ブランパン/フィフティ ファゾムス

今やブランパンの基幹コレクションとなったフィフティ ファゾムス。フランス海軍と共同開発されたプロフェッショナル向けのダイバーズウォッチは半世紀以上を経て、高級ダイバーズの代表作と言われるまでに成長を遂げた。その豊かな歩みを振り返ってみたい。

吉江正倫:写真
広田雅将(本誌):取材・文
[連載第44回/クロノス日本版 2018年3月号初出]

FIFTY FATHOMS[1953]
現代的ダイバーズウォッチの原点

フィフティ ファゾムス

フィフティ ファゾムス
1953年にリリースされた現代的ダイバーズウォッチの祖。黒文字盤、大きなケース、そして極めて大きな夜光表示は、開発に協力したボブ・マルビエ大尉の提案によるものだ。自動巻き。17石。1万8000振動/時(編集部調べ)。SS(直径42mm)。約100m防水。参考商品。

 ダイバーズウォッチの祖が何かという命題は、愛好家たちにとっては魅力的な話題だ。機構に関して言うと、原型を作ったひとつは、間違いなくブランパンの「フィフティ ファゾムス」だった。少なくとも、耐磁性とロック付きの回転ベゼルは、この時計が初めて採用したものだ。

 開発者は、1950年にブランパンのCEOとなった、ジャン-ジャック・フィスター。ダイビングに熱中する彼は、フランスでのダイビング中に潜水時間を忘れて遭難しかかった。そこで彼は、深海でも時間の読み取れるダイバーズウォッチを作ろうと考えた。

 信頼性が高く、頑強で、見やすいダイバーズウォッチを作ろうとしたフィスターには、幸いにも優れた協力者がいた。隣人のジャン・パウリは、50年代当時、パイロットウォッチ向けのケースの開発に取り組んでいた。フィスターとパウリは防水ケースに関する意見を交換し合い、このダイバーズウォッチに新しい試みを盛り込んだ。

 そのひとつが、ダブルシールのリュウズである。リュウズが不用意に引き出されても防水性能を確保すべく、リュウズのチューブには二重のOリングが設けられた。また潜水時間をすぐに目視できるよう、ベゼルは回転式となった。加えて不用意に動かないよう、誤作動防止のロック機構が加えられ、押した状態でないとベゼルは回らなかった。

 新しい潜水時計を探していたフランス海軍のダイバー、ロベール・マルビエ大尉とクロード・リフォ中尉もこのダイバーズウォッチの開発に参画した。フィスターから提供された20本のプロトタイプをテストした彼らは、その卓越した性能を見て、直ちにこのダイバーズウォッチの採用を決定した。そして高名なダイバーであるジャック=イヴ・クストーも、本作を映画「沈黙の世界」(56年)の撮影に使用。名声はたちまち広まることとなった。

フィフティ ファゾムス

(右上)フィフティ ファゾムスを特徴付ける、プレキシガラス製の回転ベゼル。裏側からは夜光塗料が裏打ちされ、暗所や深海での視認性を確保している。また、誤作動を防止するため、回転ベゼルは押さえ付けた状態でないと回転しない。このモデルが採用したいくつかの機構は、後のダイバーズウォッチ規格に大きな影響を与えた。(左上)マルビエの提案により採用された黒文字盤。なお“ROTOMATIC”と“INCABLOC”表記があるのは、53年に発表されたファーストモデルのみである。典型的なダイバーズウォッチの文字盤だが、ロゴはエンボス仕上げである。56年の「バチスカーフ」を含め、ブランパンはエンボス仕上げを好んだ。理由は強い衝撃でインデックスが外れることを嫌ったためか。(中)ケースサイド。裏蓋が厚いのは、自動巻きと、軟鉄製の耐磁ケースを内蔵したため。この組み合わせは、以降のフィフティ ファゾムスに共通する特徴となる。(右下)生産性の高い形状を持つケース。フィスターは、このダイバーズウォッチに細やかな配慮を加えた。一例が、角の立たない小径のリュウズ。ダイバースーツや潜水器具に引っかかっても不用意に引き出されないよう、あえて小さなものが選ばれた。なおこの個体は、リュウズを含めてすべてオリジナルである。(左下)高い防水性を与えた、2ピースに分割された裏蓋。中蓋をはめ込んだ後、周囲のリングをねじ込んで固定する。この方式によると、Oリングがねじれて防水性を落とす心配はない。またOリングは極めて分厚いものが採用された。