエル・プリメロ。12時間積算計を廃して、アヴィエーションウォッチ(航空時計)のスタイリングを再現。ゼニスはフランスやイタリアの空軍に、軍用航空時計を納入していた。自動巻き(Cal.4002)。SS(直径42mm)。5気圧防水。参考商品。
文字盤の意匠が刷新されたスプリットセコンド・クロノグラフ。12時間積算計を廃して、ビッグデイトカレンダーを追加している。スプリット操作を行うプッシャーは、リュウズと同軸配置。自動巻き(Cal.4026)。SS(直径44mm)。10気圧防水。154万円。
外装の完成度は、現在のゼニスが獲得した、最も賞賛すべき美点だろう。大振りな45.5㎜ケースを与えられたストラトスでは、肉厚な逆回転防止ベゼルをすり鉢に成形。適度にボリューム感を抑えたこの手法は、神経の行き届いたディテールワークの一例だ。また2011年から採用されている新しいフォールディングバックルも装着感に優れ、かつスライドレバーを用いて開閉させるシステムも新しい。左右からのビス留めとなったブレスレット自体も、適度な遊びと剛性感を持った、優れた仕上がりを誇っている。
2011年に登場したストラトスのケースに、高速運針ムーブメントを搭載。1周10秒のクロノグラフ秒針と、リスターティング・フライバック機構を装備した専用ムーブメントが新規に開発されている。自動巻き(Cal.4057B)。SS(直径45.5mm)。10気圧防水。参考商品。
2010年に発表された高速運針モデル。センターのクロノグラフ秒針は、10秒で1回転し、1/10秒計測を容易に。最新鋭のメカニズムと古典的な意匠を融合させた快作。自動巻き(Cal.4052B)。SS(直径42mm)。10気圧防水。世界限定1969本。106万円。
しかしこうした美点はストラトスだけに限定されるものではなく、次々と刷新されるゼニスの全プロダクトに通底する要素と言えよう。「針の長さが1㎜異なるだけで、全体的な調和を壊す」と明言したジャン-フレデリック・デュフールは、細かなディテールの積み重ねから、時計の全体像を把握できる人物だ。その目に率いられた新体制下のゼニスが、完成度の飛躍を見せるのも自明である。
運命の1969年に生まれ、時代ごとに完成度を高めてきたエル・プリメロ。完熟の域にある、このアイコニックなムーブメントでさえ、まだ進化の途上なのかもしれない。