原点へと立ち返るカレラコレクションの現在
2010年発表のカレラ 1887で、いよいよ原点に回帰したカレラ。以降自社製ムーブメントの拡充とともに、カレラは急速にバリエーションを増やしていくことになる。
「カレラ マイクロガーダー」のデザインを踏襲したモデル。かなりスポーティだが、カレラのデザインコードは守っている。自動巻き(Cal.1887)。39石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約50時間。SS×Ti(直径45mm)。10気圧防水。参考商品。
カレラデザインの本質を最も理解していたのは、元名誉会長のジャック・ホイヤーと、彼と共同でカレラの復活に取り組んだジャン・クリストフ・ババン(2000年から13年6月まで同社CEO)だろう。「1963年の時点で、ホイヤーは大変スポーティな時計を作っていた。しかしカレラは会社にとってターニングポイントとなった。というのも、エレガントで時間の読みやすい時計を作ることが狙いだったからだ」(ババン)。
もっとも、エレガントで時間の読みやすい時計を作るのは、決して容易ではなかった。その試行錯誤を振り返ってみよう。2010年のバーゼルワールドで発表されたタグ・ホイヤー カレラ 1887クロノグラフのプロトタイプは、ベゼルの上にタキメーターがあった。しかし製品版ではタキメーターが省かれ、ベゼルは細身になった。その後さらにデザインは改良され、フランジにタキメーターが入るようになったのである。
2回のマイナーチェンジを経た現行モデル。オリジナルのカレラを思わせるデザインだが、フランジにタキメーターが与えられたほか、ふたつのインダイアルにもフランジが加わった。スペックは中央のモデルと同じ。SS(直径41mm)。47万円。
カレラ50周年時に発表されたモデル。極端に絞ったインデックスやベゼルが示すとおり、ビジネスウォッチとしての性格を強く打ち出している。自動巻き(Cal.8)。23石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約42時間。SS(直径41mm)。10気圧防水。43万円。
タグ・ホイヤーの専門サイト「キャリバー11」のデヴィッド・チャルマーは、ババンに対して、なぜデザインが二度も変わったのか、と率直に尋ねている。
「(最初のプロトタイプを発表した後)多くの好意的な評価を得た。しかし一部の販売店は、既存のカレラ タキメーターに似ている、とりわけベゼルのデザインはそうだと指摘した。彼らは消費者が、タグ・ホイヤー カレラ 1887 クロノグラフと、キャリバー16を載せたカレラを区別できないだろうと考えた。そこで私たちはその場で、タキメーターをベゼルの上ではなくフランジの上に移す決定を下した。そして目立つよう、ベゼルをより細く絞った。もちろんそれは一夜でできることではない。ただベゼルを細くすることはすぐにでも可能だった」(ババン)
2014年にリモデルされた3針時計。ベゼルや針、インデックスがいっそう細くなった結果、よりドレスウォッチに近くなった。自動巻き(Cal.5)。25石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約38時間。SS(直径41mm)。10気圧防水。30万円。
ここ数年、外装の精査に努めるタグ・ホイヤー。このモデルも例外ではなく、ブレスレットのガタは小さくなり、インデックスの仕上げには、虹引きのダイヤカットが採用された。質感は良好だ。基本スペックは上記のモデルと同じ。SS(直径39mm)。25万5000円。
こうして完成したのが、タキメーターを省いた製品版第1号である。ただ「大変エレガントなクロノグラフが、より細くなったベゼルが文字盤の開口部を広げたことにより、いっそうエレガントになった」(ババン)。その後フランジにタキメーターが加えられて、カレラ1887のデザインはようやく完成したといえるだろう。結果に満足したババンは「タキメーターがベゼルの内側にあるのが、タグ・ホイヤー製クロノグラフの特徴だ」とチャルマーに述べている。
2013年初出。「キャリバー16 デイデイト」のデザインを踏襲したモデル。キャリバー1887搭載機としては珍しく、ベゼル上にタキメーター表示を持つ。自動巻き(Cal.1887)。39石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約50時間。SS×Ti(直径43mm)。10気圧防水。52万5000円。
2010年の時点でカレラは、キャリバー1887を搭載したエレガントなラインと、キャリバー16を載せたスポーティなラインに分かれた。前者にドレッシーなモデルが増えたのは、ババンのカレラに対する認識を考えれば当然だろう。では一方で、なぜタキメーターをベゼルに刻んだ、〝スポーティなカレラ1887〟が追加されたのか。その要因は外的なものであった。本誌でも記してきたように、ETAはグループ外へのムーブメント供給を削減している。そしてタグ・ホイヤーにとってなお痛手となったのが、テンワとヒゲゼンマイ、そして脱進機を含めたアソートメントの供給が、年に5%ずつ削減されるという取り決めだった。長年タグ・ホイヤーはETA最大の顧客であり、キャリバー7750(タグ・ホイヤー名キャリバー16)を大量に購入していた。しかしETA問題が起こったため、タグ・ホイヤーはキャリバー16を載せていたモデルを1887に置き換えざるを得なくなった。ベゼルにタキメーターを刻んだ〝スポーティなタグ・ホイヤー カレラ 1887 クロノグラフ〟が生まれた理由である。
2回のマイナーチェンジを経た現行モデル。オリジナルのカレラを思わせるデザインだが、フランジにタキメーターが与えられたほか、ふたつのインダイアルにもフランジが加わった。スペックは中央のモデルと同じ。SS(直径41mm)。47万円。
マクラーレンがF1で初優勝を収めてから40周年。それを記念したのが本作である。外装の見直しを図るタグ・ホイヤーらしく、文字盤には表面を荒らしたオパーリン仕上げが採用された。実物は未見だが、質感はかなり高いだろう。基本スペックは中央と同じ。SS×Ti(直径43mm)。57万円。
ただしタグ・ホイヤーのデザインチームは、かつての試行錯誤を真似しようとは考えなかった。注意深く見ると、すべてのモデルにはカレラのデザインコードが貫かれているし、だからこそカレラは、デザインの豊富さにもかかわらず、再びタグ・ホイヤーのアイコンに返り咲いたのである。