1994年に発表された「ランゲ1」は、紛れもない傑作であった。しかしそれ故に、兄貴分とも言うべき「グランド・ランゲ1」は、長らく愛好家たちの興味の外に置かれることとなった。時計好きたちの認識が変わったのは、2012年の第2世代からだろう。かつて大きなランゲ1でしかなかったグランド・ランゲ1は、今や明快な個性をもって時計好きたちを揺さぶろうとしている。
広田雅将(本誌):取材・文 Text by Masayuki Hirota (Chronos-Japan)
Edited by Hiroyuki Suzuki
[クロノス日本版 2023年1月号掲載記事]
ケースプロポーションの更なる見直し
~搭載ムーブメントはそのままに薄型化を達成~
ランゲ1に同じレイアウトに、薄さという個性を加えた第2世代のグランド・ランゲ1。しかしA.ランゲ&ゾーネはこの傑作を、2022年に再び進化させた。同じムーブメントで、さらなる薄型化を実現した第3世代。可能にしたのは外装に対するノウハウだった。
ケース厚が11mmから8.8mmとなった第2世代のグランド・ランゲ1。可能にしたのは、1.2mm薄い新型ムーブメントのCal.L095.1だった。しかしこの2枚の写真は、針の高さを抑えたり、ムーブメントと裏蓋のクリアランスを詰めるといった細かいモディファイを示している。お世辞にも、かつてのA.ランゲ&ゾーネは装着感に優れるとは言えなかった。しかし、2010年以降、同社は驚くほどの努力を傾けて、薄型化と着け心地の改善に取り組むようになった。本作はその集大成のひとつだ。
2003年に発表されたグランド・ランゲ1のファーストモデルは、いずれもツートーンの文字盤を持っていた。A.ランゲ&ゾーネは理由を明かさないが、おそらくは、ケースの拡大に伴うプロポーションの「歪み」を隠すためではなかったか。しかし、08年のマイナーチェンジ版でグランド・ランゲ1はランゲ1に近い文字盤を持つようになり、12年の第2世代では、プロポーションだけでなく文字盤の仕上げも、ほぼランゲ1に近くなったのである。
第2世代を別物に仕立てあげたのが、L095.1という専用ムーブメントだった。輪列のレイアウトには余裕が持たせられたほか、1時位置のアウトサイズデイトも、黄金比を保ったまま約10%拡大された。またデイトを表示する2枚のディスクを文字盤側に近付けることで、日付表示の奥まった感じも解消されたのである。
デザインへの細かい手の入れ方は、改めて記すべきだろう。先述した通り、10年の「サクソニア・フラッハ」を皮切りに、A.ランゲ&ゾーネの新作は、斜めに切った見返しを持つようになっていた。ベゼルと文字盤の間にある「壁」を斜めにすると、ベゼルとケースの気密性を保ちながらも、ベゼルの上面を細く絞れる。つまり実際よりも時計を細く見せられるわけだ。一時期のA.ランゲ&ゾーネにとって、この手法は極めて重要だった。というのも、同社のモデルは、見返しと文字盤の接触部分に、あえてわずかなクリアランス(0.2mm程度)を設けているためだ。
では、見返しの文字盤に接する部分を内側に向けてカットし、そこに文字盤の外周部を接触させるとどんなメリットがあるのか。ベゼルに強いダメージが加わった場合でも、文字盤は傷みにくくなるとアントニー・デ・ハスは語る。ただし見返しに「逃げ」を設けるには、ある程度の幅が必要になる。10年以降しばしば見られる斜めに断ち落とした見返しは、大きな文字盤を支えるには極めて有用だったのである。
こういった手法を洗練させたのが第2世代のグランド・ランゲ1だった。ただでさえ細かったベゼルはなお絞られた一方で、見返しの角度はぐっと控えめになった。おそらく、この手法に満足したのだろう。同社は「サクソニア・フラッハ」の37mmサイズで、やはり見返しを抑えるようになった。加えて時計の重心を下げることで、グランド・ランゲ1の装着感はさらに良好になった。
あくまで筆者の私見だが、A.ランゲ&ゾーネがケースデザインの手法を確立したのは、第2世代のグランド・ランゲ1からではなかったか? 事実、以降のA.ランゲ&ゾーネは、シリンダー型のケースと、角張ったラグを持ちながらも、明らかにひと皮むけた印象を与えるようになったのである。
大きな成功を収めた第2世代は、22年に第3世代に進化を遂げた。搭載するムーブメントは、前作と同じL095.1。しかし、ケースは8.8mmから8.2mmといっそう薄くなり、そもそも優れていた装着感はなお改善された。誤解を恐れずに言えば、グランド・ランゲ1は、薄型時計の〝フラッハ〞に進化を遂げたのである。
2022年の第3世代は、ケース厚がさらに薄い8.2mmとなった。4.7mmというムーブメント厚を考えれば驚異的な薄さだ。写真から読み取れる改良点は主に4つ。インデックスを薄くすることで針高をさらに抑え、風防をさらに削り、ムーブメントを裏蓋に近づけただけでなく、裏側もサファイアも薄くしたことだ。またインダイアル外周のダイヤカット仕上げをわずかに太くして、強調している。あのA.ランゲ&ゾーネが、これほど真剣に薄型化に取り組むとは、誰が予想しただろう?
さらなる薄型化を可能にしたのは、10年代以降進化を遂げたケース設計だった。それを示すサンプルが19年のスポーツウォッチ「オデュッセウス」だ。このモデルは、11.1mmというケース厚にもかかわらず、12気圧防水を実現していた。加えて、外装に傷が付いても再研磨しやすいよう、外装部品をすべて取り外せるのも特徴だった。また、気密性を保つため、ネジ留めのラグにはOリングが内蔵されたほか、プッシュボタンを押しても誤操作を起こさないよう、ふたつのプッシュボタンには計4つのバネが内蔵されていた。
筆者の見た限りで言うと、これほど過剰なケースを持つ現行品は、他に見たことがない。結果としてオデュッセウスはまったく量産に向かないモデルとなったが、A.ランゲ&ゾーネに外装に関する膨大なノウハウをもたらしたことは間違いない。ムーブメントの設計を得意としてきたA.ランゲ&ゾーネは、ついに、外装でも独自のノウハウを獲得したわけだ。
そんな同社の成熟を反映したのが、第3世代のグランド・ランゲ1となる。普通、厚さ4.7mmのムーブメントを搭載する時計は、ケースの厚さがほぼ2倍になる。グランド・ランゲ1の場合は約9.4mmが妥当だろう。しかし、自動巻きでないL095.1はローターのクリアランスを考慮する必要がないため、さらに薄くできるはずだ。と考えれば、第2世代のケース厚である8.8mmは極めて妥当だった。ティノ・ボーベはこう語る。「2012年に発表された第2世代は完成度が高かった。今回の挑戦は8.8mmというケース厚をさらに0.6mm薄くすることだった」。
第3世代に盛り込まれた薄型化の手法は、明らかに同社の成熟を反映している。ムーブメントの固定位置がより裏蓋側に近づけられたほか、インデックスは半分の厚みにされ、アウトサイズデイトの枠も薄くなった。設計責任者のアントニー・デ・ハスが「風防と裏蓋側のガラスもわずかに厚みを減らした」と語るとおり、風防ガラスを固定する枠も、第2世代に比べてわずかに薄くなっていることがわかる。
些細な見直しを重ねることで、第3世代のグランド・ランゲ1は、薄型時計と言ってよいほどのプロポーションを持つようになったのである。しかも、機能を全く損ねずに、だ。
もちろん、これ以外にも第3世代は細かいディテールがさらに詰められている。最後はその全容を見ていくことにしたい。
GRAND LANGE 1[3rd Gen.]
よりスタイリッシュになった最新の第3世代
Ref.137.033。薄さを強調した第3世代は、ケースの厚みはわずか8.2mmしかない。ふたつのインダイアルと、地を荒らした文字盤のコントラストに注目。手巻き(Cal.L095.1)。42石。2万1600振動/時。パワーリザーブ約72時間。18KPG(直径41mm)。30m防水。638万円(税込み)。
2022年にモデルチェンジを受けたグランド・ランゲ1は、ランゲ1と同じ文字盤のレイアウトを持ちながらも、いっそう薄さに特化した時計となった。そのケース厚はわずか8.2mm。A.ランゲ&ゾーネらしからぬ軽快な着け心地は、同社がムーブメントだけでなく、外装でも非凡なノウハウを蓄積したという証しだろう。
加えてA.ランゲ&ゾーネの開発陣は、この薄型時計に、興味深いディテールを盛り込んだ。それが文字盤に施した強いブラスト仕上げだ。ちなみに第2世代のグランド・ランゲ1は、ふたつのインダイアルを深く彫り込むことで、その存在を強調するようになった。これは第3世代も同じだが、ベゼルと風防が薄くなり、文字盤と風防のクリアランスはいっそう近くなった。
一般的に、両者の距離が狭すぎると、文字盤全体が光りがちになる。あくまで推測だが、文字盤の過剰な照りを抑えるため、第3世代は文字盤の表面を強く荒らしたように思える。事実、強い光源下にあっても、本作の視認性は大変に優れている。また、文字盤全体を荒らした結果、ふたつのインダイアルとのコントラストはいっそう際立つようになった。結果として、1時位置のアウトサイズデイト、5時位置のスモールセコンド、9時位置の時分表示の幾何学的配置がもたらす印象は、オリジンたるランゲ1以上に強調されている。
個性的だったがいささか荒削りだった第1世代、そして完成度を大きく高めたが、ランゲ1に近づいた第2世代に対して、第3世代は、明快な個性と非凡な完成度の両立が際立っている。かつて、単なる大きなランゲ1でしかなかったグランド・ランゲ1は第3世代で、別のモデルに進化を遂げたのである。筆者はランゲ1のコレクションにあって、本作の造形を最も好む。
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