パルミジャーニ・フルリエの第1作となったトリック。貝殻の模様に着想を得たベゼル上のモルタージュ仕上げはやがて同社のアイコンへと成長を遂げた。2017年、そのトリックが基幹コレクションとして復活。ユニークさと高い拡張性を持つそのデザインは、いよいよパルミジャーニ・フルリエに飛躍をもたらそうとしている。

トリック

吉江正倫、三田村優:写真
広田雅将(本誌):取材・文
[連載第42回/クロノス日本版 2017年11月号初出]


TORIC MEMORY TIME
ブランドの黎明期を飾ったファーストトリック

トリック メモリータイム

トリック メモリータイム
1996年初出。量産品として、ミシェル・パルミジャーニが初めて手掛けたモデルである。12時位置に設けられた小窓は、第2時間帯表示。自動巻き(Cal.132、レマニア8813ベース)。28石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約40時間。Pt(直径36mm)。パルミジャーニ・フルリエ所蔵。

 古典時計の修復からキャリアを始めたミシェル・パルミジャーニ。彼に時計ブランドを作ろうという刺激を与えたのは、実はショパールだった。同社は自社製ムーブメントの基本設計をパルミジャーニに依頼。本人は明言しないものの、フルリエに工場を設けるというショパールの試みが、彼の地に時計作りを再興せんとする氏を強く刺激したことは想像に難くない。

 第1作としてリリースされたのは、薄型2針の「トリック」であった。名称の由来は、古代ギリシャ建築などに見られる重ねた円環状の柱。パルミジャーニは、ベゼルに施したモルタージュ装飾(ローレット加工)を柱の模様に見立てたのである。

 1980年代から90年代後半までのデザイントレンドとは、文字盤を小さくし、ケースサイドを膨らませるというものだった。その場合、どうしてもケースが間延びしてしまう。対してパルミジャーニは、ケース全体を立体的にすることで、冗長さを解消するだけでなく、薄型時計らしからぬ造形を与えた。とりわけ、二重に施されたモルタージュ装飾は、トリックの幅広いベゼルを、むしろデザイン上のアクセントに変えたのである。

 搭載するのはレマニア製の8813。後に「自社製ムーブメントがなかったのでやむなく選んだ」と述べているが、90年代当時、この自動巻きに比肩するエボーシュは、同様にパルミジャーニが好んだフレデリック・ピゲしかなかった。パルミジャーニはこのエボーシュに第一級の装飾を与えることで、量産品とはまったく異なる魅力を与えたのである。

 正直、この初期モデルの仕上がりは、復活を遂げた現行トリックには及ばない。しかしパルミジャーニが、初めて手掛けたトリック メモリータイムには、彼の持つ第一級の審美眼が余すところなく反映されている。

トリック メモリータイム

(左)手作業で仕上げられたギヨシェ文字盤。立体的な針の質感も極めて高い。(右)幅広いベゼルには、ゴドロン装飾とモルタージュ装飾が施される。パルミジャーニ曰く、つやのある部分がゴドロン、つや消しで切り込んだ部分がモルタージュとのこと。当時、ほぼ失われていた手法を、パルミジャーニはベゼルの装飾に採用した。

トリック メモリータイム

ケースは標準的な3ピースケース。パルミジャーニはベゼルとミドルケースをステップ状に成形することで、この薄型時計に巧みな立体感を盛り込んだ。またステップ状のケースと、ベゼルのモルタージュにより、ケースの厚みが増しても間延びしにくい。貝殻にインスピレーションを得たというトリックの造形は、20年後の今なお秀逸だ。

トリック メモリータイム

(左)傑作、レマニア8810(ロンジン990)の派生機が、2針の8813。トリック メモリータイムは、この上に第2時間帯の表示機能を加えたムーブメントを持つ。当時としても一線級のムーブメントではなかったが、18Kゴールド製の精緻なローターや、浅いジュネーブ仕上げが示す通り、仕上げは素晴らしいものだ。(右)高級機の証しが別付けのラグである。円盤状に加工したミドルケースに対して、垂直にロウ付けされている。なお以降のトリックは、同様の造形を持ちながら、ラグの長さなどがわずかに変わっている。