10年以上にもわたって連載を続けてきた『アイコニックピースの肖像』。多くの読者から、ファーストモデルをこれだけ載せるのだから、アンティークだけを取り上げられないのか、という声をいただいた。もっとも、ただ掲載するだけでは面白くないので、クロノス流のバイヤーズガイドとしてまとめてみた。

星武志:写真 Photographs by Takeshi Hoshi (estrellas)
広田雅将(本誌):取材・文 Text by Masayuki Hirota (Chronos-Japan)
Edited by Hiroyuki Suzuki
[クロノス日本版 2023年3月号掲載記事]


1970’s

機械式時計の暗黒時代と言われるが、こまめに探せば良作も多し

キングセイコー スーペリア クロノメーター、メモボックス

(右)キングセイコー スーペリア クロノメーター
Ref. 5245-6000。諏訪精工舎との兼ね合いで自動巻きを手掛けられなかった第二精工舎。初の自動巻きが52系である。後の4Sのベースになっただけあって、その設計は極めてモダンだった。Cal.5245A 搭載。参考価格11万8000円(税込み)。撮影協力:ファイアーキッズ
(左)ジャガー・ルクルト メモボックス
Ref.E875。1970年代も機械式ムーブメントで気を吐き続けたジャガー・ルクルト。その金字塔はメモボックスだ。本作は1970年にリリースされた自動巻きアラームの傑作。Cal.916を搭載する。参考価格64万8000円(税込み)。撮影協力:ファイアーキッズ

 1960年代にひと通りの完成を見た自動巻きムーブメント。しかし、60年代半ば以降は製造コストの高騰に加えて、薄型化の圧力が強まったため、新しいムーブメントは急速に工業化されたものとなっていった。40年代からの流れが大きく変わったのが、60年代後半以降と言えるだろう。加えて、70年代のスイスフラン高騰とクォーツの普及は、機械式時計の在り方を根底から覆してしまったのである。高精度かつ安価な日本製のクォーツがあるのに、なぜ高価で正確ではない機械式時計を買う必要があるのか、ということになる。

 もっとも、注意深く探せばこの時代にも優れた機械式時計は当然ある。ロレックスの1500系を載せた「オイスター パーペチュアル」、オーデマ ピゲ、ヴァシュロン・コンスタンタン、パテック フィリップの薄型手巻きに、ジャガー・ルクルト、そして諏訪精工舎と第二精工舎の手掛けた機械式時計だ。

キングセイコー スーペリア クロノメーター

長らくクロノメーターを自称してきた日本の時計メーカーが、正式なクロノメーター認定を得たのは、70年代に入ってからだった。そのひとつが通称「52KS」。文字盤には誇らしげに「OFFICIALLY CERTIFIED」(公式認定)の印字が施されている 。残念ながら、認定機関である日本クロノメーター協会が活動を停止したため、正式なクロノメーターを与えられたセイコーは52と45しかない。
キングセイコー スーペリア クロノメーター

いかにも70年代風のケース。ラグを一体化させたその造形には、通称「Cライン」の影響が見て取れる。見た目と生産性を両立させたデザインだ。

 1950年代から飛躍した日本の時計メーカーが、海外製品に比肩するような時計を作るようになったのは、60年代半ば以降である。もっとも、スイス製ほど素材を硬くしなかったこの時代の日本製時計は、きちんとメンテナンスされた個体でないかぎり、本来の性能は得にくい。しかし、部品が多いため、程度の良い個体であれば、維持するのは難しくないだろう。

 お勧めは第二精工舎が完成させた「キングセイコー スーペリア クロノメーター」だ。後の4Sのベースになった52系自動巻きに、正式なクロノメーター認定を加えた本作は、70年代の日本メーカーが到達した頂点だろう。また、70年代であれば、諏訪精工舎が作った「ロードマーベル36000」といった傑作も、まだ入手可能である。もうひとつのモデルは、言わずと知れたジャガー・ルクルトの「メモボックス」だ。70年代製にもかかわらず、その完成度は60年代の時計に遜色ない。

メモボックス

1960年代に入ってなお、ハーフローター自動巻きのCal.K825を使用していたジャガー・ルクルト。しかし、70年のCal.916で一挙に自動巻きアラームを近代化した。ブラックの中線を加えたインデックスは、前作のE855にも見られたもの。しかし、短めのインデックスや、ブラックアウトされたアラーム用の指針などで、新味を演出している。
メモボックス

前作のE855に酷似したケース。分厚いムーブメントを持つメモボックスは、1970年代に入っても、古典的なケースを採用し続けた。もっとも、その造形は良い意味で時代を超えた普遍性を持つ。


1980’s

機械式時計のリバイバル期に光る、クラシックとモダンの中庸

エクストラフラット、トリプルカレンダー・ムーンフェイズ

(右)オーデマ ピゲ エクストラフラット
オーデマ ピゲが1946年に発表したCal.2003は、厚さ1.64mmの極薄手巻きムーブメントである。同社はこのムーブメントを搭載したモデルを、少なくとも90年代までは作り続けていた。参考価格59万8000円(税込み)。撮影協力:ファイアーキッズ
(左)ジャガー・ルクルト トリプルカレンダー・ムーンフェイズ
Ref.145.119.5。1980年代に入っても、ジャガー・ルクルトは良質な機械式時計を作り続けた。これは80年代にブームだったトリカレムーンを搭載したモデル。過渡期にある興味深いモデルだ。参考価格74万8000円(税込み)。撮影協力:江口時計店

 1970年代に壊滅的な打撃を受けた機械式時計だったが、半ば以降になると、復興の動きが見られるようになった。パテック フィリップやオーデマピゲ、IWCなどは、貴金属を使ったドレスウォッチではなく、手作業を加えた高価な機械式時計に目を向けるようになったほか、ありきたりな時計に満足しない一部のファッショニスタは、アンティークウォッチを買うようになったのである。こういった流れを受けて、1980年代になると、各社は争うように機械式時計をリリースするようになった。ブライトリングの「クロノマット」、IWCの「ダ・ヴィンチ」、ブランパンの「ヴィルレ」などは、エボーシュを使うことで、クォーツには持てないデザインを強調した新時代の機械式時計だった。

 もっともこの時代には、まだ古典的な時計が製造されていた。そのひとつはオーデマ ピゲである。同社は40年代以降、一貫して手巻きの薄型時計を作り続けた。写真のモデルは80年代の個体だが、50年代製だと言っても納得してしまうほどの、古典的な造形を持っている。非防水というのも、アンティークウォッチそのままだ。

オーデマ ピゲ エクストラフラット

1950年代製だと言われても、まったく違和感のない造形。立体的な針も古典機そのままである。1970~80年代は、機械式時計の暗黒時代と言われるが、オーデマ ピゲは従来通りの高い品質を維持し続けた。インデックスは変色しているが、これは全く手を入れていない証拠でもある。
オーデマ ピゲ エクストラフラット

やはり古典期そのままの造形。今やシンプルな2針の薄型時計は絶滅危惧種である。しかし、少し前に目を向けると、驚くほど良質な時計を手に入れることができる。ただし完全にアンティークと同じケース構造を持つため、防水性は全くない。

 もうひとつのモデルが、ジャガー・ルクルトの「トリプルカレンダー・ムーンフェイズ」である。ラッカー仕上げの文字盤や、敢えて角を立てないケースなど80年代風だが、トリプルカレンダー・ムーンフェイズの構成は、昔と変わらない。モダンなデザインだが、中身はクラシカルというのが、この時代らしい。

 現行モデルの高騰を受けて、敢えてアンティークウォッチという普段と異なる打ち出しを試みたが、正直、実用性を考えれば現行品にかなわない。しかしムーブメントを含めて、現代の時計にはない持ち味は、愛好家ならばきっと惹かれるに違いない。本記事に関しては、ファイアーキッズおよび江口時計店の協力を得た。改めてお礼を申し上げます。

トリプルカレンダー・ムーンフェイズ

1930年代からトリプルカレンダー付きの時計を得意としてきたジャガー・ルクルト。本作は、古典的な構成にモダンなディテールを巧みに接ぎ木したものだ。指針式の日付表示や深いブルーの月齢表示はいかにもクラシカル。しかしラッカー仕上げの文字盤が、1980年代製であることを示す。
トリプルカレンダー・ムーンフェイズ

時代性を感じさせるのが、敢えて角を落としたケースである。エルゴノミックなデザインが好まれた80年代、一部の高級時計は、明らかに丸みを強調したケースを持っていた。フラットなサファイアクリスタル製の風防もモダンさを強める。



Contact info: ファイアーキッズ Tel.045-432-0738 江口時計店 Tel.0422-27-2900


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