天才時計師フランク・ミュラー。彼の名を世界に轟かせるきっかけとなったのは、卓越したトゥールビヨン以上に、独創的な形状を持つトノウ・カーベックスケースだった。この複雑なケースをステンレスで量産するという野心的なアイデアは、やがて「カサブランカ」として実を結ぶことになる。

広田雅将(本誌):取材・文 吉江正倫:写真
[連載第35回/クロノス日本版 2016年9月号初出]


CASABLANCA 5850 1st Generation Model
ブランド黎明期を飾ったロングセラーの嚆矢

カサブランカ 5850
1994年初出。当初は写真の5850ケースと、ひと回り小さな2852ケースでリリースされた。写真の個体は、第1世代でも初期型に区分されるもの。後のラウンド形ではなく、ストラップメーカー既存のフラットバックルを持つ。自動巻き(ETA2892A2)。21石。2万8800振動/時。SS(縦45×横32mm)。3気圧防水。個人蔵。

 1994年発表の「カサブランカ」は、あらゆる意味で画期的な時計だった。独創的な形状のステンレス製ケース(当時この形状をステンレスで成形することは不可能と考えられていた)に経年変化を楽しめる文字盤の組み合わせ。そして価格を下げるため、あえて汎用自動巻きを搭載するという潔さ。このモデルに先立つこと2年前、フランク ミュラーは一部モデルの量産化に取り組んでいた。しかし〝数〟を意識したのは、カサブランカ以降であった。

 果たせるかな、この野心的な試みは一部の愛好家のみならず、それ以外の層にも広く訴求するに至った。仮にカサブランカがなくとも、時計師フランク・ミュラーは歴史に名前を残しただろう。しかしこのモデルを欠いて、彼が成功を収めたとは考えにくい。

 もっともカサブランカが大ヒットを遂げた理由は、実物を触るとおのずと理解できる。鏡面仕上げのケースにはほぼ歪みがなく、リュウズのガタも皆無だ。ラッカー仕上げの文字盤もアンティークウォッチのような繊細さを湛えている。現在の時計メーカーが盛り込もうとするこういった要素を、フランク ミュラーは20年前に実現していたのである。

 なお、当初フランク・ミュラーはカサブランカの開発には乗り気でなかったという。しかし、やがて彼は、情熱をもってこのプロジェクトに取り組むことになる。一例がストラップだ。ミュラーは、当時どのメーカーも手掛けていなかったヴィンテージ風のカーフストラップを望んだ。対してサプライヤーのJ.C.ペランは彼の情熱を汲んで、手縫いのストラップを製作した。コストを考えれば割に合わない。しかしフランク・ミュラーは量産品にさえ、特別であることを望んだのである。

 今もって、驚くべき存在である初代カサブランカ。その非凡な完成度は、原形を保った写真の個体を見ればいわずもがなである。

(左上)カサブランカの特徴である、ツヤを落としたラッカー仕上げの文字盤。後にフランク ミュラーはメッキで仕上げ、その上に厚くラッカーを吹いた文字盤を好むようになる。しかしカサブランカでは、あえて表面保護のクリアが省かれた(極めて薄く吹かれている、という説もある)。理由は、意図的に経年変化を起こさせるため。なお第1世代カサブランカの特徴は、小ぶりなビザン数字。第2世代以降、インデックスは徐々に拡大していった。(右上)カサブランカの特徴が、大きく湾曲した文字盤と針。長針の先端は、インデックスの3と9の外周に完全に重なっている。(中)94年初出の5850ケース。2852ケースに比べてひと回り大きくなったほか、リュウズの位置も少し上がっている。面白いのはストラップの取り付け位置。ケースの上面と面一にすべく、かなり高い位置で固定されている。(左下)初期フランクが成功を収めた一因は、丁寧な作りの文字盤にあった。インデックスには夜光塗料が立体的に盛られている。第1世代で使われたのはトリチウム。第2世代以降はスーパールミノヴァに改められた。「CASABLANCA」の印字も同様に立体的である。(右下)1995年頃以降、フランク ミュラーの各モデルは、バックケースに「Master of Complications」の刻印を入れるようになった。