10年以上にもわたって連載を続けてきた『アイコニックピースの肖像』。多くの読者から、ファーストモデルをこれだけ載せるのだから、アンティークだけを取り上げられないのか、という声をいただいた。もっとも、ただ掲載するだけでは面白くないので、クロノス流のバイヤーズガイドとしてまとめてみた。
広田雅将(本誌):取材・文 Text by Masayuki Hirota (Chronos-Japan)
Edited by Hiroyuki Suzuki
[クロノス日本版 2023年3月号掲載記事]
高騰を続けるレアピースを避け、量産ムーブメント搭載の名機を選ぶ
あえて番外編と銘打った今回の『アイコニックピースの肖像』。ここに掲載するのはアイコニックなムーブメントを載せた往年の名機に限定。しかもレアピースではなく、入手しやすいものばかりを選んだ。ユニークなだけでなく、実用にも耐えうる各社の傑作ムーブメントは、時計趣味を一層豊かにしてくれるに違いない。
1950~80年代にかけてロレックスに名声をもたらした傑作。硬化処理したリバーサーに、フリースプラングテンプ、巻き上げヒゲといった機構は、量産機の水準を大きく塗り替えた。狙い目は、ベーシックな「オイスター パーペチュアル デイト」。
なぜアンティークウォッチが選ばれるのか。その理由は人によってさまざまだ。レアであること、デザインがユニークであること、あるいは資産価値を考えて選択する人もいるだろう。ただ、敢えて古いモノを選ぶ理由のひとつには、間違いなくムーブメントがある。とりわけ、スイス製の時計に関してはそうだろう。
1930〜70年代にかけて、スイスの時計産業が世界を席巻できた理由のひとつは、間違いなく低廉な賃金にあった。例えば1938〜48年にかけて、スイスの時計職人の賃金は約2倍に高騰したが、それでもアメリカの同業者に比べれば3分の1に過ぎなかったと記録にある。つまり、スイスは人手をかけた時計を、より安価に製造できたわけだ。
もっとも、こういった強みは、1950年代以降、とりわけ60年代に入ると徐々に失われていった。年に10%近く賃金が上昇した結果、各社は製造コストを抑えるようになったのである。加えて、70年代にスイスフランと金の価格が上昇すると、手作業で作る機械式時計は、全く割に合わないものとなった。各社は貴金属ケースを使った高級品に活路を見出したが、金価格の高騰は、これらのメーカーの息の根を完全に止めてしまったのである。
自動巻きの開発で他社に後れを取ったオメガだが、550/560系でひと通りの完成を見た。先代の500系を好む愛好家は少なくないが、修理部品の多さと自動巻き機構を考えれば、550/560を推したい。お勧めは「シーマスター」のノンクロノメーター仕様である。
今回取り上げるのは、人手をふんだんに使えた時代の腕時計となる。中心となるのは、1940〜60年代。加えて、その残り香があった70年代と80年代もカバーしてみた。もちろんスイス製やアメリカ製の懐中時計などには、傑出したものが多いし、腕時計のクロノグラフや複雑時計も魅力的だ。ただし、普段使うことを考えれば、1940年代から、ぎりぎり70年代までのベーシックな量産機が、理想的な選択肢になるのではないか。しかも、これらのほとんどすべてが、エボーシュではなく、優れた自社製ムーブメントを載せているのである。人件費が低廉だった時代ならではの作品群、と言えるだろう。
ムーブメントでアンティークウォッチを選ぶならば、まず見るべきは著名なメーカーの手巻きになる。ロレックスの1200系、オメガの30mm、IWCの83系や88/89系、ジャガー・ルクルトの450系、ロンジンの12.68や30Lなどは、文句なしに優れたムーブメントである。また、自動巻きに比べてメンテナンス費用が安いため、維持もしやすい。
毛色の変わったムーブメントが欲しい人には、モバードとゼニスの手巻きもお勧めだ。質を考えればかなりお買い得だが、修理部品の入手しやすさは、オメガやロンジンに比べるとやや落ちる。もっとも、1960年代以前のケースは気密性が全くないため、手巻き、自動巻きを問わず、高温多湿の時期には使えない。実用的だが、気兼ねなくとは言いがたい。
1946~70年代後半まで製造された手巻きムーブメント。他社の手巻きに比べてサイズは小さいが、その結果、無理なく防水ケースに格納できるようになった。手巻きのため、維持も容易だ。防水ケースのRef.810などは普段使いに最適である。
個人的なお勧めは、1950年代以降の自動巻きを搭載したモデルだ。ロレックスの1500系、オメガの550/560系、IWCの85系、グランドセイコーの61系や52系などは、今もって、第一級のムーブメントと見なされている。いずれも自動巻きの巻き上げ効率は良く、大量生産されたため修理部品にも困らない。程度の良い防水ケースを持つモデルならば、十分普段使いに耐えうるだろう。筆者はここに挙げたモデルをひと通り所有したが、雨と直射日光に気を付ける以外、現行品と全く同じ感覚で使えた。
もう少しモダンなムーブメントが欲しいという人には、ジャガー・ルクルトの889系という選択肢もある。オーデマ ピゲやヴァシュロン・コンスタンタンなどもエボーシュとして採用したこの自動巻きは、時刻合わせにコツがいるうえ、完全な整備を欠くとすぐに巻き上げが悪くなるが、自動巻きの傑作と言える。
このムーブメントを載せた70年代、80年代のモデルは、機械式時計の暗黒時代にあってなお、手にする価値のある時計だ。ただし、外装の出来は1960年代や、90年代以降に比べて良いとは言えない。これは、ロンジンの最高傑作と言われる自動巻きの990系(後のレマニア8810)も同様である。990系は真に偉大な自動巻きだが、残念ながら搭載するモデルの外装は、ムーブメントの質を反映していない。
アルバート・ペラトンが作り上げた高効率自動巻き。きちんと整備すれば、現行機に遜色ない巻き上げ効率や精度を誇る。また、1960年代以降の防水ケースであれば、十分実用可能である。800番台のリファレンスが個人的なお勧めだ。
自動巻きであれば他にも選択肢はある。あまり知られていないが、エテルナの自動巻きは、1466を筆頭に総じて完成度が高い。きちんと整備された個体であれば、精度も巻き上げ効率も優秀だし、修理を依頼した時計師にも歓迎されるだろう。ゼニスの2500系自動巻きも、安心して使えるムーブメントのひとつであり、幸いにもまだ安価だ。
これより凝ったムーブメントももちろんある。パテック フィリップの12-600ATや27-460、オーデマ ピゲの2120(ヴァシュロン・コンスタンタンの1120)などは、時計史に残る傑作中の傑作だ。ただし、これらのムーブメントは往年のロールスロイスのようなもので、きちんと維持するのは難しい。
アンティークと言うには少し新しいが、これはショパールLUC96系にも言える。完全に整備すれば素晴らしいが、凝った設計には、相応の維持費がかかるのである。愛好家であれば一度は手にしたい、パテック フィリップの12-120やオーデマ ピゲのVZSSなども、普段使いにはあまりお勧めできない。程度の良い個体は極端に少ないし、仮に直そうと思えば、コストがかかってしまうのである。あくまで、コレクター向けのムーブメントと言えるだろう。
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