記憶に残るデザインをアイコニックと称するなら、頂点は昔から不変である。それがカルティエの作り出した、アシメトリックなケースの時計たちだ。1920年代という腕時計の黎明期、カルティエは異形ケースの製造に取り組み、やがて傑作タンクにもアシメトリックな造形を与えた。なぜカルティエのみが、非対称のケースに挑めたのか。それをひもとくのが、ジュエラーとしてのカルティエの歩みだ。
広田雅将(本誌):取材・文 Text by Masayuki Hirota (Chronos-Japan)
[クロノス日本版 2021年7月号 掲載記事]
TANK ASYMÉTRIQUE
左右非対称の意匠を持つ菱形のタンク
カルティエ プリヴェの4作目が、2020年に発表されたタンク アシメトリック。1936年モデルのデザインに範を取りつつも、実用性を盛り込んでいる。手巻き(Cal.1917 MC)。19石。2万1600振動/時。パワーリザーブ約38時間。18KYG(縦47.15×横26.2mm)。3気圧防水。世界限定100本。302万7600円(税込み)。
クロシュ同様、カルティエは「タンク アシメトリック」のリバイバルを何度か行った。最も知られているのは、1996年の手巻きモデル。このモデルが搭載していたのはピアジェの9Pで、ケースは非防水だった。
その後、年のコレクション プリヴェ カルティエ パリ(CPCP)で、カルティエはタンクアシメトリックに現代的な性能を与えることに成功した。ムーブメントは新設計の430Pに置き換わり、ケースはようやく防水になったのである。余談になるが、カルティエが、過去の傑作を復刻したCPCPを発表できた理由は、新しい430Pを使えるようになったためだった。これは以前の9Pに比べて頑強な上、パワーリザーブも長かった。
その最新作にあたるのが、2020年のタンク アシメトリックだ。クロシュ同様、デザインはモダナイズされたが、その一方で、カルティエはオリジナルに近づける改良も加えた。それが、上下のベゼルである。防水性能を考えずによかった往年のタンク(アシメトリック含む)は、風防を固定する上下のベゼルが極端に細かった。カルティエ・ロンドンやニューヨークは、差別化のため一部モデルのベゼルを太らせたが、パリデザインの特徴は、上下のベゼルの細さにあった。最新のアシメトリックは、他のモデル同様のm防水。しかし往年のモデル同様に、ベゼルを絞った造形を与えている。これは、新しい「タンク マスト」も同様だ。ムーブメントも実用的なものに進化した。カルティエは詳細を明かさないが、搭載する1917MCは、ジャガー・ルクルトの傑作846を改良したものだ。2番車が中心にあるため、時刻合わせの際に針飛びが起きず、拡大されたテンワが携帯精度も改善した。現代のタンクアシメトリックは、往年のデザインを用いながらも、十分に使える時計となったのだ。
CRASH
偶然が生んだ非対称モチーフの真骨頂
2015年に発表されたクラッシュが引き金となり、カルティエは往年のモデルのリバイバルを本格化させた。手巻き(Cal.8970 MC)。18石。2万1600振動/時。パワーリザーブ約48時間。18KWG(縦38.45×横25.5mm)。150個のダイヤモンド。非防水。参考価格957万円。
1972年にロベール・オックとアラン・ドミニク・ペランらが、カルティエの経営権を手に入れて以降、同社はほぼ外注で時計を製造していた。しかし2010年に完成したカルティエの新工房は、かつて同社に課せられていた制約から、そのクリエーションを解き放つこととなった。具体的には、好きな造形をそのまま形にできるようになったのである。その萌芽は、第1作となった「カリブル ドゥ カルティエ」に見て取れる。後に標準的な3ピースケースに改められたものの、発表当初のこのモデルは、5つの部品からなる極めて複雑なケースを持っていた。
最初期型の「クラッシュ」はおそらく手作業で削ったケースを持っていた。後には鍛造されたブランクを磨いたものとなったが、量産に向かないのは自明だった。大きく変わったのは、2015年からである。新しい工作機械により、カルティエは再現不可能と言われたデザインの再現に成功した。丁寧に切削されたケースに自社製のスケルトンムーブメントを搭載した新しいクラッシュ。これはマニュファクチュール・カルティエの力量を示すモデルとなったのである。もっとも、以降のカルティエがクラッシュをリリースし続けられた理由はほかにもある。マニュファクチュールが完成した際、カルティエはミネラルガラス風防を作る工房を設置したのである。そもそもこれは、かつてのモデルをレストアするためのもの。しかし、この工房でなければ、クラッシュの複雑な風防は再現できなかったのである。
最新の技術が現代に蘇らせたクラッシュのデザイン。しかし、自社製のミネラルガラスがなければ、このモデルが今なおラインナップに残ることはなかった。デザイン同様、今なおカルティエに残る職人技。つまるところ、アシンメトリーな造形を持つカルティエの時計とは、長い歴史の豊かな実りなのである。
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