オメガに留まらず、しばしば機械式クロノグラフのアイコンとさえ称されるオメガの「スピードマスター」。日本でも多く刊行された専門書籍やファンサイトを見れば、その変遷や詳細を知ることは難しくない。しかしオメガが一貫して、このコレクションに市民権を与えようと努めてきたことは、ほとんど見落とされてきた事実だ。ではオメガというメーカーは、スピードマスターに何を盛り込もうとしたのか?

広田雅将:取材・文 吉江正倫:写真
[連載第23回/クロノス日本版 2014年9月号初出]


SPEEDMASTER [CK2915]
カルト人気の頂点に立つファーストモデル

スピードマスター

スピードマスター[Ref.CK2915]
1957年に製造が始まった第1作。開発にはシーマスター300とレイルマスターの開発チームが携わった。当時のカタログによると、パワーリザーブは約36時間しかない。手巻き(Cal.321)。17石。1万8000振動/時。SS(直径39mm)。200フィート防水。参考商品。撮影協力:ケアーズ☎03-3635-7667

 今やオメガのアイコンとなったスピードマスター。そのファーストモデルがCK2915である。製造開始は1957年の1月。翌年には店頭に並んだ(いずれも異説あり)。以降どういったモデルが存在し、ディテールにどういった違いがあったかについては、今さら紙幅を割く必要はないだろう。ここで改めて考えたいのは、オメガはスピードマスターに何を盛り込みたかったのかである。

 スピードマスターの製造が開始された同年、オメガは当時最高の防水性能を持つ「シーマスター300」を発表している。この時計が200mの防水性を誇った理由は、金属製のテンションリングにあった。プラスチック製の風防は水圧で変形して水漏れを起こしてしまう。しかしリングを入れることで、風防の変形は抑えられ、ケースの気密性は保たれる。

 オメガはこのアイデアを気に入ったよう で、他のモデルにも転用しようと考えた。その先駆けが「レイルマスター」と「スピードマスター」であった。オメガはシーマスター譲りの気密性を、耐磁時計やクロノグラフにも持たせようとしたのである。

 なおレイルマスターとスピードマスターの開発に携わったのが、シーマスター300のチームであった。そう考えれば、両者がシーマスター譲りの防水性能に加えて、ムーブメントを保持するインナーケースを備えたことが、偶然でないと分かる。

 シーマスターの派生モデル、そしてレイルマスターの兄弟機として生まれた初代スピードマスター。発表当時、オメガが想定していた顧客はスポーツカーのドライバー、航空会社の機長、航法士、エンジニア、科学研究者などであった。しかしケースの高い気密性と耐衝撃性は、やがてこの時計を月面にまで連れて行くことになる。

スピードマスター

(左上)ファーストモデルの大きな特徴であるSS製のベゼル。またリュウズの形状も、現行モデルとは異なる。(右上)イタリア製スポーツカーのクロックに範を取った文字盤。下地を黒にし、夜光インデックスを載せる手法は、当時ポピュラーなものであった。しかし下地を荒らして、白とのコントラストを強調した点が、他のクロノグラフとの違いである。荒らした理由は、おそらく強い太陽光を受けても文字盤を反射させないためだろう。シーマスター300とレイルマスターの開発チームが携わっているだけあって、針の造形など共通点は多い。(中)1960年代に入るまで、オメガはこういった簡潔なケースをスポーツモデルに与えてきた。生産性を考慮したためだろう。(左下)ケースバック。写真9時方向に見える「SPEEDMASTER」の刻印に注目。裏蓋に刻印がないものをフェイクとする意見や、CK2915-1~CK2915-3で、各々の仕上げが異なるという意見もある。しかし当時のオメガは、ケースの製造をセントラル・ボワテ社か、ユゲニン・フレール社に委託していた。複数のサプライヤーを併用していたと考えればバリエーション違いは当然だ。ブレスレットはシーマスター300から流用したセミエクステンション。(右下)角を落としたケースサイド。後年のモデルに比べて造形は平板だ。