発表時には「まるでA.ランゲ&ゾーネらしくない」と酷評されたツァイトヴェルク。しかし瞬時切り替え式のデジタル表示を持つ本作は、他にはない審美性と高い実用性で、たちまち愛好家の心をつかんだ。実は、古典に根差した設計を持つ本作。その強いトルクはやがてA.ランゲ&ゾーネの多機能化を促すきっかけともなったのである。今回はそのユニークな成り立ちと歩みを振り返ることにしたい。
広田雅将(本誌):文 Text by Masayuki Hirota (Chronos-Japan)
[クロノス日本版 2021年11月号掲載記事]
有り余るトルクを存分に活かした
チャイミングウォッチへの発展
機械式デジタルウォッチという、汎用性に乏しい機構を載せるツァイトヴェルク。しかし、2011年以降、このコレクションは、チャイミングウォッチとして発展し続けた。可能にしたのは、強大なトルクと、そしてより効率に優れたメカニズムである。
15分ごとに音が鳴るクォーターストライクを搭載したモデル。デジタル表示を動かすエネルギーを流用して、音で時間を知らせる。手巻き(Cal.L043.2)。78石。1万8000振動/時。パワーリザーブ約36時間。18KPG(直径44.2mm)。30m防水。1566万4000円(税込み)。
ツァイトヴェルクに瞬時切り替え式のデジタル表示をもたらしたルモントワール。しかし、主ゼンマイのトルクを〝捨てる〞ルモントワールは、そもそも効率の高い機構ではない。加えて、ツァイトヴェルクの重いデジタル表示はルモントワールを加えても、時計の性能に影響を与えた。理論上はルモントワールがあれば、時分が切り替わり、トルクを消費する瞬間でもテンプの振り角は安定する。しかし先述した通り、ツァイトヴェルクの振り角は、最大30度も落ちる。
重いディスクを動かすことを考えれば、30度という振り落ちはむしろ優秀だろう。しかし、そこに満足しなかったのは、いかにもA.ランゲ&ゾーネらしい。同社の技術陣は、ツァイトヴェルクを「軽く動かす」だけでなく、有り余るトルクを使い、さらなる付加機構を動かそうと考えたのである。
初の試みが2011年の「ツァイトヴェルク・ストライキングタイム」だった。これは、毎正時と、15分、30分、45分にチャイムが鳴る簡易型のソヌリである。設計を担当したティノ・ボーベはこう語る。「時計にチャイミング機構を加えるというアイデアは、グランドコンプリケーションのレストアで得たものです。幸いにも、ツァイトヴェルクの主ゼンマイは、トルクが2700gもありました。ですから、15分ごとに音を鳴らす機構を加えても問題はなかったのです」。ちなみに、さらに機能を増やすという発想は、同社を再興したギュンター・ブリュームラインが掲げたものだった。ティノ・ボーベが「ランゲ31以上」だという強大なトルクを持つツァイトヴェルクは、「何かに何かをプラスする、ブリュームラインの手法」を実現するにはうってつけだったのである。
一般的なリピーターと異なり、時、10分、そして分単位で音が鳴るデシマルリピーター。相当高価だが、年産数本と思えばやむなしか。手巻き(Cal.L043.5)。93石。1万8000振動/時。パワーリザーブ約36時間。Pt(直径44.2mm)。30m防水。時価。
当初、A.ランゲ&ゾーネが注目したのは、あくまでツァイトヴェルクの強いトルクでしかなかった。仮に、中身に手を加えるにしても、ツァイトヴェルクのメカニズムはあまりにも巧妙であり、簡単に手を加えられるものではなかったのである。しかし、2015年の「ツァイトヴェルク・ミニッツリピーター」で、その設計は格段の進化を遂げた。つまりは、ルモントワールを含む、機構全体の効率に手が入れられたのである。その証拠に、主ゼンマイのトルクは、ストライキングタイムの2700gから、300g小さくなった。
ツァイトヴェルク・ミニッツリピーターを設計したのは、アントニー・デ・ハスが率いたチームである。「一般的なリピーターは、ケース横のスライダーを動かすことで、リピーターの動力源であるゼンマイをチャージします。大きなトルクは得られますが、開口部が大きいため、防水性は持たせにくい。対してボタン式であれば防水性を高められるでしょう。確かにボタン式では、リピーター用のゼンマイをチャージするほどのストロークは得られません。しかし主ゼンマイのトルクに余裕のあるツァイトヴェルクなら、その余力を使ってリピーターも駆動できる」。
時分表示を動かす余力で音を鳴らすアイデアは、ストライキングタイムにまったく同じだ。しかし、リピーターになると、設計はいきなり難しくなる。ストライキングタイムは、毎正時、15分、30分、そして45分に、音を1回しか鳴らさない。対してミニッツリピーターは、時間と分の数だけ、音を鳴らす必要がある。音を鳴らすトルクはストライキングタイムよりはるかに強くしなければならないし、機構を収めるスペースも必要になる。機構自体の効率を上げなければ搭載は不可能だ。
デ・ハスらはまず、音の鳴らし方から考えた。普通のリピーターは、1時間、15分、そして1分単位で音を鳴らす。対して彼のチームは、1時間、10分、1分単位で鳴らすことを思いついたのである。
「ツァイトヴェルクには10分単位で切り替わるディスクが付いていますね。その動きにリピーターを連動させようと考えたのです」。結果このリピーターは、非常に珍しい、10進法で音を鳴らす「デシマルリピーター」となった。目で見た時間と、リピーターの音がシンクロすることも理由、と彼は説明する。
音を鳴らす回数を決めるのが、「ラック」に噛み合い、その動きを読み取るスネイルカムだ。このリピーターには、時、10分、分の三つのスネイルカムが内蔵されている。巧妙なのは、スネイルカムの位置だ。普通のリピーターは日の裏車がスネイルカムを回すが、本作は、10分ごとに動くカムが10分表示ディスクの軸に固定されている。そのため、スペースははるかに小さくなる。仮に10分ディスクの表示が、1から2に替わったとする。軸に取り付けられたカムはひとコマ動き、そのカムに噛み合ったラックはカムが動いたことを読み取り、その幅だけゴングを動かし、チャイムを鳴らす。スネイルカムを載せたディスクはさらに重くなるが、ツァイトヴェルクの強いトルクと、効率化されたメカニズムは、その問題をクリアしたのである。
時と分数を読み取るカムも、ディスクの軸ではないが、これらを表示するそれぞれのディスクに噛み合い、その動作幅を読み取ってラックに反映させる。ツァイトヴェルク・ミニッツリピーターの設計は、時、10分、分の表示ディスクにカムを連動させるアイデアを思いついた時点で、完成したようなものだった。
強いトルクに加えて、機構の〝省エネ化〞でミニッツリピーターを実現してしまったツァイトヴェルク。瞬時切り替えのデジタル表示を実現するための強大なエネルギーは、やがてこのモデルに、さまざまなバリエーションをもたらすことになったのである。
15分ではなく、10分ごとに鳴るデシマルストライクに変更されたモデル。機構の効率化により、音の間隔を狭めることに成功した。手巻き(Cal.L043.7)。78石。1万8000振動/時。パワーリザーブ約36時間。18Kハニーゴールド(直径44.2mm)。30m防水。生産終了。
ZEITWERK STRIKING TIME
最もシンプルなチャイミングウォッチの原点
時間の切り替えに合わせて、15分ごとに音が鳴るチャイミングウォッチ。4時位置のボタンでストライクのオンオフを操作できる。手巻き(Cal.L043.2)。78石。1万8000振動/時。パワーリザーブ約36時間。18KWG(直径44.2mm)。30m防水。1566万4000円(税込み)。
2011年に発表の「ツァイトヴェルク・ストライキングタイム」は、あくまでも簡易型のソヌリである。複数回音を鳴らす「ミニッツリピーター」ほど複雑ではないし、同じく簡易型のソヌリながらも、10分ごとに音が鳴る「デシマルストライク」ほど、機構も洗練されていない。
しかし、A.ランゲ&ゾーネが、多機能化を加速させたのは間違いなく本作からであり、ツァイトヴェルクが提示したルモントワールの可能性を広げた点でも、本作は同社が築き上げてきたマイルストーンのひとつ、と言ってよい。ツァイトヴェルク・ストライキングタイムの成功がなければ、同社は、ルモントワールを使って、複雑時計を進化させようとは考えなかったのではないか。
正直、ツァイトヴェルクの他のストライキングウォッチ同様、その音量は決して大きくない。しかし、リマインダーと考えれば十分だし、10分ごとに音が鳴るデシマルストライクよりも、15分ごとに音が鳴る本作のほうが、使い勝手は良いように思える。また、機構こそ以前と変わっていないが、かつてのモデルに比べて、ケースや文字盤の仕上げは明らかに向上した。今やA.ランゲ&ゾーネの魅力は、ユニークな機構や洋銀製の受け、地板などに限らなくなったわけだ。
2009年の発表以来、ユニークな機構ばかりが注目されるツァイトヴェルク。しかし、瞬転式の大きなデジタル表示は、視認性が高いだけでなく、使い勝手にも優れている。そこに「音」を加えて実用性を強調した本作は、機械式時計のファンはもちろんのこと、使える高級時計を探している人にも、魅力的な存在と言ってよい。19世紀のデジタル式懐中時計に範を取りながらも、今の実用腕時計に仕立て直したA.ランゲ&ゾーネ。それをもたらしたのは、同社の「決して立ち止まらない」姿勢なのである。
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