ブルガリ/オクト フィニッシモ Part.2

2014年の発表以来、世界中の時計賞を総ナメにしてきたのが、ブルガリの「オクト フィニッシモ」だ。薄型時計は普段使いできないという評価を覆した本作は、またムーブメントの薄さでも多くの記録を塗り替えてきた。かつてオクトの派生モデルとして生まれたオクト フィニッシモは、どのような経緯を経て、世界最高の薄型時計となったのか?

オクト フィニッシモ

星武志:写真
Photographs by Takeshi Hoshi (estrellas)
広田雅将(本誌):取材・文
Text by Masayuki Hirota (Chronos-Japan)
Edited by Hiroyuki Suzuki
[クロノス日本版 2022年9月号掲載記事]


OCTO FINISSIMO ULTRA NERO SKELETON
スケルトナイズとDLC外装への挑戦

オクト フィニッシモ ウルトラ ネロ スケルトン

オクト フィニッシモ ウルトラ ネロ スケルトン
2014年発表のオクト フィニッシモをスケルトン化したモデル。ブラックDLCコーティング仕上げは後に、ブラックセラミックケースに発展する。手巻き(Cal.BVL128 SK)。26石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約65時間。SS×18KYG(直径40mm、厚さ5.15mm)。3気圧防水。363万円(税込み)。

 2014年に発表された初のフィニッシモはふたつある。それが既存のムーブメントを転用した当時世界最薄のトゥールビヨンと、ベーシックな手巻きモデルだった。後者が搭載するのは、厚さ2.23mmのキャリバーフィニッシモ(後のキャリバーBVL128)。極薄のムーブメントであることは間違いないが、フィニッシモが世界最薄に挑むようになると、影が薄くなったことは否めない。そのためか、世界最薄の自動巻きが発表されて後、本作はディスコンとなった。事実、徹底して部品の重なりを避けるようになった後のムーブメントに比べると、その設計はやや保守的だった。

 しかしながら、オーソドックスな設計を持つこのムーブメントは、後のフィニッシモにはない立体感を備えていた。それを強調したのが、16年の「オクト フィニッシモ スケルトン」である。ムーブメントの厚みに余裕があるためか、後のフィニッシモのスケルトンモデルに比べて、「肉抜き」は徹底された。薄型ムーブメント、かつ大きなサイズのものをスケルトン化するのは難しいとされるが、複雑時計を得意とするジェラルド・ジェンタとダニエル・ロートの工房にとっては問題でさえなかった。大きなサイズがもたらすその眺めは圧巻だ。

 また、外装には今までのような貴金属ではなく、DLCコーティングされたステンレススティールと、18Kイエローゴールドが組み合わされた。14年の発表時、オクト フィニッシモはオクトの上位機種という位置づけにあったが、16年を境に、スポーティーさも志向するようになった。

 ドレスウォッチから一転して、審美性と実用性を両立させるようになったオクト フィニッシモ。16年発表の本作は、そんなブルガリの狙いを端的に示すモデルだ。使えるステンレスケースと、大径のスケルトンムーブメントという組み合わせは、傑作が揃うフィニッシモにあって、今なお異彩を放っている。

オクト フィニッシモ ウルトラ ネロ スケルトン

(右)18KYG製のベゼルは、ミドルケースに対して強固に固定されている。極薄時計なのに30m防水を実現できた理由は、ベゼルの内側にパッキンを加え、裏蓋側から8本のネジで留めているため。大規模な設備投資により、2009年には2500個に過ぎなかったケース製造個数は、15年は4万個を超えるようになった。ブルガリが極薄時計を量産できるようになった理由である。
(左)後のフィニッシモと異なり、ラグは2012年のオクトに近い形状を持っている。16年にブルガリはDLCコーティングを施した「ネロ」コレクションを展開したが、被膜の厚さを嫌ったのか、後にブラックケースはセラミックス製に変更された。

オクト フィニッシモ ウルトラ ネロ スケルトン

ケースサイド。薄型時計らしからぬ立体的な造形は、ボナマッサが練り上げたもの。ジェラルド・ジェンタのオクトではラグの端末が垂直に切り落とされていた。対してオクト以降は、できるだけ斜面を大きく取っている。立体感を増やすための手法だ。

オクト フィニッシモ ウルトラ ネロ スケルトン

(右)ジェラルド・ジェンタとダニエル・ロートの工房作である証しがスケルトンの面取り。丸みを帯びたエッジは、機械仕上げではなく、手作業であることを示す。
(左)搭載するCal.128SKは、後のフィニッシモムーブメントほど部品の重複を避けていないため、むしろ立体感に富む。スケルトン化した眺めは圧巻だ。


OCTO FINISSIMO CHRONOGRAPH GMT
超薄型の積算機構とGMT表示の両立

オクト フィニッシモ クロノグラフ GMT

オクト フィニッシモ クロノグラフ GMT
実用性と薄さを高度に両立した最高傑作。写真のSSモデルは、10気圧防水とするために、あえてケース厚を増している。自動巻き(Cal.BVL318)。37石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約55時間。Ti(直径43mm、厚さ8.75mm)。10気圧防水。211万2000円(税込み)。

 ムーブメントのサイズを拡大することで、ムーブメント全体に部品を分散させる。これが、オクト フィニッシモに世界最薄という称号をもたらした大きな理由であった。この手法を極限まで突き詰めたのは2022年の「オクト フィニッシモ ウルトラ」だが、実用性と薄さの両立に用いたのが、19年の「オクト フィニッシモ クロノグラフ GMT」だった。自動巻きクロノグラフながら厚さは3.3mmと世界最薄。しかし水平クラッチも、リセットハンマーも、既存のクロノグラフ並みに頑強である。

 薄さと実用性を両立できたカギはふたつある。ひとつはムーブメントの外周に置かれたペリフェラルローター。大きなムーブメントを生かすことで、フィニッシモは自動巻き機構をムーブメントと同じレイヤーに置くことに成功した。そしてもうひとつが、水平クラッチのレバーやリセットハンマーを受けの内側に格納する設計である。ムーブメントの直径が大きなフィニッシモは、輪列が相対的に小さい。ブルガリはその余白にクロノグラフ機構を埋め込むことで、クロノグラフらしからぬ薄さを実現したのである。

 例えば水平クラッチのレバーは、ネジではなく、受けの裏側で支えるという構成を持つ。乱暴な設計に思えるが、レバーの面積を広げることで、コラムホイールとの噛み合いを確実にしたところに、熟練を感じさせる。また9時位置のボタンを押し込むと、文字盤側に置かれた長いレバーを介して、3時位置のGMT表示を容易に調整できる。スペースに余裕があればこその機構だろう。

 世界最薄という記録ばかりが注目されるオクト フィニッシモ。しかし、その本質は、あくまで普段使える薄型時計という点にある。薄さと実用性を高度に両立させた本作は、掛け値なしにブルガリが作り上げた金字塔なのだ。

オクト フィニッシモ クロノグラフ GMT

(右)ブラスト仕上げでマット感を強調したTiモデルに対して、新しいSSモデルは、筋目を際立たせた、ラグジュアリースポーツウォッチ然とした仕上げが与えられた。多面体のケースにもかかわらず、角がほぼダレていないのは、最新の工作機械のおかげ。また、角を丸めないため、できるだけ加工の手数を減らす工夫をしている、とのこと。
(左)Tiに比べて素材が硬いSSモデルは、ケースのエッジが明らかに立っている。

オクト フィニッシモ クロノグラフ GMT

ケースサイド。Tiモデルは直径42mm、厚さ6.9mmで、防水性能は30m。対してSSモデルは直径43mm、厚さ8.75mmとサイズからして異なる。またリュウズもねじ込み式だ。普通は裏蓋だけを厚くして防水性を高めるが、時計全体のプロポーションをわずかに変えてバランスを取ったのは、いかにもブルガリらしい。

オクト フィニッシモ クロノグラフ GMT

(右)Tiモデル同様、ブレスレットにはビルトインされたバックルが採用された。やはり取り外しにはコツがいるものの、バックルを閉めてしまえば快適だ。
(左)ネジ留め式の裏蓋にもかかわらず100m防水を実現したオクト フィニッシモ クロノグラフ GMTのSSモデル。変形しにくいSS素材に加え、裏蓋の厚みを増すことで、ネジの数が減ったにもかかわらず防水性能は向上している。



Contact info: ブルガリ ジャパン Tel.03-6362-0100


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