1965年の“150mダイバー”に始まったセイコーダイバーの歴史。当初、その歩みはささやかだったが、10年後に発表された“600mダイバー”は、後に制定される国際規格に影響を与えるに至った。ダイバーズウォッチの歴史を一新したセイコーの飽和潜水用腕時計。その進化を、マイルストーンとともに振り返ってみたい。

広田雅将:取材・文 吉江正倫:写真
[連載第30回/クロノス日本版 2015年11月号初出]


Mechanical Diver Professional 600m [1975]
飽和潜水に対応した〝外胴ダイバー〟の始祖

メカニカルダイバー プロフェッショナル 600m Ref.6159-022
セイコー初の飽和潜水対応ダイバーズウォッチ。世界で初めて量産ダイバーズウォッチのケースに、チタンを用いたことでも知られる。性能を高めるため、23もの特許が盛り込まれた。自動巻き(Cal.6159)。25石。3万6000振動/時。Ti×セラミックコーティングチタン。600m防水。発売時の価格は8万9000円。

 ISOのダイバーズウォッチ規格に大きな影響を与えたセイコーのダイバーズウオッチ規格。その方向性を定めたのが、1975年6月に発売された〝600mダイバー〟こと「ダイバー・プロフェッショナル」であった。このモデルに先立つこと8年、セイコーは300mの防水性能を持つ通称〝300mダイバー〟(6215-010)をリリース、翌年には3万6000振動/時までハイビート化した6159-010/011に進化した。気密性の高いワンピースケースと、硬化処理を施した無機ガラス=ハードレックスを備えたこのモデルは、諏訪精工舎渾身のダイバーズウォッチであった。

 しかし、あるプロダイバーからの手紙が、より高性能なダイバーズウォッチの開発を急がせることになる。「空気潜水を前提としたダイバーズウォッチでは、高圧ヘリウムガスを呼吸気体として用いる飽和潜水システムには耐えられない」。1973年、服部時計店と諏訪精工舎は飽和潜水に耐える新しいダイバーズウォッチの開発をスタート。そして75年に600mダイバーを完成させたのである。

 ワンピースケースや搭載する自動巻きムーブメントは300mダイバーと同じ。しかしケース素材が純チタンに変更されたほか、パッキンの材質も、浸透漏れと設面漏れの双方を起こしにくい、イソブチレンイソプレンラバー製のL字形となった。また水中で溶接作業を行うこともあるという要望を受けて、ムーブメントには対磁性能が与えられた。加えて頑強さを高めるため、このモデルには、表面にセラミックを溶射した、純チタン製の外胴が与えられている。1975年から78年までに製造された600mダイバーは、約7500本に過ぎない。しかしその際立った完成度は、やがてダイバーズウォッチの基準そのものを変えることになってゆくのだ。

(左上)600mダイバーの企画とデザインを担当したのは、グランドセイコーやセイコーファイブのデザインを手がけた田中太郎氏である。彼が留意したのは、視認性を極限まで高めることだった。そのため文字盤にはツヤ消しの黒を、夜光塗料には新規開発した白色自発光塗料(NBW)を採用した。またコントラストを高めるため、針はすべて筋目仕上げとされた。(右上)防水性を高める鍵が、新規設計されたツインシールド式のねじリュウズ。径方向と軸方向に圧力をかける仕組みにより、防水パッキンの変形を最小限に抑えている。(中)純チタンケースをカバーするのが、セラミックコーティングされた純チタン製の外胴。プラズマ状態の被膜を積層させる、プラズマ溶射方式で施されたもの。なお初代モデルは、外胴の固定ネジもチタン製であった。(左下)チタンケースの製造は天龍工業(現セイコーエプソン)。当時はチタンの加工が難しく、現場では切削粉が火を噴いて燃えていたというエピソードも残る。(右下)切り欠き部分以外を外胴で覆う構造は、ベゼルの不用意な回転を防ぐため。加えてベゼルのパッキンに自己潤滑性のある素材を使用することで、安定した回転を得た。なお、回転ベゼルの表示板は衝撃による破損を防ぐため、樹脂製を採用。