Tank Louis Cartier XL Extra-flat
高級時計の手法を盛り込んだ現代の〝タンクLC〟[2012]
XL エクストラフラット
2012年初出。タンク ルイ カルティエの特徴を受け継ぎながらも、より抑揚を強調した造形を持つ。とりわけ風防の上下を固定するケースは、かつての非防水モデルを思わせるほど細い。ケースの加工も良く、鏡面の歪みはほとんどない。オリジナルの良さを巧みに翻訳したタンクの傑作だ。手巻き(Cal.430MC)。18石。2万1600振動/時。パワーリザーブ約40時間。18KPG(縦40.4×横34.92、厚さ5.1mm)。日常生活防水。161万円。
1919年に商品化されたタンクは、多様な派生モデルを増やした。中でも成功を収めたのが、24年(デザインは22年)に発表された、タンクLCこと「タンク ルイ カルティエ」だろう。当時、角を丸くしたタンクと呼ばれていたこのモデルは、1950年代以降、タンク ノーマルを凌ぐ人気を得た。現在タンクと聞いてすぐ連想できるのは、スクエアなタンク ノーマルではなく、ケースサイドの角を落とし、やや長体に直されたタンク ルイ カルティエである。
その直近のサンプルが、2012年に発表された「タンク ルイ カルティエ XL エクストラフラット」である。これもタンク ルイ カルティエの特徴を引き継ぎつつも、現代的な解釈が施された時計である。
オリジナルモデルとの最大の相違は、ケースサイズ。併せてケースサイドも、1970年代のルイ カルティエ自動巻きを思わせる程度には広げられている。文字盤にも変更が加えられた。ホワイトラッカー、またはギョーシェ仕上げが標準であった文字盤は、やや表面を荒らしたシルバー グレイン仕上げに改められた。おそらく、大きな文字盤にツヤを持たせると、目立ちすぎるという判断があったのだろう。またインデックスも、同じ帝政様式ながら、幅広から長体に改められた。
しかしながら、その造形は見事なまでにタンク ルイ カルティエである。とりわけケースの、風防の上下を固定する箇所は、往年のタンクを思わせるほど細身だ。サイズもディテールも異なる新旧のタンク ルイ カルティエ。しかし側面と上下の対比を際立たせた造形は、XLにおいてむしろ一層強調された。
時代の要請に応じて、形を変えつつ進化してきたタンク。カルティエ デザインチームの力量もさることながら、オリジナルの造形が今なお進化に耐えることこそ、最も驚くべきなのかもしれない。
アイコンの誕生
黎明期のウォッチデザインからタンクまで
1919年に登場したタンクは、アールデコ風の、幾何学的な意匠に特徴があった。しかしこの時計が成功を収めた理由は、明快なデザインだけには限らない。1911年に商品化されたサントスに始まるカルティエの長い試行錯誤は、タンクの造形に、非凡な完成度を与えることになったのである。
19世紀後半以降、カルティエは多様なデザインを貪欲に吸収した。エジプト風、ロシア風、中国風、日本風にイスラム風。当時カルティエを率いていたルイ・カルティエは、アールヌーヴォーには冷淡だったといわれるが、新しい芸術運動であった「アールデコ」にはシンパシーを示した。加えて、彼の下でカルティエのデザインを行ったシャルル・ジャコーは、いっそうアールデコ的、より正しく言うとバレエ・リュスで使われた幾何学模様の影響下にあったのである。
タンクのデザインが誰によってなされたのかは、はっきり分かっていない。しかしフランコ・コローニは大著『カルティエ 伝説の時計タンク』の中でこう推測する。「実際、彼(ルイ・カルティエ)のデザイナーでもっとも天才的だったシャルル・ジャコーの多大な協力を得ながら、ルイ・カルティエが、当時の幾何学的なフォルムという規範の決定において、根本的な役割を果たしたことは間違いない」。おそらくは、これが正解だろう。
シャルル・ジャコーがカルティエに加わったのは1909年のことである。彼は40年代後半まで活躍したが、その才能が発揮されたのは、理解者であったルイ・カルティエの生存中のみであったと言われている。加えてルイ・カルティエが20年代後半には時計作りに興味を失った(とフランコ・コローニは記している)と考えれば、ルイ・カルティエとジャコーの才能が時計として具現化したのは、わずか10数年のことでしかなかった。しかし彼らには、それで十分だったに違いない。この時期に、カルティエは数多の傑作を作り上げたのだから。その代表作は、言うまでもなくタンクだ。監修者はルイ・カルティエだが、タンクの造形を仔細に見ていくと「できるだけ軽やかに」をモットーとした、ジャコーのタッチが感じられる。