パテック フィリップの古典となったゴールデン・エリプス。確かに、黄金分割のケースデザインはアイコンたるに相応しい。また、ユニークなブルーゴールド文字盤も、語るべきストーリーに満ちている。しかしこのモデルで最も重要なのは、このモデルが量産されたことにある。1960年代当時、生産は不可能と思われたオーバル型のケース。同社はいかにして、このケースを完成させ、進化させたのだろうか?
広田雅将(本誌):取材・文 Text by Masayuki Hirota(Chronos-Japan)
Sppecial Thanks to PHILLIPS, ZENMAIWORKS, LUXURYDAYS
[クロノス日本版 2021年5月号 掲載]
GOLDEN ELLIPSE[Ref.3748]
1970年代に製造された手巻きの第2世代
1974年にリリースされたRef.3748は、ゴールデン・エリプス躍進の立役者と言える。この個体は、特徴的なブルーゴールドの文字盤に、18KWGケースという、典型的なデザインを持つ。手巻き(Cal.215)。18石。18KWG(縦32×横27mm)。非防水。参考商品。
かつてないデザインを持つゴールデン・エリプスは、完成までにさまざまな紆余曲折があった。先述したとおり、発表当初の「3548」は4つの部品からなる4ピースケースを持っていた。しかし、部品が増えるほど、生産性と気密性は悪くなる。おそらくはそれが理由で、パテック フィリップはケース構造の見直しを図った。数年後に、3548は3ピースケースに進化し、続いて、同じケース構成を持つ「3648」が追加された。ただし、すべてのモデルが3ピースとなったわけではない。
これらのモデルが搭載していたのは、手巻きの23-300だった。1956年にリリースされた本作は、極薄とは言えないものの、薄型で高精度なムーブメントだった。その証拠に、自動巻きの傑作と言われる27-460Mのベースが23-300である。しかし、27-460Mが生産中止になると、このムーブメントの存在意義は失われてしまった。
そこでパテック フィリップは、薄さに特化した手巻きの開発を急いだ。74年に完成したのが、厚さ2.15mmのキャリバー215である。この時期の同社が薄さに傾倒したのは、後に発表された厚さ2.4mmの自動巻きに、240という名称を与えたことでも明らかだ。
さておき、この新しいムーブメントは、スリムなケースを持つゴールデン・エリプスにはうってつけだった。74年、パテック フィリップは、手巻きの215を搭載した新しいゴールデン・エリプスの「3748」を発表。ケースは3548に同じだったが、高振動で長いパワーリザーブを持つ215は、ゴールデン・エリプスに好ましい実用性をもたらした。
現在、多くの愛好家が注目するのは、28-255 Cを載せた通称〝ジャンボ〞である。しかし、筆者の好みは、よりシンプルで小径な本作だ。その際立ったバランスは、初出から半世紀近く経っても、まったく色あせない。
GOLDEN ELLIPSE[Ref.5738]
〝ジャンボ〟ケースの意匠を継ぐ現行RGモデル
2008年発表の現行モデル。18年に追加された18KRGケースの本作は、エボニーブラック・ソレイユ文字盤を持つ。自動巻き(Cal.240)。27石。2万1600振動/時。パワーリザーブ約48時間。18KRG(縦39.5×横34.5mm、厚さ5.9mm)。3気圧防水。391万6000円(税込み)。
1990年代に入ると、パテック フィリップは若い世代を意識するようになった。その先駆けとなったのが、91年にリリースされた「カラトラバ 5000」である。これはパテック フィリップとしては珍しい、黒とピンクの文字盤を持つモデルだった。以降、5000系のリファレンスは、モダンなデザインや大ぶりなケースを意味するようになる。
ゴールデン・エリプスに5000系のリファレンスが与えられたのは97年のこと。アラビア数字のインデックスと黒文字盤を持つ「5028」は、明らかに違った方向性を持っていた。そして、2008年にはケースサイズを縦39.5×横34.5mmに拡大した「5738」が追加された。ケース構造は、77年の「3738」に同じ2ピース。ムーブメントも同じ240である。しかし、ケースが広げられた結果、その印象は大きく変わった。
ブルーゴールドの文字盤が象徴するように、ゴールデン・エリプスの魅力のひとつは、極端に簡潔ながらも、凝った文字盤にある。しかし、近年のモデルは、ケースの仕上げがさらに向上し、時計としての完成度がさらに増した。大きな違いは、面の歪みである。ケースの作り方は、他社もパテック フィリップも同じ。しかし同社は、ケースを仕上げるときのバフを弱く当てると説明する。その結果、ケースの鏡面の歪みはいっそう小さくなり、他社にはない質感を持つようになった。長年ケースを自製してきたノウハウの結晶だろう。
黄金比に従ったケースデザインを量産化する中で、パテック フィリップはケース製造のノウハウを蓄積するようになった。となれば、最新版のゴールデン・エリプスが、際立って優れたケースを持つのも合点がいく。これは決して、人目を引くような時計ではない。しかし、非凡なデザインと仕上げを持つ本作は、間違いなくアイコニックピースである。
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