IWC/パイロット・ウォッチ

軍用機から民生機へプロダクトモデル誕生の裏側

今や一大ラインナップを形成するに至ったパイロット・ウォッチ。
しかし1980年代後半に至るまで、その存在は、軍関係者や一部のアンティークファンが知るだけだった。
なぜパイロット・ウォッチは復活し、成功を遂げたのか。
関係者の証言を交えつつ、その歴史を振り返ってみたい。

パイロット・ウォッチ・マークⅩⅦ [2012]

2012年に発表された、マークシリーズの現行モデル。基本的な性能はマークXVIに同じだが、直径が41mmに拡大されたほか、外装の仕上げも一部向上した。自動巻き(Cal.30110)。21石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約42時間。SS。6気圧防水。耐磁ケース。60万円。

マークⅩⅦ最大の特徴が、微調整可能なバックル。IWCのロゴ部分を押すことで、1mmずつ、最大6mmの微調整が可能である。また各コマの内側に曲線を付けることで、装着感も改善された。無駄な“遊び”も小さくなっている。

“ソフトになった”新型のブレスレット。旧型のブレスレットに比べて生産性が高そうだが、「むしろ製造コストは上」とのこと。コマの外に飛び出していたリンク固定用のピンも、新型ではコマの中に埋め込まれた。

 先の大戦を通じて、IWCは個性の違うパイロット・ウォッチを英独両軍に提供した。どちらも優れてはいたが、より著名なのがイギリス軍向けに開発されたパイロット・ウォッチ、通称〝マークシリーズ〟であった。1936年の「マークⅨ」に始まるマークシリーズは、44年の「マークⅩ」、48年の「マーク11」と進化していき、主にイギリス連邦の空軍パイロットたちに愛用された。

 とりわけIWCに名声をもたらしたのが、マーク11であった。搭載したのは、堅牢で高精度なキャリバー89。これを軟鉄製のインナーケースで覆い、IWCの実測テストで約7万8000A/mという高い耐磁性能を誇った。また高々度での使用を考慮して、ケースの構造も異なっていた。3ピースのケースだと、コックピット内が急激に減圧した場合、風防がベゼルごと吹き飛ぶ可能性がある。このためマークⅩから2ピースケースを採用し、マーク11にも受け継がれた。

 後のIWC製パイロット・ウォッチとは、基本的にマーク11の流れを汲んだものである。93年のマークⅫは、事実上マーク11を自動巻き化したものであったし、マークⅩⅤ以降のパイロット・ウォッチも、そういって差し支えなければ、マーク11の延長線上にある。つまりマーク11とは、それほど完成されたパイロット・ウォッチだったのである。

パイロット・ウォッチ・マークⅨ [1936]
IWC初の「パイロット用特別時計」。耐磁ケースを持たないが、+40℃から-40℃での実用性能と、耐磁仕様のムーブメントを備えていた。初納入は1936年。写真のタイプは39年から41年まで製造されたとされている。手巻き(Cal.83)。15石または16石。1万8000振動/時。SS。非防水。

パイロット・ウォッチ・マークⅩ [1944]
1944年に登場した新しいパイロット・ウォッチは、急減圧に耐えるための2ピースケースと、ねじ込み式の裏蓋を備えた。しかし機内に置かれたレーダーの磁気が精度に影響を及ぼすという問題に直面した。手巻き(Cal.83)。15石または16石。1万8000振動/時。SS。

パイロット・ウォッチ・マーク11 [1948]
耐磁性をクリアしたパイロット・ウォッチの祖。公式記録に従うと、1984年まで販売された。なおこのタイプの文字盤は、1952年から63年まで製造。以降は文字盤にトリチウム使用を示す“T”が加わる。手巻き(Cal.89)。17石。1万8000振動/時。SS(直径36mm)。耐磁ケース。

 しかしIWCのパイロット・ウォッチは、かつてのパネライ同様、あくまでも軍用のプロダクトであった。確かに70年代以降のIWCはマーク11を市販はしたが、目的は余剰在庫の整理であった。

 ではなぜ、IWCはパイロット・ウォッチを新たに復活させようと考えたのか。経緯を語ってくれたのは、IWCボードメンバーのハネス・パントリ氏である。「70年代の後半、IWCはポルシェデザインとコラボレーションを組みました。これは大変上手くいきましたが、問題も生じました。当時IWCの知名度は低く、対してポルシェデザインのそれは高かった。ですからフェリー・ポルシェ(ポルシェデザイン社長、当時)がIWCを買収したがったのです。幸いにも当時の株主(VDOシェリング)が反対しましたがね。私たちはポルシェデザインとの契約終了後を見越した新製品を作ろうと考えたのです」。

 ポルシェデザインとの契約が10年目を迎えた88年、IWCはパイロット・ウォッチを復活させている。ムーブメントは機械式ではなく、ジャガー・ルクルト製のメカクォーツ。このモデルは大きな成功を収め、93年の「マークⅫ」に結実することになる。サイズやスペックはマーク11にほぼ同じ、しかしムーブメントにはジャガー・ルクルト製の自動巻き、キャリバー884/1(後に884/2)を採用した。この時計で興味深いのは、パイロット・ウォッチとしての非凡な性能である。マークⅫとは、事実上IWC初の民生用パイロット・ウォッチであった。しかし耐圧性や耐磁性といった性能は、かつてのマーク11にほぼ同等であった。民生用とはいえ、決して形だけのパイロット・ウォッチを作らなかったのは、いかにもIWCではないか。

マーク11の大きな特徴が、軟鉄製のインナーケース。ムーブメント全体を内部ケースで覆い、併せてダイアルも軟鉄製に変えることで、実測値で7万8000A/mという超耐磁性を得た。以降のパイロット・ウォッチは、ほとんど同様のケース構造を持っている。

パイロット・ウォッチ・マークⅫ [1993]
ほぼ半世紀ぶりにリリースされた、機械式のパイロット・ウォッチ。なお公式発表に先駆けて、6時位置のロゴがないモデルが先行販売された。自動巻き(Cal.884/1)。33石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約45時間。SS(直径36mm)。耐磁ケース。5気圧防水。参考商品。

パイロット・ウォッチ・クロノグラフ[1994]
通称“セラミックス・フリーガ-”。セラミックス製のケースを製造したのは、スイスのアルスイス社である。IWCは新素材の採用にも意欲的だった。自動巻き(Ca.7902)。25石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約44時間。SS(直径39mm)。6気圧防水。耐磁ケース。参考商品。

現行の「ビッグ・パイロット」。青色の部分が、軟鉄製の耐磁ケージ。ムーブメント全体を覆うことで、約3万2000A/mという高い耐磁性を持つ。なお現行他社のパイロット・ウォッチで同様の構造を持つものはほとんどない。

 マークⅫの後継機となったのが、マークⅩⅤである。ケース径は2㎜拡大され、ムーブメントも884/2から、ETA2892A2ベースのキャリバー37524(現30110)に変更された。開発に携わったクルト・クラウス氏は、「そもそもパイロット・ウォッチに、薄型の自動巻きムーブメントは相応しくない」と考えていた。またパントリ氏は「ジャガー・ルクルトからの供給も追いつかなかった」とも述べている。

 実用時計として考えるなら、マークⅩⅤへの進化は理に適ったものだった。少なくとも、37524を載せたマークⅩⅤは、はるかに安定した性能と、耐衝撃性能を持つようになったのである。以降パイロット・ウォッチは、マークⅩⅥ、ⅩⅦへと進化を遂げた。大きな違いはサイズと、外装の質感向上である。とりわけ2012年に発表されたマークⅩⅦは、より精緻に加工されたケースと、微調整可能なバックルを持つようになった。

 今や、IWCのパイロット・ウォッチは、その出自を感じさせないほど「洗練された時計」へと進化した。しかしながら、2ピースケースや超耐磁性といった特徴は、マーク11の時代からなにひとつ変わっていない。なるほど、IWCのパイロット・ウォッチが大きな成功を収めたはずである。