パルミジャーニ・フルリエのアイコンたるべく生まれたトリックとカルパ。それらとは異なり、デザインコードに縛られない自由な発想の場として生み出されたモデルがトンダの原点だった。イタリア語で円形を意味する本作は、2007年以降、デザインとディテールを変えてきたが、それは結果として、小メーカーだったパルミジャーニ・フルリエを飛躍させたのである。なぜトンダは変わり続けたのか? その歩みを振り返りたい。
広田雅将(本誌):取材・文 Text by Masayuki Hirota (Chronos-Japan)
Edited by Hiroyuki Suzuki
[クロノス日本版 2022年7月号掲載記事]
TONDA GT CHRONOGRAPH
初めて外部デザイナーを招聘したスポーツルック
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年次カレンダーを搭載したスポーティーなクロノグラフ。端正なデザインと古典的な仕上げは、トンダ 1950に通じるものだ。自動巻き(Cal.PF043)。56石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約45時間。SS(直径42mm、厚さ13.7mm)。100m防水。259万6000円(税込み)。
パルミジャーニ・フルリエの大きな転機となったのが、2011年に発表された「トンダ 1950」であった。モダンな意匠を持つ本作の成功は、やがて対極にある古典の価値を、パルミジャーニ・フルリエの関係者たちに気づかせたのである。完成したのは、クラシカルな仕上げを前面に押し出した「トリック」だった。
ドレスウォッチの分野で、古典とモダンの両翼を固めたパルミジャーニ・フルリエは、次の一手としてスポーツウォッチに狙いを定めた。モダンクラシック的な意匠を持つトンダ1950にトリックのディテールを加え、さらにスポーティーに改めようと考えたのである。それが19年の「トンダ GT」と、そのクロノグラフ版の「トンダグラフ GT」(2022年以降は「トンダ GT クロノグラフ」に改称)である。
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大きな違いはデザインである。外部から招聘したデザイナーは、過剰なデザインを、トンダ 1950の流れを汲む、薄くて端正なものに改めたほか、パルミジャーニとしては初となる、ケース一体型のブレスレットを与えたのである。加えて、メインとなるクロノグラフには、年次カレンダーモジュールを加えることで、バリューを強調してみせた。
本作が生まれた直接のきっかけは、言うまでもなく、15年以降に起こったラグジュアリースポーツウォッチのブームだった。そのため、本作の開発期間は極端に短く、一部の関係者もその成功には懐疑的だった。事実、パルミジャーニは、いくつかの限定モデルをリリースして、市場の反応を慎重に見極めようとさえしたのである。もっとも、関係者たちの心配は杞憂だったようだ。企画者である当時のCEO、ダビデ・トラクスラーが述べた通り、このモデルは「爆発的なヒット」(関係者談)を遂げ、それはよりパルミジャーニ・フルリエらしさを打ち出した、21年のトンダPFに結実することになる。
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TONDA PF GMT RATTRAPANTE
ミニマルに生まれ変わったスポーティドレス
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2022年の新作は、実用的な、ユニークなGMTだ。8時位置のボタンを押すと進むGMT針は、リュウズ同軸のボタンでリセットが可能である。自動巻き(Cal.PF051)。2万1600振動/時。パワーリザーブ約48時間。SS×Pt(直径40mm、厚さ10.7mm)。60m防水。328万9000円(7月発売予定)。
2021年にパルミジャーニ・フルリエのCEOとなったのが、ブルガリの時計部門を牽引してきたグイド・テレーニである。就任直後の彼は筆者に対して「トンダ GT」の魅力を称賛しつつも、よりパルミジャーニらしさを強調したモデルをリリースすると語った。
彼の考えるパルミジャーニらしさとは「マニュファクチュール」と「ニッチ」であり、それは21年9月発表の「トンダ PF」に明らかだった。基本的な「骨格」は同じだが、ラグジュアリースポーツを強く押し出したGTに対して、ドレスウォッチを思わせるPFは、全く別物と言える仕上がりを持っていた。スポーティーに振ったトンダ GTをトンダ 1950に引き寄せたのが本作、と言ってよいかもしれない。
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ニッチを打ち出したトンダ PFの方向性は、22年の新作でいよいよ明確になった。3月にお披露目された「トンダ PF GMT ラトラパンテ」は、簡潔な文字盤はそのままに、玄人好みのコンプリケーションを加えた野心作である。ラトラパンテとあるが、クロノグラフではなく、副時針で第2時間帯を示すGMT。リュウズ同軸のプッシュボタンを押すと、GMTが時針の下に隠れるのが、ラトラパンテという名称の所以だ。実用的なだけでなく、メカニズムとしての面白さを盛り込んだ本作は、なるほどニッチを打ち出したトンダ PFにはふさわしい。
2007年のカルパ トンダに始まり、トンダ 1950を経て、トンダ PFに至ったトンダコレクション。その過程でトンダは大きく形を変えてきたが、それこそが、パルミジャーニ・フルリエというメーカーに、アイコンとなるには何が重要なのか、を再認識させたことは間違いない。天才時計師の率いるささやかな工房は、そう言って差し支えなければ、トンダを通じて、スイスを代表する高級時計メーカーへと進化を遂げたのである。
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